銀剣のステラナイツ掌編集
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大好きなアイドル(元エクリプス・霧島夕陽)
「霧島夕陽! 黄昏に出会う運命のふたり! みんな<あなた>とわたしの出会いをここから! 今日は本当にありがとうー!」
キラキラのステージ。
アンコールの最高にアガる歌で、興奮する客席に。
一日の頑張りを、汗だくで抱き合って讃える二人のアイドル……
「あ~~~~~」
控室に飛び込むと、アイドルの皮を衣装ごと椅子に放り出してソファーに沈み込む。
ほどなくして、ドアがノックされる。放っておくと、勝手にそれが開かれた。
「夕陽ちゃん、そんなあられもない姿で何してるの!?」
「あなたがドア閉めれば問題ない程度の節度はありますけどー?」
汗でべとべとのインナーをぱたつかせながら答える。コツコツと足音を響かせるのはよれたスーツ姿のメガネOL風の女性。とーかさんのマネージャーだ。
「担当アイドルさんならいま全員とハイタッチやってる最中ですよ?」
「夕陽ちゃんに話があるのよ~」
勝手に衣装のしわを丁寧に伸ばして、ハンガーにかけながら微笑んでくる。
「めんどいから嫌です」
「いい笑顔で言わないでよ!?」
「マネージャーさんとゆうひは関係がありませんし、ゆうひは別にとーかさんとユニットじゃないんですよ?」
「でも夕陽ちゃんの企画力は大人顔負けなんだよぉ!」
あなただけが頼りなの、という顔で近づいてくる。
それって自分ではマネージャー出来てませんっていうんじゃないかなって思うんだけど、でもこれはこれで好都合なのでそういうことは言わない。
「ね、お願い? 灯花も夕陽ちゃんのこと好きだし、信頼してるって言ってるし」
「はいはい、仕方ないですね~」
しぶしぶという態で答えると、マネージャーさんは破顔して、
「ということで、第5回朝星灯花をもっと輝かせよう会議~!」
うすい拍手が控室にこだまする。ノってあげないでいると、マネージャーさんはあわてたような声をあげた。
「あっ、あのね、次のオファーはいくつか来てるの」
「ライヴですかぁ?」
「ううん、ネットテレビの」
その時点でだいたいお察しだな、と思いながらも視線だけをマネージャーに戻して先を促す。
「へぇ。なんですか?」
「駆け出しアイドル運動会」
「ダメです。まとめ売りは価値が下がりますし、それ見るタイプのファンにとーかさんは売れません」
「再現VTRの出演」
「とーかさん演技レッスン受けてないですよねぇ?」
「で、でも灯花ちゃん、アイドルらしい仕事がしたいっていうから」
「自分がプロデュースしてる子のポテンシャル分かってないんですかぁ。こう、とーかさん宛じゃなくていいんで、断ろうかなってしてるような仕事のリストとか読んでください」
「え、ええ!? あっ、えっとね、樹海探検、パルクールマラソン、今日のゲテモノ料理ショー、あとクリスマス時期のブーケ工場2泊3日監禁ツアーとかあるけど……」
笑っちゃう。みんなとーかさんをなんだと思ってるんだろう。
「そのへんは全部受けちゃいましょうか」
「う、受けていいのこんなの!?」
「いまさらじゃないですかぁ? とーかさん、深海魚とか捌いてましたし」
「そ、そうだよね。すぐにOK出す!」
すごい勢いでスマホをいじりだす。めっちゃ悩むくせに、こちらが責任を取ってあげると行動がめっちゃ早い。本当はこれ、社長とかがしてあげないといけないんじゃないだろうか。
「とーかさんお仕事選ばないイメージですし、きっとファンは喜びますよぉ。あ、ゆうひはいつも通りお願いします」
「同じ仕事に入れるってやつだよね! でも、いいの? 夕陽ちゃんのほうが、お給料ランクが上だって聞いてるけど」
「とーかさんのフォローができるの、ゆうひだけですよ」
「それはすごくそう思う」
別に自分が屋根の上を駆けたり、樹海で怖い目に合う必要はないのだから。
そういうのは全部とーかさんがやればいい。
とーかさんはもっといろいろ無茶振りされて、それを乗り越えてくれればいい。
それを一番近くで見てさえいられれば、マネージャーの仕事っぷりに文句なんかない。
「そうそう。最近朝星灯花で検索すると、ツイッターでも毎日50ツイートぐらいは見られるようになったのよ~!」
「ゆうひは100以上だし、フォロワーも5倍いますけど」
マネージャーさんの目が泳ぐ。
「えっと、こないだの配信もけっこう人が来て…」
「知ってますよ~。ゆうひが拡散してから増えましたよね」
「……深海魚特集はまれにみる大ヒットだって……」
「あれ見て『へぇ、オヒョウって深海だと一つ目なんだ』って思った人はいても、そのオヒョウを捌いて煮込んだとーかさんのライヴ行きたいって思った人はいます? 今度からはライヴの途中で深海魚を捌くコーナーとか設けるんですか」
「あ、それってもしかして……!?」
「企画案じゃありませんー。アイドルの言葉の意味を辞書で引いてください」
見えないように舌を出す。
ウォォォォォ! と野太い声が遠くから木霊した。
とーかさんファンのリクエストに応えてライトからぶら下がったりしてるのかな。
「も、盛り上がってるね」
「ですねぇ」
「灯花ちゃんよくあのお客さん相手できるよね。正直ちょっと怖いよ、あの統率された人たち」
「思いますぅ」
怖いならなおさら見てなくていいのか、とは言わない。とーかさんのファンはお行儀がいい。
「そろそろライヴも終わりかな……」
「ライヴはとっくに終わってますよ? マネージャーさんがファンを掃けさせる仕事してればすぐ帰宅できますよ」
「そ、そうだよね!」情けなさそうな顔つきをせいいっぱいきりっとさせて、マネージャーさんがうなずく。
「じゃあそうしてくるわ! 夕陽ちゃん、今日もありがとうね!」
「いいえ~」
ヒールの音を響かせてドタバタ出ていくマネージャーさんにひらひらと手を振る。
ドアが閉まる。頬に手を当てる。今日、とーかさんの頬がふれた場所を。最近はとーかさんから意図的なボディタッチがかなり増えてきた。
裏表がなさ過ぎてときどき不安になるけど、仕事がない日でもバンバン連絡が来る。
――灯花も夕陽ちゃんのこと好きだし、信頼してるって言ってるし。
そっか。好かれてるんだ。
なんだか口元がにまっとなるのが抑えられない。アイドルやってるときは絶対にできない笑い方だ。
「とーかさんはもっともっと苦労すればいいんですよ」
ステージライトの下で、音程の外れた声で全世界を幸せにする気合で飛び跳ねるとーかさん。見ている誰もが目を離せなくなるとーかさん。あきらかにおかしなレールが敷かれていても、爆走していくとーかさん。
そんな素敵なアイドルの輝きを、みんなに知られるのは少しでも遅いほうがいい。少しでも長く、ふたりだけのステージを、ふたりだけの日々を。
「ちゃんとプロデュースしてあげますからね~」
ばたばたと廊下を走る音がする。アイドのお帰りだ。頬に添えた指で唇を撫でて、もう一度「霧島夕陽」に戻るための準備を始めた。
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