②太陽と日陰~おまじないから始まる恋

      2、おまじないから始まる恋①


1, 身体を洗い清める(入浴後)。

2, スマートフォンなどで「縁結び 夢」と打つ

3, 打った直後は目を開けてはいけない。結ばれたい相手の顔を思い浮かべながら必死に祈る。

4, もし叶えば「リリンの部屋」の扉が開く。

5, 短冊の画面に、自分の名前と相手の名前を打ち込む。

6, 画面をそのままにして枕元に置いて眠る

7, 恋の神様に願いが通じたら、明日から意中の相手があなたを見る目が変わるでしょう

      *


 ――その人は、私にとって神様のような人だった。


 地味で目立たなくて、そのせいか小さい頃からよくからかわれた。

 少しでも、そんな自分を変えたくて、演劇を初めてみたけど、声が小さくて存在感のない私は、やっぱりダメで――。

 役を与えられる事はなかったけど、裏方で活躍していた。やっぱり地味な私には、こういう仕事の方が向いている。だから、別に不満があるわけじゃない。

 ただ、あの人に近付きたかった。

 ――だけど、裏方スタッフの私じゃ、無理だよね。

 あの人は、みんなの憧れだから。

 いつも主役は彼だった。主役じゃなくても、目立つ役や華のある役はいつも彼。それ程、彼には存在感があった。

 背が高く、バランスのいい体つき。艶のある低音ボイス。

 物腰柔らかく、誰に対しても優しい彼は、誰からも好かれていた。

 いつも彼の周りには人が集まっていて――それが羨ましくて、陰ながら見ていた。

 そして私は、当たり前のように恋に落ちた。

 まともに話した事もないのに、叶わぬ夢を見てしまった。


「ねえ、地味子のやつ、またてる君見てたんだけど」

「何それ? うっざ」


 荷物を持って楽屋に入ろうとする寸前、舞台女優の二人が話している声が聞こえ、思わず立ち止まる。

「大体さー、輝君が、お前みたいなキモオタ相手にするわけねえだろって感じ」

「ほんと、ほんと。身の程知らずも大概にしろよな。まあ、舞台にも立てない豚には、一生かかっても隣は歩けないだろうけど」

「いいなー、より子は。今回、輝君が相手でしょ?」

「そうなの! もう今からドキドキ。人魚姫で輝君が王子とか、あー、マジ死ぬわ」

「ガチやん。泡になるから」

「確かに-」


 ――大丈夫。

 私は、慣れている。昔からずっとそうだった。陰口を叩かれるのなんて日常。大丈夫、私は、頑張れる。

 ――すぐにどっか行く筈。だから、ここで彼女達が行くのを待っていれば……。

「あれ? どうしたの?」

 後ろから声をかけられて、驚いて振り返ると、神様がいた。

「もしかして、それ楽屋に運ぶ荷物?」

「え、あ……」

 いきなり神様に話しかけられた、私は動揺して言葉すら出なかった。

「あ、ごめんね。いきなり馴れ馴れしかったかな?」

 そんな事ない!

