第23話 温かい飲み物
冬を前にして、タキらは西への探掘遠征を敢行した。トレーラー二台に
夜間の移動は視界の悪さや野の獣といった危険があるのだが、かといって日中に移動すればトレーラーの充電ができない。今の季節は日照時間が少ないから、晴天であっても充電量はぎりぎりだった。ガソリンエンジンの時代ならもっと大変だったはずだ、とタキはヘッドライトの光芒を見つめてストレスを逃がす。
探掘するだけならばどれほど遠出しても構わないのだが、掘り出した物品を持ち帰らねばならないから車両が必要になり、車両を動かすならば動力と運転手を用意して、運転手の食糧と水と……と次第に制約が大きくなる。
助手席のナオはイヤーマフをつけ、毛布にくるまって前方を見つめていた。もともと体が弱いから昼夜逆転生活で体調を崩しがちで、それを負い目に感じているのは誰もが知っている。大丈夫だよと声をかけることが余計に負担になるのもわかるから、黙って見守るしかない。そんなに自分を責めなくとも、と思うが、もし立場が逆だったら同じように感じるだろうから、やはり何も言えなかった。
目的地は西に約四百五十キロ、山間部の地方都市である。貴重なトレーラーを二台も稼働させて、手ぶらでは帰れない。道路事情が不明瞭なので、遠出はリスクが高いのだが、ミズハは自信たっぷりに「行ける」と断言した。
トレーラー付属のナビゲーションシステムに従って西進する。高速道路は崩壊部分が多く、国道を辿ることとなった。一時間半ごとに十分の休憩、ナオを除く三人で二台を運転し続ける。ハンドルを握り、ただひたすらに前方の暗闇とヘッドライトのコントラストを見つめる、厳しい時間が続く。
「行けると思った根拠を聞いてもいいか」
ようやく、ミズハが運転席、タキが助手席という配置になり、気がかりを口に出せた。質問しただけで胸のつかえが取れ、この遠征がどれだけ不安だったのか思い知らされた。
「ちょっと前に、麗威と話す機会があってね。ここまで行けるかって地図を見せたら、道路は無事だって」
「どうしてそんなことが麗威にわかるんだ。それに、よく教えてもらえたな」
「色々あったんだけど……麗威は人類の揺り籠で、人間には死んでほしくないんだって。だから、協力を申し込んだわけ。今でもデータを参照できる観測衛星がいくつかあるらしくて、あ、誰にも秘密だからね」
乾燥した唇がにやりと弧を描いた。どうやら、うまくやったらしい。
衛星データを参照できる、それは今の世においては神の眼を持つに等しい。麗威の権限はいったいどうなっているのだ、と改めて彼女を恐ろしく思った。
旧文明の崩壊はあらゆる情報を分断した。通信が不安定になり、交通機関が麻痺し、人工知性や自動機械が動きを止めた。日常生活はもちろん、政治の基盤が失われて多くの人間が命を落とした。それから五十年、状態は膠着したままであるから、知識と情報を持つ麗威はあまりに貴重だった。
「揺り籠、ってのはおれも聞いたよ。ますます、麗威の存在を他の区に知られるわけにはいかなくなったな」
「よそも同じようなのを持ってるかもね。帰ったらそれを確かめなきゃ」
「ああ……そうか、そうだな」
区長もミズハも、三区を抜きんでて豊かにしたいとは考えていないようだった。むしろ、他の区を圧倒すると嫉妬や反感を招きかねないとして、水と農作物といった優位性を確保しつつも、他区から依頼があれば分配し、互いがより富むよう頭を使っていた。それが正しい選択であったと、今の三区の豊かさが証明している。
麗威との協力体制がどう展開するかはともかく、彼女の持つ情報は間違いなく人類を豊かにするだろうし、旧文明に近づく第一歩となるだろう。
「なあ、ミズハ」
「ん?」
「麗威と協力するなら、三区のあり方も変わるだろ。どう変えてくつもりだ」
んー、と曖昧な声を漏らし、彼女はサイドミラーにちらりと視線を遣った。後ろを走るもう一台のトレーラーに。
「あの子たちに気兼ねなくあったかいもの飲ませてあげられるような、かな」
「……なんも変わってなくないか、それ」
言いはしたものの、それでいいと思う。叶うならば修理工の仕事がもっと忙しくなればいい。探掘に出る暇がなくなるほど、手が回らなくなるほど物資が増えればいい。
ミズハならきっと、と心強く思う。
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