⑬天使VS淫魔~考察から始めるキューピッド業務
『キューピット』とは、あらかじめ運命的な絆で結ばれた
時に奇跡的な偶然を引き起こし、時に邪魔者を排除しーー定められた運命の通りに事が運ぶように調整する、管理人。
この時、定められた運命は、誰にも拒むことも、逃れる事も出来ない。
ただし――
*
「難儀な生き物ね」
手元の書類を見て、アモールは呟く。
河原で宿敵・リリンに宣戦布告した後、どうしても負けられない理由が出来たため、先手必勝ですぐにターゲットに新しい恋と巡り合わせようと、自室に戻り、ターゲットの書類を熟読していた。
「だって、リリンったら、あんな事言うんだもん」
――『負けたら、お前、<自主規制>な。
悪戯心に満ちた、リリンの表情を思い出しては、アモールは自分の翼で自分の顔を覆い隠していた。
「もうリリンは、昔からあんなんだから」
アモールとリリンは、天界で知り合った。リリンが地獄に堕とされるよりはるか前――。
人の時代でいうところの中世。
まだ身分制度が色濃く残っており、それゆえ自由な恋愛が許されていなかった。特に、アモールは王家も担当したせいか、そういった悲劇も多く見てきた。
「あんな悲劇、二度と起こしちゃいけない。そのためにも、絶対的な運命が必要なんだ。そのために、私達キューピットはいるんだから」
あらゆる生き物は、この世に生まれた時にある程度の運命が定まっている。
どうやって生まれて、どういう過程で、どんな結末を辿るか。
細かな事までは把握しきれないが、所謂人生のビッグイベント的なものはあらかじめ定められており――覆す事は不可能。
だから、全部分かりきっていた。
どんな清楚な令嬢も悪い男に騙されて娼婦に落ちる事もあれば、元は心優しい美しい女性も、その美貌ゆえに老いに対する恐怖から義理の娘に嫉妬して悪の女王になる場合もある。
全ては、決められた事。
双六の駒のように、確定した未来に向かって、ただ歩いていくだけ。
その運命が上手く運ぶために、キューピットはある。
そのために自分はいるのだ、とアモールは考える。
「もうリリンは、どうしていつもみんなの邪魔ばかりするの。運命なんだから仕方ないじゃない。天が決めた運命を、天使如きが、まして人間が変える事なんて出来ないんだから」
それは天使も悪魔も経験したリリンが一番分かっている筈なのだが。
そういった所も含めて、アモールはリリンが理解出来ない。
――『僕の悪戯如きで、覆るのなら、それは運命じゃなかったんじゃない?』
「……っ」
遠い昔、リリンに言われた言葉を思い出し、アモールはそれを消し去るように首を振るう。
「違う。運命は絶対だ。覆る事などは、ありえない」
自分に言い聞かせるように言った後、アモールは改めてターゲットの書類を見る。
「えっと、あのクール系お姉さんは……名前は、
流れとしては、よくある人生だ。
小学校の時から専門学校までずっと一緒だった幼馴染の女の子・
共に同じデザイン系の会社に就職するが、サユリは若くしてデザイナーとしての才能を発揮し、今ではキャリアウーマン。責任ある業務を任される事が多く、仕事は順調。
対する癒姫は、デザイナーとしての才能が開花する事ないが人並み程度に業務をこなし、取引先の青年・
それをきっかけに、癒姫とのルームシェアをやめ、一人暮らしを始める。
「となると、癒姫の相手の翔太が、想い人って事ね」
取引相手となると、サユリも翔太と出会う確率が多い。むしろ、出世頭のサユリの方が癒姫よりも早く出会い、交友関係も良好だった。
――ずっと一緒だった友人の方が、後から出会ったのに、彼と恋仲になり結婚、か。
――こりゃ、サユリからしたら、たまったもんじゃないよな。
自分の方が先に出会い、先に恋をして、先に良好な関係を築いた。
しかし、実際は、自分の紹介で出会った癒姫の方が彼を射止めてしまった。
「まあ、よくある話よね」
サユリと癒姫は、全てが正反対だ。ゆえにバランスが取れていた。
サユリは生真面目でしっかり者。何事にも冷静沈着で、コミュニケーション能力はやや難ありだが、信頼における人物。特に年下や部下に好かれる。所謂出来る彼女は、男女共に敵も多いが、全部実力で黙らせてきた。