 と言いたいけど、言葉にならない。

「ねえ、君達。まだ楽屋使う?」

「て、輝君! ううん! 全然!」

 先程と打って変わり、悪女の仮面を外したお姫様が、嬉しそうに答えた。

「荷物入れちゃたいんだけど、ダメかな?」

「ううん! 全然大丈夫! 入って、入っ……あっ」

 彼の後ろにいる私の姿を見て、彼女は明らかに気落ちした様子で私を見た。

「ほら、入っていいって」

「……」

 私が軽く頭を下げて中に入ると、すれ違い様に彼女が言った。

「うっざ。きもい。死んで」

「……っ」

 大丈夫。私は、大丈夫。慣れているから。

 傷つける事に、慣れているから。

「あー、輝君。この後、時間ある? ちょっと打ち合わせっていうか、読み合わせ、付き合ってくれない? 私、輝君とのシーン、ちょっと自信ない所あって」

 輝君とのシーン、をわざとらしく強調して言った。その時、彼女はあからさまな態度で私を横目で見て、嘲笑の笑みを浮かべた。

「あー、じゃあ、私、台本チェックするよ。だから、行こう? 輝君」

「あ、うん……」

 曖昧な笑みを浮かべる彼に、相手役の女優さんがはしゃぎながら、肩に腕を回した。

 身長差のせいで、私の神様の位置からわざとらしく強調された胸の谷間が見えた。

 彼女はそれを勝ち誇った様子で横目で私を見るけど、貴女は何も分かっていない。神様は、神聖な存在。その程度で動揺する事もなければ、意識もしない。

「分かった、じゃあ、付き合うよ」 

 ほーら。

 彼は一度だけ彼女を胸の谷間を見たが、偶然目に入った程度で、すぐに彼女の目を見て喋った。

「う、うん」

 彼女は目論見が外れて少し残念そうになりながらも、神様に触れたまま先を行こうとする。

 が、完全に部屋を出る直前、神様は私を振り返った。

 穢れない瞳が、卑しい私を捉える。

「じゃあね。いつも、ありがとう」

 それだけ言うと、彼らは完全に去って行った。


       *


 それから一週間後。私は、劇団を辞めた。

 理由は、仕事にならなくなったからだ。

 ことあるごとに、あの二人が嫌がらせをしてくるようになった。

 最初は、荷物がなくなった。後日、ゴミ箱から発見された。よくある事。

 劇団内では、私の悪口が絶え間なく流れた。私と会話する者がいなくなった。よくある事。

 「ちゃんと仕事して」とあの二人に人前で怒鳴られるようになった。だけど、業務連絡から省かれている今、仕事しようにも私の元に情報がこない。よくある事。

 目の前で、「あの子、仕事全然してくれなくてー、マジ邪魔」と毎日のように団長に告げ口された。団長と女優の子は出来ているらしい。よくある事

 物がなくなった。仕事がなくなった。あれがない。これがない。

 そして――私の居場所はなくなった。


 ――これから、どうしようか。


 劇団を完全に辞めた私は、やる事がなくなり、一人部屋に閉じこもっていた。

 その時、何気なく見ていた掲示板に書かれたおまじないの噂が目に留まった。

 ――絶対叶う、恋のおまじない、か。

 私の想いは、多分恋ではない。

 だって、相手は神様だ。卑しい家畜風情が触れ合っていい存在ではない。

 別に、私も彼と付き合いたいとか思っていたわけじゃない。ただ、明るくて優しい世界で生きている彼は、私にとって希望のようで――ただ眺めているだけで、胸がぽかぽか温かくなって、ただそれだけで良かった。

 ――まあ、もうそれすら叶わないが。

 時刻は深夜2時。

 おまじないをやりに相応しい時刻ではある。

 ――気晴らしにやってみようかな。お金かかるわけじゃないし。

 方法も、ただスマートフォンがあれば出来る簡単なものだ。

 道具という道具も必要なく、私でもすぐに出来る。

「よし……」

 私は手順通り、入浴して身体を洗い清めた後、部屋の電気を消してすぐに就寝出来るようにした。

 電気の消えた部屋の中、スマートフォンの画面だけが薄暗い光を放つ。

 私は検索ページに「縁結び 夢」と打ち込んだ。

 最初は膨大なおまじないページやまとめサイトが浮かび上がったが――やがて電気が消えたようにスマートフォンの画面が消えた。

「あれ?」

 充電でも切れたのかな、と思った直後――スマートフォンの暗い画面の中心部に白い光の円が浮かんだ。

 無意識に、私は白い円を囲むように指でハートのマークをなぞった。


「……――!」


 刹那――眩い光が私を包み込んだ。


『願いを……』


 ふいに、脳裏に声が響いた。耳を通じて聴いたものではない。まるで脳内に直接言葉を叩き付けられるような、音声のないメッセージ。

 スマートフォンの画面には、「リリンの部屋」と書かれたブログサイトみたいのが現れた。

 やがて画面に、二枚の短冊の画像が出現した。

 ――たしか、噂だと、ここに名前を打ち込むんだよね。

「……っ」

 本音を言うと、少しだけ気味が悪くて怖い。しかし――


 『あなたの名前:黒磯千影くろいそちかげ

 『お相手の名前:白崎輝生しろさきてるお


 勢いのまま、名前を打ち込んだ。

 特に何も起きる気配はない。

 ――やっぱり、噂は噂か。

「あれ?」

 何だか、唐突に睡魔が押し寄せてきた。

 抗う事が出来ず、意識がぼんやりとしてくる。

 ――もう夜も遅いし、寝よう。

 私はスマートフォンを枕元に置くと、そのまま眠りについた。

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