⑲天使VS淫魔~淫夢で思い出す、恋のきっかけ

 ――それが恋だと自覚したのは、随分経ってからだった。

 始まりがいつだったのか、今ではおぼろげで――恋に落ちた瞬間も、恋に落ちた理由も、覚えていない。

 ただ、いつからか、『私』の中で、彼女の存在が特別で――他の人とは何か違う。そんな感じがしていた。

 小さい時から人付き合いが苦手で、よく「怖い人」と思われがちだった。いつもどこか浮いた存在で、信頼出来る人なんて一人もいなかった。

 そんな風に生きてきたから、彼女――癒姫ゆきは、私にとって特別だった。

 臆せず私に話しかけ、周りが止める中迷わず私の中へずかずかと入っていき、私をみんなのいる場所へ導いてくれた人。

 だから、最初はただの憧れだと感じた。

 この気持ちは親友に対する親愛と友情であって、恋愛感情ではない、と。

 ずっと自分に言い聞かせてきた。

 だけど、ある日気付いた。

 彼女が他の人と話す度、笑顔を向ける度、心の奥にどす黒い感情が何度も暴れ回った。それが嫉妬だという事は分かっていた。

 ただ、それが恋によるものだという自覚はまだなかった。

 友達が少ないがゆえ、たった一人の友達が他の子と話していて嫉妬している――その程度に思っていた。

 だけど、あの時――私はそれが恋だと自覚した。


 私が、男の子から告白された、あの時――。


 相手は、一つ上の委員会の先輩。

 優しくて気さくな人で、誰とでも仲良くなれる人だった。そういう点は癒姫と似ている。

 孤立しがちな私の事を気にして、よく世話をしてくれた。私も、最初はどう接したらいいか分からず、戸惑う事もあったけど――次第に先輩として信頼していくようになった。

 先輩と後輩。ただそれだけの関係だった。

 もし先輩が女性でも、私は同じように信頼し、懐いていたと思う。

 だけど、先輩は違った。

 彼は、言った。


『君が、好きだ。僕と付き合って欲しい』


 真っ直ぐな言葉だった。

 いつも余裕のある先輩には珍しく余裕がなくて、不安に揺れていた。

 ――彼のような人でも、不安になる事があるんだ。

 そんな事を考えながら、彼の告白を受けていた。

 そういうものは自分には縁遠く、遠い世界のような出来事のように思っていたから、余計に実感がなくて、しばらく思考が停止した。

 そして、ふと気付いた。

 「好きだ」と言われた時、無意識に心の中に浮かんだのは、癒姫の笑顔だった。

 もし彼の告白を受けたら――彼を選んだ未来を想像してみたけど、やっぱり浮かんでくるのは、大人になった癒姫との日常ばかりで、それ以外は考えられなかった。

 そして、私は認めた。


 私は、癒姫が好きだ、と。


 先輩からの告白は断った。

 たしか、「受験に集中したい」「そういう風には見られない」とありがちな理由だった。断った時の理由すらおぼろげなのだから、やはり私は、ひどい女だ。


 ――そして、私は……

     *


「サユリ……私を、見て」

 そう言うと、彼女は私の耳を甘噛みし、舌を中に忍ばせた。

「ひっ……」

 ぞわぞわ、と得体の知れない感覚が全身を駆け巡る。

 知らない感覚から逃げようと腰を浮かせると、それを待っていたかのように、彼女は優しく私の足を払った。

 そのままもつれ合うように倒れ込むと、私を押し倒した形で癒姫が私を見下ろしていた。

「癒姫……」

「サユリ、貴女は、私の事が好きなんでしょう?」

 誘うように、彼女は言う。

「ダメ、だよ。だって……」

 私達は――

「女同士だから?」

 心を読むように、癒姫が問うた。

「いいじゃない、別に。問題ないわ……だって、ここは、夢の世界なんだから」

「ゆ、め……?」

「そうよ、サユリ」

 癒姫が誘うように、私の頬に触れる。

 小さいと思っていた手は私の頬を包み込むと――唐突に口の中に親指を突っ込んだ。

「う……っあ……っ」

 歯列をなぞるように、口の中をかき回される。酸素が吸い込めず、息苦しさを覚える中――

「本当に、苦しいだけ?」

 再度、心を読むように、彼女は言った。

「苦しいだけでは、ないでしょう?」

「そんな事……」

 至近距離から覗かれると、心の奥まで見透かされているような気がして、思わず顔を逸らすが――癒姫が顎をすくい取って、再度自分の方を向かす。そして、妖艶な眼差しに、捉えられ――捕らえられて、何も言えなくなった。

「サユリ……可愛い」

 抵抗をやめると、癒姫はもっと積極的になり、唇を掠め取るように口付けを交わした。

「……う……っ……」

 小さな吐息すら逃さず、癒姫は全てを飲み込んでいく。

 最初は触れる程度の口付けも、徐々に激しさを増し――熱い舌が口内を何度も行き来し、互いの熱が混じり合っていった。

 自分の物なのか、癒姫の物なのか、分からないくらい熱で蕩けた頃――ようやく彼女は私を解放した。

「……はあっ……」

 そういった経験がなく、翻弄されるばかりの私を見て、癒姫は女の私から見ても色っぽいと思う仕草で自分の唇を舐めた。

「サユリ……」

 まだ呼吸が整わない私を抱き起こすように背中に手を回しながら、耳元で囁いた。

「愛しているわ」

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