第3話

 俺は先ほどまでと同様、三角跳びからの下方射撃で敵を仕留めていった。しかし、残っている人数は少ない。問題は、少ないとは言いながらも、敵がなかなかの防御策を取っているということだ。


 見下ろすと、五人の敵が密集するようなフォーメーションを組んでいる。外側の四人は、防弾ベストにフルフェイスのヘルメットを被っていて、俺の二十二口径で仕留めることは難しそうだ。

 そして全員が、こちらより性能のいい自動小銃を握っている。今のまま葉月や憲明に突撃させても、返り討ちに遭うだろう。


 では、斬り込み隊長たる俺がすることは何か? 敵の攪乱だ。

 俺は腰元に装備していた手榴弾を手に取った。しかし、これは他者の殺傷を目的としたものではない。煙幕弾だ。

 倉庫天井の突起にぶら下がっていた俺は、片手と口を使ってピンを抜き、無造作に五人組の方へと放り投げた。敵は慌てて防御態勢を取ったが、それが命取りだった。


 煙幕が晴れるまでの僅かな時間を活かし、俺は五人組の中央の人物、すなわち他四人に守られている男に目を付けた。ボスだ。

 中年太りをした欧米人。それ以外の特徴はどうでもいい。間違いなく、こいつが今日の密輸取引の首謀者だ。こいつを人質に取ってしまえば、残り四人は好きなように料理できる。


 俺は鉄棒選手のように身体を揺らし、天井から勢いよく、斜め前方に飛び降りた。煙幕により視界は限られているが、取り敢えず五人の中からボスを引き離せばいいだけのこと。

 踏み殺さないようにだけ気をつけながら、俺は五人の中央へと飛び込んだ。斜め上方からの蹴り込み。さしずめ仮面ライダーのライダーキックといったところか。


 俺のブーツの底は、寸分たがわずボスの腹部に直撃した。『ぐえっ』という、潰れた蛙のような声を上げるボス。勢いはそのままに、俺はボスを蹴倒した。と同時に、思いっきり両腕を広げて抱き着いた。

 煙幕が晴れ、四人のボディガードがこちらに振り返った時には、俺は半回転してボスの背中を上に向けていた。流石にこれでは、俺だけを殺傷することはできまい。


 ジタバタするボスに頭突きを喰らわせてから、俺はマイクに吹き込んだ。


「憲明、やれ!」


 直後に響いたのは、ヴヴヴヴヴヴヴン、という連続した銃撃音だった。三連装ガトリング砲、すなわち憲明の愛用武器の発する銃声だ。


 普段なら、戦闘ヘリに搭載されているような代物である。が、憲明はそれをいとも簡単に扱ってみせる。反応が遅れた四人のボディガードたちは、呆気なく蜂の巣、いや、ズタボロの肉片へと変えられた。

 カラカラカラッ、と砲身が回転する音が収まったのを見計らって、俺はボスを解放した。というか、自分の身体の上からどかした。念のため、さっと周囲を確認する。


「クリア」


 短くマイクに吹き込むと、葉月と憲明からそれぞれ『了解』との応答を得た。振り返れば、周囲を警戒しつつもこちらに歩み寄ってくる二人の姿が見える。流石に持ち運びは不便だったのだろう、憲明はガトリング砲を置いて、自動小銃を構えている。


 今ここにいるのは、俺たち三人と密輸業者のボス、それに、上半身を消し飛ばされた四人のボディガードである。

 俺は憲明を一瞥してから立ち上がり、床を見下ろして呟いた。


「また派手にやったな、憲明」

「ん? ああ。俺がガトリング砲を持ち出した時点で、こうなることは承知していただろ?」

「まあな」


 先に歩み寄ってきた憲明が、血の海に足を踏み入れる。ところどころに肉片という島の浮かんだ、真っ赤な海だ。すると、ちょうどタイミングを計ったかのように、下半身だけになった四人の下半身は、びちゃり、と嫌な音を立てて海に没した。


「皆、ご苦労だった」


 と、チームリーダーである葉月が声をかけてくる。が、彼女は血の海に踏み込むことを躊躇っている様子だ。


「おい葉月、いい加減慣れろよ」

「なっ、何だと? 平気だ、このくらい」


 憲明の半ば茶化すような言葉を受けて、葉月は一歩、また一歩と血の海に踏み込んでいく。ただし、肉片を巧みに避けているのは丸分かりだった。


 まあ、それはいいとして。


「さて、作戦の仕上げにかかるか」


 俺はボスの脇腹を蹴りつけ、ごろごろと転がした。芋虫みたいな奴だな。気色悪い。それでもボスは、先ほどから手にしていたもの、すなわち一つのアタッシュケースを胸に抱いていた。


