いせかいの「い」は居酒屋の「異」

ちびまるフォイ

そんな代価請求はチートです

どこにでもいる普通の高校生であるはずの俺は、

ひょんなことから女神のいる天界へと転送されてしまった!


「こ、ここは……まさか天国か」


「いらっしゃいませーー!!」

\ っしゃーせー! /


のれんの奥からは元気な声が聞こえてくる。

神聖でおごそかな雰囲気は一瞬で破壊された。


のれんをくぐって出てきた女神は、

頭にタオルを撒いて腰にエプロンをつけている。


「転生者さま、何名でお越しですか?」


「ひとりですけど……。ひとりじゃないことがあるんですか」


「最近はクラス全員での修学旅行転生してくるパターンもありますから」

「ええ……?」


「おひとりさまごあんなーーーい!!」

\ おひとりさまごあんなーーい!! /


やまびこのように奥からも快活な声が聞こえてくる。


「あ、転生者さまはおタバコは吸われますか?」


「吸わないです」

「そうですか」

「吸ってたらどうなるんですか?」


「喫煙世界に通されます」

「なにそれ!?」


「ご安心ください。お前は禁煙世界ですよ」

「おまっ……」


女神は手元の小さなタブレット端末でなにやら操作し始める。

天界にもすでに文明化の波が来ているんだと感動した。


「えっと、今ですと、テーブルとカウンターどちらもご案内できますよ」


「テーブルだとどうなるんですか」

「普通の異世界に転送されます」


「カウンターだと?」


「私からカウンターパンチされます」

「理不尽……!」



「おひとりさまてーぶるせきでーーす!!」

\ ありがとうございまーーす!! /



テーブルを選ぶと女神は顔が隠れんばかりの大きなメニュー表を取り出した。


「あのこれは……?」


「チートメニューです。お好きなチートを選んでください」


「セルフ選択式なんですか!?」


「最近はほら、善意でチート与えて転生させてやったら

 やれ"このチートはないのか"とか"ほしいのはこれじゃない"とか

 いろいろ言ってくるパターンが多いんですよ」


「はぁ……」


「というわけで、先にメニューでチートを選んでもらおうって形式にしました」


「なるほど……そうだなぁ」


メニュー表に書かれているのはさまざまなチート能力。

これから異世界で暮らすにあたってなにがいいだろうか。


「やっぱり適応力が高いとなにかと応用がききそうだな。

 あの、この"成長・努力チート"をお願いします」


「あいよ!! なまいっちょう!!!」

\ なまいっちょうーー!! /



「な、なまってなんですか!?」


「チートの通称ですよ、気にしないでください。

 ファーストフードでも品物の名前を略称で伝えるでしょう?」


「はぁ……」


「うちも、チート厨房に誤解なく伝えるために使っているんです」


「チートって厨房で作るものだったの!?」


「場所によっては工場で作ったものを配送するパターンもあります」

「給食みたいなシステム……」


メニュー表を見ながらチートを決めていく。


「えっと、この"魔力エネルギー無尽蔵のチート"をください」


「はい喜んで!! だしまきいっちょう!!!」

\ だしまきいっちょうーー!! /



「攻撃力チートもください」


「はい喜んで!! 塩キャベツいっちょう!!!」

\ 塩キャベツいっちょうーー!! /



「あとは……モテたいんで、魅了チートも」


「はい喜んで!! なんこつから揚げいっちょう!!!」

\ なんこついっちょうーー!! /



「いややっぱおかしいよね!?」



「それより、結構な数のチートを注文されたみたいですが

 本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫って?」


「メニューを見てみてください。チートの横にハートが書かれているでしょう?」

「え、ええ」


「各チートにはそれぞれ代価が決まっているんです。

 生前の善行がそれになります。良い人間ほどたくさんのチートを選ぶことができ、

 悪人ほどチートを注文できる代価が少ないというわけです」


「え!? 全部好きにもらえるんじゃないの!?」


「おめぇ、転生者だからって何でもかんでも甘やかされると思うな」

\ バカいっちょうーー!! /


どっと冷や汗が流れてきた。

これまでの自分の善行なんで何をしただろうか。


どこにでもいる普通の高校生が払える善行の代価なんてたかがしれている。


「ひ……ひとつ聞いていいですか?」


「その質問を含めたらふたつめになりますけどね」


「もし……もしも代価が払えなかったら?」


「チート厨房へ送られます」

\ いらっしゃーーい!! /


女神はふりかえってカウンター奥にある禍々しき空間を指差した。


「毎日毎日休むことなく、チートを作り続け、死ぬこともできないまま

 永久にあの厨房の中に閉じ込められるんです。

 あの厨房は欲をかいた転生者のはきだめなんですよ」


「あばばばば……」


チート厨房から聞こえる元気な声は心からのものではなく、

強制労働で完全に精神が壊れてしまってハイになった状態での空元気に近かった。


「や、やっぱり注文取消します!!」


「それはできませんよ。すでにもう注文しちゃいましたし。

 材料費だってばかにならないんですからね」


「材料費なんてあるの!?」


メニューを持つ手がじっとりと汗ばんでくる。

持ち合わせている善行の代価はゼロだと考えるとどうにかしなくては。

それこそチートみたいな方法でこの場を切り抜けるしか――。


「あの! この中ですぐに用意できるチートはありますか!?」


「それでしたら、このチート欄にあるものがすぐにご用意できますよ」


「それじゃ、この"やり直しチート"をください! すぐに!!」


「はい喜んで! さあ、どうぞ!」

\ チートいっちょうーー!! /


やり直しチートを手に入れるなりその場で発動した。


 ・

 ・

 ・


「いらっしゃいませーー!!」

\ っしゃーせー! /


のれんの奥からは元気な声が聞こえ、女神がやってきた。


「転生者さま、何名でお越しですか?」


「やった!! チートが発動した! すべてやり直せたぞ!!」


「……?」


女神は何が起きたのかわからないのか小首をかしげている。


「チートはご注文されますか?」


「いいえ! いらないです! とても払える気がしないので!

 俺は普通に転生させてください! なにもいらないです!」


「いいんですか? チートもないと何かと苦労しますよ」


「いいんです! なにもチートはいりません!

 俺にチートをまかなうだけの代価もありません!!」


「そうですか、それなら……」


チートはなにひとつ注文しなかった。


思えば異世界転生でチートありきなんてどれだけ甘えていたんだろうと思う。

自らの限りある力で開拓していくのが面白いんじゃないか。


困難を削ぎ落とし、葛藤をスキップした世界でなにがあるというのか。


苦労に立ち向かうために絆を育み、失敗しないために努力をする。

泥臭いけれどこっちのほうが人間らしい。


そう、俺は一般人として異世界に転生するんだ。


「それじゃ、転生をお願いします!!」


女神はにこりと笑ってうなづいた。



「では、天界に2時間いたので、その分のチャージ料を代価でいただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いせかいの「い」は居酒屋の「異」 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