⑩,天使VS淫魔~ライバル登場から取り合う称号


「にゃあ」


 すれ違っていた末に本当の意味で通じ合った恋人を見届けた桃色の猫は、小さく鳴いた。

 そして、猫が振り返った刹那――猫の姿は眼鏡をかけた少女の姿になった。

「ふふん。リリンちゃんだって、やる時はやるもんよ。見たか、これがキューピッドの実力よ!」

 リリンが得意げに言うと、真上から雷のように白い物体が直撃した。

「いったい!」

 頭を抑えて膝を折るリリンに、白い物体――ユニコーンのヌイグルミが小さな蹄をリリンの目前に突きつけた。

『痛いではないわ!』

「何だよ、メアはー。今回はちゃんとやったでしょ。一度はすれ違った恋人が、互いへの好意を知り、本当の意味で結ばれた! まさしく恋だよ!」

『いや、元はといえば、お嬢のせいなんだが』

 正しくは、淫魔の特性であるが。

 淫魔は、男相手ならサキュバスとして、女相手ならインキュバスとして、それぞれの夢に現れる。そして、淫魔の魅了は理性を狂わす。夢である事を自覚しているせいか、人はそれに抗わず――快楽に屈する。

 それが、淫魔の特性。淫魔の誘惑に、人は抗えない。

 そして、淫魔と夢の中で逢瀬した人間の中には、淫魔の種のようなものが宿り、少しの間だけ現実にも影響を与える。効果は人それぞれだが、大体が半日程度。それは媚薬のような効果を持ち、淫魔の種を体内に宿したままの人間は理性が危うく、性欲に溺れやすくなる。

『特に今回の相手は、異性など知らずに育ったガキだ。快楽も性欲もろくに知らん小僧が淫魔の種を宿したまま、淫夢の相手に出会えば、どうなるかくらい分かるだろう』

「うん、つまり、淫夢のお蔭で抑制がきかず、意中の相手と淫夢の続きが出来るわけだね。流石、僕!」

『この淫魔がああああああ!』

 本日二度目の蹄チョップがリリンの頭に直撃した。

「痛い! ちょっと、ご主人様は労ってよね……って、まさか、メアちゃん。そういうプレイがお望みで……」

『違うわ!』

 今度はロケットのような頭突きがリリンの腹部に直撃した。

「う、産まれそ……」

『だから、やめんか!』



「でも、少しだけ妙なんだよね」

 ユニコーンのヌイグルミに模したメアを両手で抱えながら、リリンは街路を歩く。

 傍から見れば、ヌイグルミを抱えた女の子にしか見えないが――リリンは堕天使であり、追放悪魔であり、本来なら帰る場所がない。

 ゆえに、リリンは目的地もなく、こうやって彷徨い歩く。

『妙とは?』

「今日のお姉さんだよ。あの人みたく、淫夢をきっかけに、異性として認識すらしていなかった相手を意識するようになる場合はあるよ」

 むしろ、それを狙ってリリンは淫魔でありながらキューピッドのような行動を起こしている。といっても、成功例はごく稀であり、「一時の気の迷い」や「一晩の過ち」だけで特に進展しないのが大半だ。

 しかし、今日はいつもと違った。

「あの、お姉さん。どうして、彼と結ばれたんだろう」

『どうして、って、そこはお嬢が珍しくキューピッドらしく行動したからだろう』

「んー、まあ、一応、心に直接語りかけて、お姉さんの背中を押しはしたけど……でも、何か引っかかるんだよね」

『よく分からんが、結果オーライだろ。今回は、お嬢にしては珍しく成功したんだ。あ、そうだ、忘れる所だった』

 と、メアは背中のリュックサックからiPadを取り出す。

 そして、リリンに運ばれながら、器用に画面に蹄でタッチしながら操作した。

『今回の成績は……』

「そんなのあったの?」

『あるわ! お前、一応、天界から”人間界でキューピッドとして活躍したら、天界に戻す”って言われているだろ!』

「あー、そういえば、そんな設定あったな」

『設定とか言うなや!』

 と、メアはリリンに突っ込んだ後、画面の中を覗き込む。

『前にも説明したが、これは天界から支給された、特別な情報機器なんだからな。今までのお嬢のキューピッドとしての成績がリアルタイムで反映されて……あれ!?』

 突然メアが大声を上げた。

 幸い周囲に人がおらず、無用な注目を集める事は避けられたが――

「ちょっと、メアちゃん。人前ではちゃんとヌイグルミのふりしてよ。僕が変な子だって思われちゃう」

『んな事より、ないんだよ!』

「ないって、何? 僕、淫魔だからサキュバスにもインキュバスにもなれるから、あるしないよ」

『そういう事言ってんじゃねえ! 今回のお嬢の成績がないんだよ!』

「……え?」

 リリンも覗き込むが、確かに今回の一件のポイントが加算されていない。

 もし、ここに天界が認める程のポイントを集められれば天界に戻れるのだが――


「当然でしょう。あの二人の恋を成就させたのは、貴女ではないのだから」


 鈴の音のような美しい声と共に、頭上から白い羽が落ちてきた。

「この羽……」

 見覚えのある羽を手に持ちながら、リリンは振り返る。


「お久しぶりね、淫魔リリン」


 金色の髪に、水色の瞳。そして、純白の大きな羽を羽ばたかせながら、彼女はリリンの前に舞い降りた。


「正真正銘の恋のキューピッド、アモールちゃんだよ」

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