⑥淫夢リターン~事務員のお姉さん再び

三、淫夢リターン


     *

 ――多分、私は、恋に恋していたんだ。


 映画や漫画みたいなラブコメに、憧れていた。

 だけど、所詮は作り物。人の頭の中の世界。

 夢じゃあるまいし、現実がそんなに優しいわけがない。


「……はぁ」


 私は、鏡の前で自分の裸体を見て、大きくため息を吐いた。

 両の二の腕は、強く握られたせいで、赤い痕が残っている。

 改めて自分の身体をまじまじと見つめるが、お世辞にも綺麗とは言えない。少し痩せすぎな方で肉が少ない。同年代の子と比べると胸だって――。


 ――『お姉ちゃん、綺麗だ』


 ちょうど二週間前。

 そう言って、私は幼馴染の年下の男の子に抱かれた。

 前日に夢の中で彼と結ばれる夢を見ていたせいもあり、興奮が高まり行為に及んだ。ただ今更だが、あの時、私はもっと彼の事を気遣うべきだった。

 私は社会人で、彼は高校生。彼の将来の事を考えれば、あそこで彼を納得出来たら、こんな事にならなかったのかも知れない。

 未成年の彼の事を思えば、私が大人な対応をすべきだった。

 ――というか、普通に未成年に手を出したら犯罪でしょ。


 ――『夢の続きをしようか』


 そう言って、私は彼に組み敷かれた。

 あの夢と同じで獣のように執拗に私を求め、欲の限りを吐き出した。

 ああ、どんなに幼く見えても君も男の子だったんだね。

 そんな言葉だけで片付けられない程に。彼は貪るように何度も――。

口づけ一つ、まるで食べられているみたいだった。

 私の事などお構いなしに、彼は何度も自分の欲をぶつけてきた。夢の中の彼は、確かに強引だったけど、ちゃんと私を気遣う余裕はあった。

 だけど、現実の彼はそんな余裕もなく、知識をつけたばかりの子どものように、気持ちのままに動いた。

 途中で疲れ果てて、私は深い眠りについてしまい、次に目を覚ました時は――ソファでもつれあうように眠っていた私と彼と、それを発見した彼のご両親の真っ青な顔。

 あんな格好じゃ、説明しようにも、言い訳にしか聞こえない。

 結局、強引に脱がされたような痕や押さえつけたような痕があった事から、私は彼に襲われたという事になっていた。彼のご両親は、私が彼を誘ったと思っているようだが。

 ――まあ、間違ってはいないけど。

 あの時、途中で彼の強引さが怖くなった。だけど、最初はそうなる事を望んでいた自分もいる。あんな夢を見たせいもあるけど、私だって、相手が彼で嫌だと感じたわけではなかった。


 ――何で、こうなったんだろう。


 私の両親が通報し、彼はレイプ犯になった。未成年だから匿名という事でクラスメイトとかにはばれていないようだが、真面目な彼が何度も学校を休めば、勘のいい子は気づくだろうし、学校も退学処分となった。

 ――私が、しっかりしていなかったばかりに……。

 私もネットの掲示板とかでバッシングを受け、仕事を辞めざるを得なくなった。最近はすぐに特定されてしまうから。実際、被害者の私の名前はばっちり出ていたから。


 『高校生キモすぎ』『いや、ババアもおかしくない? 一応付き合っていたらしいし』『未成年誘惑した痴女、騒いで男だけ犯罪者扱い。フェミ集団、圧勝』『どっちもキモい』


 ネットニュースのコメント欄は、そんな言葉で埋め尽くされていた。

 ――彼は、どうしているだろう。

 繊細で臆病な彼の事だ。あんな暴言という暴言を叩きつけられたら、ふさぎ込んでしまう。事実、注意深く見ているが、彼が外出した形跡はない。

 あの締まりきったカーテンの奥で、閉じこもっているのだろうか。


 ――『夢の続きをしようか』


 そう言って、何かに取り憑かれたように行為に及んだ後、彼はショックを受けた、或いは残念そうにこう言った。


 ――『思ったのと、違った』


 ――あれは、どういう意味だったんだろう?


      *


 それから数日、私は新しい職場を見つけ、働き始めた。自宅から通うには、少しだけ遠いが、心機一転するにはちょうど良いかも知れない。

 ――まだ、出てこないんだ。

 彼の家を通る度に二階にある彼の部屋を仰ぎ見るが、締め切ったカーテンが開く気配はない。



 うちに帰ると、私は部屋に鍵をかけると、全身鏡の前に立つ。

 そして、ワンピースのファスナーを下ろす。縛るものがなくなったワンピースはぱさり、と床に落ちた。

 続けて、身につけていた下着や肌着、全てを取り払う。

 彼が身体につけた跡はだいぶ薄くなり、今にも消えそうだ。

 ――思ったのと違ったって事は、私は彼を満足出来なかったって事かな。

 鏡に写る自分は、やはり人並みで、とびきり美人というわけではない。肉付きが悪いせいで、骨と皮しかない。

 ――それでも、確かに、彼は私を見て、言ってくれた。

 綺麗だ、と。

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