①淫魔が始める恋

       1、淫魔で始まる恋


       *

『ねえ、あのアプリ知ってる?』『あー、あの恋愛アプリ! アクセス出来れば成就確実ってやつ!』『アクセスって、地獄少女かよ』『でも、実際、先輩がそれでずっと片思いしていた人と結ばれたんだって』『えー、私が聞いたのは、たしかどんな恋も確実に叶うけど、その先は一切保証しないって』『どういう意味?』『なんか、付き合う事は出来るけど、効力が短いのか、別れるのも、すっごい早いんだって』『えー、意味ないじゃん』『しかもさ、みーんな、別れ際に同じ言葉を言うらしいよ』


『”夢”と違った、って』


『何ソレ、うけるー』『どこがだよ』『オカルトぽーい』『ていうか、そのアプリ、何て言ったっけか?』『たしか……』


『リリンの部屋?』

      *


 結町むすびまち・ネットカフェ「エブリナイト」。 


 時刻は、午前3時。

 都心から離れた田舎町では、既にほとんどの店のシャッターは閉まっており、唯一開いているのは24時間経営のコンビニくらいだ。

 その内の一つのネットカフェの一室で、『彼女』はパソコン画面を見て、笑みを深める。

「ふふふ、幼馴染みのお姉さんに恋するなんて、少年の初恋は甘酸っぺえなあ」

 彼女の眼鏡のレンズに反射する画面には、ウェブページが記載されていた。

 『リリンの部屋~恋の相談請け負い』

 いかにも怪しそうなウェブページであり、一見よくある占い師の相談コーナーにも見えるが――これは、そんな中途半端な代物ではない。

 何故なら――

「占い? 相談? そんな無責任な事は一切しません。なんたって、僕は恋のキューピッドなんだから。依頼人の恋は、ちゃーんと成就させて……」

『どこがだ!』

 リリンの顔面に、白い塊が直撃した。

「ちょっと、メアちゃん! 何するの!」

『それはこちらの台詞じゃ!』

 そう独特な古風な口調で叫ぶのは、白馬のヌイグルミ――ではなく、使い魔のメア。

 白馬に黒い羽。額には水玉模様の角。

 一見ユニコーンに見えなくもないが、どちらかという彼は正反対の存在――使い魔と呼ばれる使役される弱い悪魔だ。

『お嬢、またやらかしたな!』

 ヒヒーン、と鼻息荒く彼は言う。

『これを見よ!』

 そう言ってメアはタブレットを差し出し、器用に角をタッチペン代わりにして画面をスクロールする。

「えっと、ネットニュース?」

 メアが角で示す記事の見出しにはこう書かれていた。

 「男子大学生、近所の事務員にわいせつ行為。交際の話も」

「あらー、朝っぱらから元気ね。だけど、僕、そういうの大事だと思う」

『角アタック!』

 メアの角がリリンの頬を抉るように刺さった。

「地味に痛い! もう何するの!」

『お嬢、お前さん、自分が何のためにこんな所にいるのか分かっているのか?』

「何って……そりゃあ勿論、人間の恋を陰ながら応援する恋のキューピッドとしてだよ!」


 淫魔リリン――。

 かつて、天界に天使として在籍していたが――その性質ゆえに人間にいらぬちょっかいをかけまくったため、堕天し――、さらに落ちた先に地獄でも「うちも困るわ」と追い返されてしまった、とても可哀想な悪魔である。

 現在、天界と地獄では、互いにリリンを押し付け合っており――


「何この説明、不愉快なんだけど」

『いや、事実やし』

「でもでもー、だからこそ、僕は人間の恋を絶賛応援中なんじゃん」

『問題はそこじゃ!』

 再度、メアの角がリリンの頬に突き刺さる。結構痛い。

「何がさ? いつの時代も、どこの国でも、大人も子どもも、年がら年中、人間は恋をし……常に発情している!」

『言い方!』

「だから、その恋を手助けして、愛を育む! それが、今の僕。恋のキューピッド、リリンちゃんだよ」

『いや、育むどころか……別れているだろ!』

 メアがタブレット画面で、ここ最近に起きた事件を表示する。

 「男性教員逮捕、教え子と駆け落ち?」「高校生男女、別れ話で殴り合い」「女子高校生、小学生にみだらな行為」「会社員男性、連れ子の娘にわいせつ行為で逮捕」「会社員男性、不倫相手に女子大生に刺される。命に別状はなし」――。

 毎日一本ずつ、同様の事件が起きている。

 どれも閲覧数は常にトップであり、ネットニュースのコメント欄は好き勝手書かれ、荒れ放題である。

「うん、みんな、元気だね」

『だから、全部お嬢のせいじゃろ!』

「えー、僕何かした?」

『何かどころの問題ではない! 恋のキューピッドと称し、依頼人とその意中の相手の夢に出現しては……』

 そこでメアは言葉を切り、顔を紅くして俯いた。

 色が白いせいか、色がはっきりと分かり、リリンはあくどい笑みを浮かべた。

「あれあれー? どうしたの? メアちゃーん、お顔が赤いですよー」

『この淫魔がああああああああ!』



「でも、実際、一番効果的だと思うの」

『効果的って、夢がか?』

 場所は引き続き、ネットカフェの一室。

 リリンは膝の上にメアを乗せて、パソコン画面を閲覧する。

 どれも、これも、色んな恋の悩みや相談が書かれており、特に返答する事もなく、リリンはそれをただ眺める。

「人間にとって、夢ってさ、深層心理の現れなんだって。だから、夢の中の出来事は、そのままリアルに影響を及ばす。つまり……夢の中で淫らな事をすれば、嫌でもその人の事を意識するよね! って事」

『バカだ。バカがおる』

「もう、”淫ら”を舐めちゃいけないよ。実際、僕がインキュバスとして、或いはサキュバスとして、夢の中で相手をした子は、確実に、その対象を性の対象として意識する。つまり、恋だよ」

『何が恋だ。淫魔であるお嬢がサキュバスとして種を受け取り、インキュバスとして種を植え付けた。その”効力”が体内に残っていただけだろう。だから、その熱が冷めるのも早い。見よ、このグラフを』

 メアが器用にタブレットを操作し、棒グラフを見せる。

『これが、お嬢が成就させた恋、そして、こっちがその後に別れた者達だ』

「わー、見事に比例しているね」

 まるで他人事のようにリリンはケラケラと笑った。

「でも、大丈夫だよ。僕が叶えるのは、相手との繋がり。もし、それが本当の愛なら、未来永劫離れる事はないよ」

『無茶な事を言う。天使と悪魔、天国と地獄。その両方を体験しているお嬢なら知っているだろう。それは、恋ではない。ただの、欲だ』

「そうかも知れないね。だけど、そうじゃないかも知れない」

 リリンがそう答えた直後。タイミングを見計らったように、パソコン画面に大きな扉の画像が現れた。

「どうやらアクセスに成功した子がいたみたいだね。それじゃあ、いってくるよ」

 リリンがパソコン画面に触れると、扉の画像は映像が乱れ――空間が捻れた。

 ブラックホールのように、リリンの指先から徐々に吸い込み――やがて消滅した。

 ネットカフェの一室には、タブレットを抱えたメアだけが残った。

『まったく、そういう所は悪魔じゃな。だが、ある意味では天使らしい。どちらにしても、試練をクリア出来ぬ者に、淫魔の恩恵は受けれぬか』

 時にサキュバスとして、時にインキュバスとして――対象を快楽の果てへ誘う。

 時に天使として、時に悪魔として――対象をそそのかし、そして試練を与える。


 これは、恋の物語。

 淫魔が人の恋路を引っかき回す、恋の成就の物語――

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