推しのいる生活(長嶺みずき)

「みずきー」

 懐かしい声にあたしは顔を上げる。高校の同級生の晴夏ちゃんが手を振っていた。

「お昼喰いっぱぐれちゃてさ。知り合いいなくて困ってたんだよ」

 晴夏ちゃんはあたしの前にA定食を置いて座る。

 ちょうど画面上のタイタニウム君がダンジョンボスを撃破したところだった。軽金属属性で、元素第9位のタイタニウム君はレアリティが低くても重宝する。何より戦闘に勝った時の「俺は光の触媒、だったら世界のひとつやふたつ輝かせなくちゃな」ってセリフは何度聞いてもテンションがあがる。

「何見てるの、インスタ?」

「そんなゲームはやってないかな~」

 人もまばらな午後三時の大学食堂、ひとりで座ってるあたしは見つけやすかったんだろう。いつのまに晴夏ちゃんの髪の色は明るい。チークも入れているみたいだ。二人で図書委員やってたころは黒髪ゆるふわ同盟やってたなぁ。それより、

「晴夏の今日の髪型、マグネシウムちゃんの夏限定礼装のときみたい!」

「マグネシ…何?」

 あいまいな笑いでポテサラを一口ほおばる晴夏ちゃん。

「それよりみずき久しぶりじゃない? あまり見かけないから気になってたんだよ」

「そうだっけ。仕事忙しくてさ~」

「バイトしてんの?」

「うん、週7で」

「はぁ!?」

「晴夏ちゃん、ポテサラ飛んでる」

「働きすぎでしょ! なんで? 何の仕事してるの」

「今はコンビニと交通誘導と清掃かな」

「うっわきつそうなのばっかりローテーションしてんだ」

「ううん、全部毎日」

「いやだからなんで!!!」

「晴夏ちゃん、コーンスープ飛んでる」

 備え付けのナプキンでスマホ画面を磨きながらあたしは笑う。

「推しがいるとお金がいくらあっても足りないんだよ~」

「みずきんち一人暮らしでしょ?? 仕送り足りてないの?」

「そっちは資金運用に回してるから」

「えっ」

「最近ようやく安定してポジれるようになってね、家賃くらいは不労所得でまかなえそうなんだよ」

「何言ってるのかよくわかんない」晴夏が目をぱちぱちさせる。「あんたその推しのために働いてるってこと?」

「そうだよ。写真見る?」

 写真アプリを起動する。開くのはもちろん、あたしが撮った久遠さんの厳選フォルダ。

「へぇ、かわいいね」

「でしょ!!!」あたしはうれしくなって勢いこむ。「ウチの大学の卒業生なんだよ~。あ、これこれソファでくつろいでるやつ。好きなゲームやって笑ってる久遠さんの笑顔は尊いなぁ」

「芸能人?」

「ううん。あ、この写真はヨガマットの上にいるたときの。これはSSR写真だよ~、これまで2回しかチャレンジしてないから! 運動するって珍しくやる気出してたのにすぐごろんとしちゃってさ~。でもわざわざ着替えてるのもいいよね…スポーティな久遠さん…」

「えっと?? あ、ユーチューバー?」

「スマホはずっとやってるけど、だいたいデイリークエスト消化してるだけだと思うなぁ」

 晴夏はますます変な顔をする。あれ、おかしいな。

「じゃあこの人だれ???」

「久遠さんだよ?」

「いやだから、だれ??」

「あたしの推しだよ」

「推しはわかったけど!! 何してる人なの! みずきとの接点は?」

「あたしのうちで暮らしながら毎日ごろごろしてるの」

「ニートじゃん!!!!」晴夏ちゃんがバンとテーブルをたたく。「ていうかヒモか!!!!!」

「そういう解釈もある……?」

「何が悲しくて年上の女養ってるの、花の大学生活なのに!!」

「晴夏ちゃん、カツレツ飛んでる。えー、だって久遠さん尊くない??」

 アピールが足りなかったなんて。晴夏ちゃんにあたしがどれだけ幸せな日々を送ってるのかわかってほしくて、厳選フォルダ内にある「尊死キケン!」フォルダを仕方なく開ける。

