㉒天使VS淫魔~淫夢で辿り着いた、恋の結末

 のない私は、最初は彼女に誘導されてばかりだったけど――途中から自ら動くようになっていった。

 口付け一つでさえ、いけない事をしているような気がして、脳内でストップが何度もかかった。だけど、一度、その線を越えてしまえば、もう怖がる事は何もなかった。

「ゆ、き……」

 互いにもつれあって、求め合って――このまま一つになって溶け合ってしまえば。そんな事すら思う程に、私達は貪欲に相手を求め合った。

 ――もう私一人じゃない。癒姫も、私を求めてくれている。

 それが嬉しくて、どんどん先へと進む。

「うん、サユリ……いいよ、そのまま」

 重ね合った彼女の手に導かれ、少しずつ彼女を曝いていく。

「う……っはあっ……」

 清楚で大人しい。そう思っていたお姫様はもういない。

 ただ欲望のまま昇りつめ――しかし、乱れた姿も愛らしい。そう思う私は、やはりどこかおかしいのかも知れない。

「サユリ……」

 順番のように、今度は癒姫が私の身体を曝いていった。先程から、この繰り返しだ。

 女同士だから――。

 その重みが、こんな淫夢ゆめの中でも、重く私達の邪魔をする。

 女の私では、彼女を本当に満足する事は出来ないかも知れない。どんなに肌を重ね、曝き合っても、本来辿り着く場所にはいけず、もどかしい想いをさせているだけなのかも知れない。どんなに求め合っても、私達では一つになれない。

 ――そうかも知れない。だけど、今は……この夢の中だけでは……


 とても、満ち足りていた。


 それは、そういう経験のないから思うだけかも知れなくて、私だけが満足しているだけなのかも知れないけど――。

 たとえ、彼女の本当の旦那のように、本当の意味で彼女を満足させる事が出来なくても――今この時だけは、私達は一つになった。そんな気がした。

「サユリ……」

 と、労るように胸元に顔を埋めていた彼女が、その頂きに触れる。

 その刹那――もう何度目か分からない甘い痺れが全身に走った。その感じた事のない感覚が少し怖く感じて、私は快楽を逃がそうと身体を捻る。

「……う、くっ……」

 思わず両手を交差して自分の顔を隠すと、すぐに癒姫がその腕を取り払い、自分の指を絡めてきた。

「逃げないで、サユリ」

「だけど……」

「大丈夫。最初は怖いかも知れないけど、私が一緒だから……だから、ねえ、一緒に」

「癒姫……」

 未知なるものが怖い。その先を知ってしまったら、自分が自分でなくなってしまうようで、怖かった。

 ――だけど、そうだった。私達は、そうだった。

 私に出来ない事を癒姫がやって、癒姫が出来ない事を私がやって――そうやって、私達は互いの欠けを補い合って生きてきた。

 だから、今日もきっと大丈夫。

「癒姫……好き」

 私は癒姫の背中に手を回し、触れるだけの口付けを交わした。

 その時、どうしてか分からないか、涙が零れた。頬を伝った雫が互いの口元に入って、口内にしょっぱい味が広がった。

「癒姫、好き……私、ずっと、貴女が好きだった」

「うん」

「なかった事にしなくちゃいけなかったけど、どうしても捨てきれなくて……自分でも、制御出来ないくらいに……貴女が好き。ずっと、ずっと、好きだった」

「うん」

 癒姫は、ただ肯定の言葉だけを繰り返す。

「こんな事を言ったら、きっともう親友には戻れない。だから、捨てなくちゃいけなかったけど……貴女が好き」

 泣きたくなる程に、情けない程に――。

「貴女が、好き、でした……」

「うん……ありがとう、サユリ」

 癒姫がとても哀しそうに、けれども幸せそうに笑った。

 ――笑ってくれた。

 ――良かった……。

 私の告白を聞いて、癒姫がどう思ったのか分からない。ただ、癒姫が笑っている。今は、それだけでいい。

 それだけで、十分報われた。

「ありがとう……」

 自然と、感謝の言葉が零れた。

 ――最初はこの恋を捨てる事ばかり考えていたけど、今は……。

「捨てなくて、良かった。この恋を、なかった事にしなくて良かった」

 私は――


 ――恋に落ちて、良かった。


 癒姫を好きになって、苦しかった。

 癒姫を好きになって、痛かった。

 癒姫を好きになって、哀しかった。そして――


 癒姫を好きになって、私は今、心から良かったと思える。


「ありがとう、ありがとう……私の、恋を、認めてくれて……私は、確かに、貴女に恋をしたんだ。それがどんな形であれ、恋をしたんだ」

「うん、そうだね。サユリは、恋をしていたんだよ、ずっと……」

 子をあやすように、癒姫が私の頭を抱え込むようにして抱き締めてくれた。

 甘い花の香りと、安らかな温もりが、次第に心を鎮めていく。

 ――ああ、そうだ、私は……これが、欲しかったんだ。

「サユリ……好きだよ。私は、貴女が好きだよ。これからもずっと」

「うん。私も、貴女が好きだったよ。、ずっと前から」

 私がいう好きと、癒姫のいう好きは違う。

 それを分かっていながら、私達はもう何度目か分からない深い口付けを交わした。

 優しく私を押し倒した癒姫を見上げると――寂しそうで幸せそうな顔があった。

「サユリ……ごめんね」

 癒姫がそう呟くのと、一滴の涙が頬に落ちるのは同時で――そして、ゆっくり彼女が覆い被さってきた。

 私の肌をまさぐる彼女の手が、何度も際どい所に触れた――だけど、もうあの未知への一歩が怖いとは感じなかった。


 この時――確かに私達は一つだった。一つになれた。


 初めて私達は、心が通じ合った。

 指先から、温もりから、唇から――互いに触れる度に心も交換し合っているように、私達は一つの存在になった。

 そう錯覚する程に、今――私達は、幸せだった。


 ――貴女に恋して、苦しかった。貴女に恋して、痛かった。だけど、やっぱり貴女に恋して、私は幸せだったよ。

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