⑪天使VS淫魔~ライバル登場から始める恋のキューピッド


      *

 『恋のキューピッド』。


 ローマ神話の愛の女神・クピードが起源とも言われている。

 主に恋人同士の恋の手助けを行う幼い天使の総称とされており――天使の属性によって、その効力は異なる。

 おおよそのキューピッドは「運命」を司る天使が行うとされているが、稀に「性愛」や「生命」などを司る天使が担う場合みある。

 また一説では――

      *


 神々しい金色の髪に、澄み切った水色の瞳。

 日焼けの知らない白い肌は陶器のように、時折太陽に反射して光を跳ね返す。

『おい、お嬢。何だ、この天使を絵に描いたような嬢ちゃんは』

「嬢ちゃんじゃないよ。アモールちゃんだよ」

『アモール、ちゃん?』

 メアが首を傾げる仕草を見せる。正しくは傾げる首がないのだが。

「あー、エロスじゃん!」

「その呼び方はやめて!」

 大声で言ったリリンに対し、アモールは顔を真っ赤にして即座に反応した。

 が、すぐに初見のメアの視線に気付き、小さく咳払いをしてから、再度言った。

「私はアモール。この地区のキューピッドとして天界から派遣された、正真正銘の恋のキューピッド」

『派遣? キューピッドってそういう感じなの?』

「当然。天使っていっても、たくさん所属があるの。豊穣を司る天使もいれば、生や死を司る天使だっている。それぞれの部署で、それぞれの担当天使が活躍しているんだよ」

『なんか、えらい現実的だな』

「そして、アモールちゃんは、人の運命を司る、恋のキューピッド」

 アモールいわく、天使職の中でもキューピッドは数が多いらしく、担当が被らないように、あらかじめ担当地区が決められているらしい。

「だって、片思いの少年の恋を成就させようとした時、同じように恋焦がれる少年がいて、別のキューピッドがその子を担当したら、色々こじれるでしょ?」

『まあ、確かに。恋はつがいが行うもの。三人で恋人同士なんて、出来ねえしな』

「そういう事。ただ一つの例外を除けば」

 と、そこでアモールは空を眺めていたリリンを指差す。

「あなた! 元天使にして元悪魔にして、現淫魔にして現キューピッド(仮)。あなたのせいで、もう滅茶苦茶よ!」

「えー、僕、何かした?」

「何かした? じゃないわ! これを見なさい!」

 と、アモールが手をかざすと、突然空間に棒グラフらしきものが浮かんだ。

 数値は最初は真ん中あたりの標準を保っていたが、ある時を境に数値が下がっている。

「あなたが、人の恋路に横やりをいれまくった結果がこれよ!」

『何か、見覚えのあるグラフだな』

 リリンが起こした騒動を知っているメアは、リリンを見るが、当の本人は空に舞う蝶を見ていた。

「本来、人の運命とは、決定づけられているの。誰と誰が結ばれるかって。なのに、あなたが人の恋路を滅茶苦茶してくれたおかげで、運命はこじれて、このザマよ!」

「ふーん」

 対するリリンは、やはり他人事といった様子であり、仲間である筈のメアすらアモールに同情の視線を送っていた。

「本来正しい手順で出会えば、清いお付き合いが出来た恋人も、ただれた関係になって、別れたり、犯罪者として逮捕されたり、もう滅茶苦茶よ!」

『それはすみませんでした』

 思い当たる節がありすぎるメアはご丁寧に地面に鼻をつけて頭を下げた。

「あなたの事は神様から話は聞いているわ。昔、人の恋路を滅茶苦茶した罪で追放されて悪魔に堕ちたけど、そっちでも上手くいかないで、神様の慈悲で人間界で修行の身の淫魔だって」

「やだなあ、そんな他人行儀な言い方」

 リリンは一瞬にやりと悪意に満ちた笑みを浮かべた後、アモールに歩み寄った。そして、一歩を進む度にリリンの姿は、桃色の髪の少女のものから、若い好青年のものへと変わる。

 細身で長身、いかにも爽やかそうな青年。少女の時の毛色に比べると、少しだけ色が濃い。そして――

「やあ、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

 と、青年の姿に変化したリリンはアモールの腰にさり気なく手を回し、耳元で囁くように言った。低いテノールは聞く者の内なる欲望をかき立て、たった一声でアモールは腰が砕けたように倒れかける。むしろそこで倒れていた方がアモールからすれば良かったのかも知れないが、それを逃がさないように青年リリンはがっしりとアモールの背中に手を回して支えている。

「また君に会えて嬉しいよ、僕のエンジェル」

「バ、バカじゃないの」

 と、アモールはリリンの胸板を押して距離を取ろうとするが、その手を逆に掴まれて、ぐっと距離が縮まった。

「そう照れないで、エンジェル。僕は、ずっと君に会いたかったよ。僕の可愛いエンジェル……少し見ないうちに、また可愛くなったね」

「き、きゃあああああ」

 突然悲鳴を上げて、アモールは乱暴に背中の翼を振り回した。そのおかげで、リリンから距離を取る事は出来た。羽は大量に抜けたが。

「その手には乗らないわよ! 毎度毎度、困ったら、口説いて誤魔化そうとするんだから」

「ちぇっ」

 と、リリンが呟くと、一瞬で姿が少女のものへと変わった。

「エロスは単純だから、誤魔化せると思ったのに」

「アモール! そう何度も同じ手に引っかかるもんですか。今日という今日は……」

 アモールがそこまで言い掛けた時、リリンとアモールの頭の上のアホ毛が同時に立った。さながらどこぞの妖怪漫画のように。

「これは……」

「恋の、気配」


      *

 『恋のキューピッド』。

 人の恋路を応援する、幼い天使が担う役職。 

 また一説では、人の「運命」を司る絶対的な存在とも言われている。

 一度キューピッドが結んだ運命は解ける事なく、生涯寄り添い続ける。たとえ、その結末がどんなものであっても――。

      *

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