癒姫は天然でドジっ子。仕事でもよくミスするが、愛想が良く、所謂愛され女子。本当に童話のお姫様のような人物で、周囲に守られ愛されてきた、ヒロインタイプ。
まさに、あべこべ。ヒーローとヒロイン。タイプの違う二人は互いの欠けを補い合う存在であり、一番の親友とも呼べる。
その二人の間に入ってきたのが、取引先の青年・片桐翔太。
翔太は、爽やか系イケメンとして社内でも人気の好青年。コミュニケーション能力が高く、年上からは可愛がられ、年下からは頼りにされる。仕事でも能力が高いが、それをひけらかすような事をしないのもポイントが高い。
――……って、なっているけど、実際は慎重すぎるネガティブ男子か。
嫌われないために誰からも好かれる爽やかな男子を演じ、失敗して笑われないために仕事も病的なまでに慎重。
人一倍、自分への評価に敏感で、SNSでフォロワーが一人減るたびに、部屋の隅で丸くなる。
――なんだ、ただの残念なイケメンか。
――だけど、おかしいな。彼のタイプだと、守られ系の癒姫よりも、自分をフォローしてくれそうなサユリの方が合いそうなのに。
実際、彼の好みのタイプも姉御肌の頼れる年上だ。
――何で、癒姫を選んだんだろう?
「……って、いけない、いけない。リリンに感化されちゃう所だった」
――私達はキューピット。ただ業務として、人の恋路を陰ながらフォローするのが仕事。
人の感情なんて分からないし、理解する必要もない。
ただ事務的に業務に励まばいいんだから。
それに、人間の恋路は、生まれた時に誰と結ばれるのか定められている。きっと運命が、翔太と癒姫がくっつく運命になっていたのだろう。我々キューピットが気にする必要なんてない。
「さて、失恋で傷心のサユリを癒やす相手は……あれ?」
アモールは彼女の書類を見て、目を丸くした。
「相手が、空白?」
*
所変わって、ネットカフェの一室。
暗い部屋でパソコンのディスプレイだけが淡く光る。
メガネのレンズに画面の文字が反射する様が不気味に思いながら、メアは主人に声をかける。
『お嬢、どうするつもりで?』
「何が?」
『だから、天使の嬢ちゃんとのキューピット勝負ッスよ』
「あー、そんな話もあったね」
あくまで、興味ないと言った様子でリリンは言う。
『良かったんですか? あんな勝負に乗っちゃって』
「えー、何でー? エロスの事を<自主規制>して、<自主規制>させて、<自主規制>するチャンスじゃん」
一応敵対関係にあるが、メアはこの場にいないアモールに同情した。
『でも、今回は、お嬢はちょい不利じゃないですかい』
リリンの恋愛成就は、片思いの相手がおまじないサイトにアクセスし、相手と自分の名前を打ち込む事で、リリンの対象に対する意識の介入を許可する。それよって、リリンは淫夢として相手の意識の奥へ入り込み、それをきっかけに対象が行動する。それによって、リリンの淫夢の影響で相手を意識している状態になる。そんな状態で似たシチュエーションで遭遇すれば、いやでも相手を意識し、それを恋だと錯覚する――淫夢で始める恋。
つまり――
『今までは、想い人がいた状態だから、お嬢のやり方は通用しやした。だが、あのクール系お姉ちゃんみたいな、失恋した状態じゃ……」
「その点は心配ないよ。むしろ、勝機という点では、どっちもないんじゃないかな」
リリンは、普段は見せない大人しい笑みを零した。
「だって、あの人の恋は、完結しているから」
『完結?』
「まあ、その事に、エロスは気づいていないみたいだから、そういった点では勝機はまだ僕にあると思うよ。<自主規制>させるのが、楽しみだなぁ。今回は何してもらおうかな。むしろナニさせようかな」
『……』
――あの嬢ちゃん、いつもやられているのか。
負けたら早々に逃してやろう。
と、メアは心に誓った。
「本当に、そういう所は変わっていないな。書面ばっかり見ていて、大事な事は全部見落としている。ほんと、変わっていないな……そんなんだから、神の使いに堕ちちまうんだよ、エロース」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます