第1話 ターニングポイントって感じ

 春の陽気が徐々に追いやられて、太陽が一層憎たらしく感じる初夏の朝靄が残る時間帯。

 その靄を吹き飛ばす様に、1台の原付バイクが普通のバイクよりも少し大きい音を出しながら走っている。


 あちこち弄っているのだろうそのバイクに、眠そうにアクビをする男が乗っていた。

 年の頃は30代位だろうか。

 大き目のリュックサックを背負う姿を見れば、1人ツーリングの最中かと思われるが、そのリュックは男の背中とバイクの後ろに付いたボックスに挟まれて、可哀想なぐらい凹んでいる。


 住宅街……と言うよりも、どちらかと言えば田舎道を走っている。

 漸く目的地に着いたのだろう、スピードを落として停車した場所は、古びたビルの駐車場だった。


「ここで合ってるよな?マップには何にも表示されて無いけど」


 言いながらスマホを覗き込む男は、首を傾げながらもビルに入って行く。

 周囲を見回して見ても、人通りは無く、極稀に車が通る位だ。

 駐車場にも男のバイク以外に止まっている車は無い。


 見方を変えれば廃墟にも見えるそのビルに来たのには理由があった。

 簡単に言ってしまえば、肝試し。

 休みの日にネットサーフィンをしていた時に見つけた記事に、異世界への行き方なんてものを見つけ、やり方も簡単だった為、やってみようと思い、今に至る。


 世の中は異世界転生ブームで、定番なのがトラックに轢かれて転生すると言う物だが、男は自殺する気など全く無かった。

 ……まぁ、一部では自殺者が増えたとニュースにもなってたから、それを実践した者も居たのだろう。


 ただ、男がここに来たのも、そのブームに乗っかる形だ。

 自分でトラックに突っ込む程の勇気……いや、無謀さか。それを持ち合わせていない為、比較的安全に異世界へ行く方法を試しに来たのだ。


(あー……っと。手順1が……ホイホイっとー)


 手元のスマホを操作しながら、そこに書かれている事を実践して行く。

 男が今からやろうとしているのは、エレベーターを使った異世界への行き方と云うやつだ。


(次が……へー。ここで誰か乗ってくるのか。こんな廃墟同然のビルに誰か来るか?まぁ、ここに住んでる人とかビルの管理者なら来るだろうけど)


 ガゴンと言う音と共に、ドアが開き一人の女性が乗ってきた。

 一瞬ビクッとする男だが、平静を装い隅でスマホを弄るフリをして女性を観察する。

 かなりラフな格好だが、控え目に言っても美人だ。


 その女性が一階のボタンを押すが、肝心のエレベーターは上へと登っていく。

 その事を不思議に思って無いのか、女性は落ち着いたものだ。

 だが、男の方はそうじゃ無かった。


(コレ……マジで?正規ルート?いやいや、まだ先が異世界だと決まった訳じゃないし……)


 この状態が、男からしたら都市伝説が現実になりかけている状態だった。

 そんな状態で冷静でいろと言う方が無理があるだろう。

 どうしようかと悩んでいる間に、事態は次の段階へと進んでいく。


 ガコンと、もはや聞き慣れつつある音と共にドアが開いた。

 果たしてその先は。

 出て行く女性を目で追いながら外を確認した男は、フラフラとエレベーターから出た。

 目の前には先程迄と何ら変わらない、廃れたビルの入り口があった。


(何も……変わってない?)


 その顔は安堵した様な、異世界じゃなかった事を少し悔いる様な表情をしていた。

 次いで、周囲を確かめようと辺りを見回すと、先程の女性がコチラを見ているのに気付いた。


 その雰囲気は警戒する、と言うよりも、どちらかと言えば友好的な感じがした。

 声を掛けようか迷っている男をよそに、女性が先に動いた。


「こんにちは。目的の所には行けた?」


 優しく微笑みながら話しかけられ、男は咄嗟に返事をしようとしたが、訝しむ様な表情に変わっていった。

 暫く無言で女性を観察しながら色々考えていたが、溜息を1つ吐き出すと、意を決した様な……いや、色々放り投げた顔をして女性に返事をした。


「こんにちはー。目的の所って何処ですか?」


 女性は返事が来たのを嬉しく思ったのか、男に近付きながら答えた。


「異世界よ。鋼詩くん」

「あー、すいません、何処かで会ったこと有りますか?」


 既に色々放り投げて、開き直っている男は特に怪しむ事はせず、もしかしたら知り合いかも?と言う、気軽な感じで話を進める。


「こうやって会うのは初めてね。私は藤山 林ふじやま りん。よろしくね」


 言われた男は、自身の記憶を引っ掻き回し、その引き出しの殆どを漁った後に。


「……俺は鈴鳴 鋼詩すずなり こうしです。よろしく」


 男、鋼詩の記憶には彼女の記憶は無かったようだ。

 となれば、お互いに初対面。

 では何故彼女、林は鋼詩の事を知っていたのか。その辺は考えるのを辞めている鋼詩が取る行動は、1つだった。


「えーっと。取り敢えず、何者?」


 こうして、鋼詩と管理者の邂逅から物語は動き出す。






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