「見て、これ秋の久遠さん! 紅葉見に行きたいっていったのに途中で疲れて紅葉のベッドに寝転んでるんだよ~」

「たしかにいい写真だけど、社会人になって紅葉ベッドとか」

「ちなみにそのベッドつくったのはあたしです」

「ああやっぱり……」晴夏ちゃんはこめかみを抑える。わかるよ、尊くてそうなっちゃうよね。

「ていうか、みずきって女の子が好きだったんだね」

「久遠さんとはそういう関係じゃないよ?? 推しと恋愛なんて。あたしが衣食住ガチャ資金全部まかなってあげてるだけだから」

「みずきーーーーー!? 目を覚まして! あんた騙されてる!」

 なんで晴夏ちゃん泣きそうな顔してるんだろ。元気づけてあげないと。あたしはにっこり笑って、

「そんなことないよ。久遠さんはほんと見てるだけで温かい気持ちになれるんだよ~! 今も部屋のソファーベッドでスマホしてるだろうなって思うだけで尊い……それにね? きっとやる気出せばなんだってできるのに、あたしと出会う前は自活できてたはずなのに、今じゃ5歳年下のあたしに養われてるんだよ?」

「それアピールポイントなの!?」

「こないだあたしが風邪ひいたときなんか、冷蔵庫に食材いっぱいあったのにその日一日買い置きのペットボトルの水しか飲めなかったんだよ? お腹すいてるのにこっちに申し訳ないから我慢してるって顔とかもうほんと…無理、しんどい…」

「わかる」

「わかってくれる!? もう一生愛で続けたい~!!」

「いや本来の意味での無理しんどいだから!」

 そのあとも熱心に久遠さんの写真を見せながらアピールしたのに、晴夏ちゃんはひたすら「ヒモだ」「社会のくずだ」「逆ママ活だ」と聞く耳持ってくれなかった。そのうち、あたしの次のバイトの時間が近づいてきたので解散することになる。

「ほんといつでも連絡してね?」めちゃめちゃ心配そうな顔で手を握られる。

「ありがとう。あたしは大丈夫だよ~」

「あんた変わったよ…」

「でしょ!!!」あたしはまた勢いこむ。「推しとの出会いがあたしを変えてくれたんだ! 久遠さんをお世話して遠くから眺めるだけで胸がいっぱいになるし、たまに写真も撮らせてくれるんだよ? 会えない時はタイタニウム君のボイス聞くと一日12時間のバイトもがんばれるし」

「……大学の講義はちゃんと出てるの?」

「8年以内に卒業できればいいらしいよ、大学って」

「あああああああああああ。と、とにかく連絡してね…?」

 頭を抱える晴夏ちゃんとばいばいして、あたしは食堂を出る。ちょうどそのタイミングで久遠さんからメッセージが届いた。

「わっ!」

 うれしくなって思わず声が出る。

「いつのまに新しいメッセージを送ってもらえるまで実績を解除してたんだろう」

 すぐに見ちゃうのがもったいなすぎて、数分間通知を見てニマニマしちゃう。こんな温かい気持ちになれる毎日があるなんて高校時代には予想もしなかった。

(はぁ、ほんと久遠さんはあたしに幸せをくれる天使みたいな人だ)

 今夜の夕飯も好きなものを作ってあげよう。もう冬になるから、冬物のお洋服とかも用意してあげたいな。久遠さんならモコモコでだるっとしたのとか似合うと思うなぁ。

 そんなことをウキウキ考えながら、木枯らしの吹くキャンパスをバイトのために歩き出した。

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銀剣のステラナイツ掌編集 10% @temper

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