「寄越しな、おっさん」


 憲明が強引に奪い取る。そしてそのまま開放した。俺と葉月は横から覗き込む。

 ケースに入っていたのは、案の定麻薬だった。アタッシュケース一杯分だから、億単位の値がつくだろう。

 俺たち三人は、じろり、とボスを睨む。ボスは尻餅をついた様子で、『自分は日本語が分からない』という意味の英語を発した。知るか、そんなこと。


 俺は、先ほどホルスターに収めた拳銃のうち、一丁を引き抜いた。ゆっくり残弾を確認する。おっと、交換した方がよさそうだな。

 極力証拠を残さないために、空になった弾倉は回収する。薬莢まで拾ってはいられないが、そのあたりはドクが上手くやってくれるはずだ。


 さて、リロードを終えた俺は、さっとボスの眉間に銃口を向けた。このまま殺せば、相手も楽に死ねるだろうが、残念ながらそうは問屋が卸さない。

 俺は僅かに銃口を傾け、発砲。


「ぎいっ!」


 ほう。どうやら耳を削がれた悲鳴は万国共通らしい。最早、自分のものとも、ボディガードのものともつかない鮮血に染まりながら、ボスは呻く。俺は続けざまに反対の耳を削いだ。

 そのまま両足、両手に一発ずつ、弾丸を撃ち込んでいく。その度に、ボスの身体はびくん、と跳ね上がり、短い悲鳴がその喉から発せられた。


 背後で葉月が目を逸らす気配がしたが、気にしない。まあ、ここまでいたぶってしまえば、俺の気も晴れるというものだ。俺はボスの股間を蹴り上げ、狙いを定めて、今度こそ眉間を撃ち抜いてやった。


「全く、潤一の猟奇趣味には感服するしかねえな。そこまで苦しませてから仕留めるってのは」


 憲明がもごもごと口を挟む。見れば、ちょうど煙草を口にするところだった。もちろん、証拠が残らないよう、携帯吸い殻入れは常備している。

 そんな冷静な憲明と異なり、葉月はぎゅっと目を閉じて、現実を拒絶しているように見えた。『何もそこまでしなくても』と言いたいのだろうが、そう口にする権利が自分にはないことを、彼女は弁えている。

 リーダーは葉月なのだから、このくらいの残虐さには慣れておいてほしいものだが。


 と、その時だった。俺の脳裏に危険信号が走った。さっと拳銃を構え、コンテナの陰にいる何者かに告げる。


「武器を捨てて出てこい!」


 すると、相手は呆気なく、ふらりと姿を現した。葉月と憲明も得物を構える。


「ま、待ってくれ。今武器を捨てるから……」


 そう言って、相手(まだ若い男だ)は、拳銃を放り投げた。


「今回の取引を護衛していた一人だな?」


 葉月の詰問に、頷く男。すると葉月は妙なことを言い出した。


「もうじき警察が来る。お前の身柄は、私たちは預からない。ただし、動けないようにはさせてもらうぞ。憲明、ロープを」


 この男を配管にでも括りつけて、動けないようにしておくつもりか。つまり、命までは奪わない、と。正義感溢れる、葉月の慈悲深い行為だ。無論、これは皮肉である。

 が、俺は葉月と男の距離が一メートルをきったところで、俺は無造作に発砲した。


「え?」

「あ……」


 疑問符を浮かべる葉月に、肺の空気を吐き出す男。男の腹部は貫通され、そのまま前のめりに倒れ込んだ。即死させてやったという自信はある。

 すると、葉月は顔を真っ赤にして俺に食って掛かってきた。


「何をするんだ、佐山! この男は投降したんだぞ! 警察に身柄を引き渡すべきだ!」

「男の背中を見てみろ、葉月」

「だ、だが!」

「いいから!」


 俺は乱暴に葉月を振り返らせた。男の腕は不自然に曲がっている。そしてその手先には、大振りのナイフが握られていた。


「こいつはな、葉月。お前が近づいたら斬りかかるつもりだったんだ。俺はお前に感謝されることはあっても、責められる筋合いはない」


 こればかりは、反論の余地なしと判断したのだろう。葉月は唇を噛んで、うつ伏せになった男の死体に見入った。


 俺は何とはなしに、倉庫から海側の港口へと出てみた。そこにあったのは、憲明の広い背中だ。


「全く、葉月は詰めが甘い」


 俺はそう愚痴ったが、憲明は『ああそうだな』とだけ言って、取り合おうとはしなかった。

 他に語ることもないので、俺は夜中の湾岸地区に目を遣った。血生臭かった倉庫内とは違い、自然な匂いが俺の鼻腔を満たす。深呼吸をしつつ、首を左右に曲げてパキポキと音を立てる。

 視線を巡らせれば、臨海工業地帯のランプや照明が目に入った。あれだけの銃撃戦の中で、マズルフラッシュを浴びてきた身には、なんとも人情のこもった優しい灯りに見える。不思議なものだ。


「二人共、撤収するぞ」


 背後から葉月の声がする。俺と憲明はどちらからともなく振り返り、倉庫の隙間を通って、撤収用に準備されていた車両へと向かった。

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