第185話 2020/04/21/火 震えながらこれを記す

 昨日、悪夢のような恐ろしい出来事があった。

 いや、恐ろしいのは正気を失った私自身なのだが。

 PCにむかっていたら、料理中の母が祖母に言ったのだ。



「あら、猫が私のハンバーグを食べちゃった(意訳)」



 な……! 猫がハンバーグを食べた!? 一大事なので、PCを置いてテーブルに駆け付け、母の示す皿を確認しつつ、絶叫する私。



「シャオちゃんが、ハンバーグを食べたって!?」


「そうなのよ。お母さんのなのに。お母さんのお皿からハンバーグを……」



 お母さんのなのに、お母さんのを……ええい! わかってないぞ、母!



「そんなことは問題じゃない! シャオちゃんが玉ねぎ食べちゃったかもしれないんだよぉ!」


「え、でもかじった程度だし」


「猫が玉ねぎたべたら、死んじゃうんだよお!」



 私、もう悲鳴のように繰り返した。



「動物病院に電話する」


「大丈夫よ、食べてないって」



 母が言うがそれでも私は信じられずに、廊下でお座りしていたスコちゃんの後ろ脚を震える心で持ち上げ、逆さにしたし、祈りこめて振った。



(お願い! ぺってしてー!)



 だめだった。

 スコちゃんは、慌てもせずに解き放たれて床にすたんと着地した。

 こうなったら、スコちゃんの最期を見守るしかないのか……!?


 母は相変わらずのんびりしている。

 ほら、と言って差し出されたハンバーグの欠片を指でつぶし、玉ねぎを探した。

 しかし、玉ねぎは加熱すると透明になる。



「これじゃ、わからないじゃない! やっぱり病院に……!」


「あ、待って。お惣菜のパッケージに原材料名が書いてある」


「玉ねぎ入ってない?」


「ないわよ」



 信じられないので自分の目で見た。



「ダメだよ。ソテーオニオンが入ってる、炒めた玉ねぎが!」



 わたしは部屋に引っ込んだスコちゃんの後ろ姿を見送って、自分もそばで見守るべきか考えた。

 選択肢は二つ。

 このままはらはらしながら様子見するか、獣医師に相談すべきか。


 私は結論を急いだ。

 母が電話帳をのんびり捜してる間に、104で動物病院の電話番号を聴き、震える手で何度か失敗しながらも、受話器を握りしめて電話した。

 母が104は30円かかるのよ、と文句を言うがことは一刻を争う。


 主に私の正気がいつまでもつのか、わからない。電話したら、獣医師が聞き返してきた。



「どれくらい食べたんですか」


「かじった程度だということです」


「それなら問題ないです」



 え、そうなの? 食べても致死量に至らなかったら平気なの?



「玉ねぎ中毒を起こすのは4分の1食べた時です」



 ん? たまねぎを4分の1なのか、ハンバーグを4分の1なのか、聞き返すのをわすれたな。



 とにかく、スコちゃんは死なない。

 よかった、よかった……!

 しばらくボーゼンとし、無為に時間を過ごし、はっと気がついて、あたまが真っ白なまま、母に謝罪した。

 取り乱して、怒鳴ってごめんなさいと。


 スコちゃんにしても、部屋のトンネルボックスの中に丸まっていて、リラックスをしたいと後ろ姿が言っていた。

 手を伸ばして、ごめんねごめんねと謝ったら、出てきてくれた。


 こわかったよね、びっくりしたよね。

 かわいそうなことをした!

 そんな自分にびっくりし、脱力してベッドに倒れ伏した。


 スコちゃんはまたもやボックスの中に閉じこもってしまった。

 私も殻に閉じこもって、自分の言動を反芻する。

 随分と時間が経った頃、母が部屋の戸を叩いた。


 断る理由はない。

 母が洗濯物を置いていって、スコちゃんの様子を見ていった。

 気づいたらスコちゃんはピンクのベッドに身をのべていた。

 

 もう、もうね、本当に怖かったよ。


 スコちゃん、死なないで。

 その日は、ウェットフードを12袋入りのものを12種、13箱、張り切って買ってきたばかりだったから、どうしてつまみ食いしたのかもわからなかった。


 その日は、そのまま寝てしまった。

 明日、スコちゃんにバランスのいい食事を与えねばならない。

 そう思って……。






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