第5話 トパーズ

『じゃ、探掘開始します』

 ノイズまみれの無線機が告げた。

 前方三十メートル、中央部分から折れて斜めに倒れた集合住宅に侵入し、必要な品々を運び出すイナサとタキが戻るまでの間、周囲を警戒し、隣でぐったりしているナオを介抱するのはミズハの役目だ。ここまで感覚のアンテナを全開にして先頭を務めてくれた彼は、疲労で青ざめている。いつもながら痛ましい。

 倒壊、崩落の恐れのある建物に入るのは多機能外骨格スカルギアを操るイナサのみで、サポート役のタキが侵入口まで随伴する。二人が戻るのを待つ時間はひどく長かった。

 廃墟と化した旧文明の市街を探索し、日用品などの物資を掘り出し修理し、再利用して人類は長らえている。簡単な道具ならばともかく、コンピュータ制御の精密機械類は使い方こそ理解できるが、新たに生産するのは不可能だった。歯がゆさに身悶えする大人たちの背を見てミズハは長じた。

 第三居住区は比較的豊かだが、元が文明崩壊の被害が軽微な農村で、食糧の生産能力を有しており、加えて探掘家に手厚い保障を約束しているからだ。

 その保障目当てに、探掘家を志す子どもが増えているのは皮肉だった。ミズハの父、第三区長はそんな子どもらの熱意が空転し、目が行き届かなくなるのを恐れ、未成年の探掘を禁じた。医療技術や医薬品が豊富だった旧時代に比べ、生まれにくく育ちにくい環境にあって、子らは次世代を担う宝だ。

 三区では、ミズハのチームがいちばん若手だった。場数を踏んで着実に腕を上げていると褒められるが、経験も技量もベテランたちには遠く及ばない。探掘で入手した装備を使いこなし、居住区の暮らしに貢献し、後進の道を拓くのがせいぜいだ。

 それに、いくらイナサのギア操縦センスが飛び抜けていて、タキの知識がライブラリに匹敵し、歩くセンサーであるナオを連れていても、危険は常に傍らにある。崩落、負傷、病気や疲労。電気系統を弄ると、警備ドローンが息を吹き返すこともある。

『門番出現。数は二、交戦する』

 落ち着いた声はタキのものだ。妹のイナサとは息の合ったペアだから、門番ドローンごときに後れは取るまい。

 門番、警備ドローンは複数で行動して、催涙ガスやスタンガンで侵入者を無力化するようプログラムされていた。非殺傷兵器だからと舐めてかかると痛い目を見る。

「了解、気をつけて」

『や、もう片付いた。さすがイナサ、天才だな』

「はいはい、そうね」

 多機能外骨格は旧文明の建設・宇宙開発の現場作業員用装備で、四肢及び頭部パーツ、バックパックユニットが規格化されており、状況に応じて様々に換装できる。頭部パーツのカメラやメインフレームの形状と、「外骨格スケルトン」との通称から「骸骨スカル」と呼ばれるようになったらしい。全高二メートル程度とコンパクトで、汎用性の高さから関連業界で重宝された。……と断片的な情報はあれど、肝心の製造ラインは見つかっていない。

「ミーさん、宝石って見たことあるか」

「ライブラリでなら。……なにが視える?」

 前触れなく声を発したナオの瞳孔はまるく開き、中空の一点を見つめていた。高感度のセンサーであるだけでなく、ここにないものを視る異能を有する彼は、その力でたびたびチームを助けてきた。少数の頭の固い老人を除き、彼の幻視は誰からも信頼されている。遠からず宝石に関わることになるだろう。

 二年前、探掘され尽くした廃墟で麗威を幻視し、掘り出した時のように。

「黄色……オレンジ? そんな色みで……指輪だ。石がでかい」

「トパーズかな。それをイナサが見つける?」

 たぶん、と頷いたナオは大きく息を吐いて、再び丸まってしまった。

 世の中、謎ばかりだ。旧文明の崩壊、宇宙船だったと語る人工知性、ナオの異能。感覚が鋭敏なだけならまだしも、幻視だなんて科学的に説明がつかない。だが彼は事実だけを視ている。

 不思議の解明など望めないが、麗威の語る物語のように、これが答えです、実はこうでした、と全てのタネが明かされる、鮮やかな解決を心のどこかで求めている。理解の及ぶ原因と結果が欲しかった。

「宝石かあ……物々交換のルートが見つかるといいんだけど」

 探掘にまつわるマネジメントは、チーム最年長のミズハの仕事だ。探掘した品は発見したチームと所属区に所有権があるが、区どうしでの物品のやりとりは盛んで、だからこそ、一区の工場で修理できそうな品なら、農産物と引き換えに修理を依頼したり、あるいはタキの判断でばらした機械部品を小出しにしたり、駆け引きが必要になってくる。

 珍しい品だから高い価値がつくのか、珍しいがゆえに価値が見出されないのか、その線を見極めるのも、見下されぬよう決然とした態度でいるのも、ミズハの役目である。得意なわけではないが、派手な顔だちと上背のおかげで威圧感があるらしかった。まあ、丸顔で童顔、天真爛漫なイナサに比べれば適任に違いない。

 もっとも、装飾品なら引き取り手は見つかるだろう。電気、食糧、医薬品、人手。欲しいものはいくらでもある。

 うまく商談が進めば、何か美味しいものが手に入るかもしれない。たまのご褒美だ。

 合成肉ハンバーグ、代替魚卵、粉乳入り紅茶。皆の好物を思い描き、ミズハは唇を歪める。

 ――そもそもその宝石とやらは、本物なんだろうか?

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