第3話 焼き芋

 静寂を破る足音に、ナオは膝を抱く腕に力を込めた。フードを目深に被りなおし、これ以上上げようのないファスナーの金具を弄ぶ。しかも、ああ、この音はイナサだ。ごみを燃して芋を焼くと言っていたから、その割り当て分を持ってきてくれたのだろう。

 芋は、特にほくほくしたやつは、口の中がもっさりするので好きではない。甘い紅茶があれば話は別だが。粉乳があればなおいい。

 いや待て、俺はイナサを……もとい、焼き芋を待っているのか? 答えを出せずにさらに背を丸める。鋭敏すぎる感覚は、探掘作業には役立つのだが日常生活にはまったく不向きだった。虚弱体質に至ってはお荷物なだけだ。

 日なたが眩しく、話し声がうるさい。人に触れるのも触れられるのも抵抗があり、慣れた食材しか味覚が受け付けない。ともすればわがままと眉をひそめられる感覚過敏のアンテナがいくらか鈍る相手こそが探掘チームのメンバーなのだが、イナサは許容範囲ぎりぎりまで距離を詰めてくるし、タキは機械油の臭いが鼻につく。ミズハはきらきらと眩しい。どれも我慢できないほどではないし、しばらくすれば慣れるのだが、一人でいる気楽さには比べようもなかった。

 探掘の仕事が嫌いなわけではないが、部屋に籠もっていれば誰にも迷惑をかけずに済む。もっとも、そんなことをすれば直ちに穀潰しと指差され、追い出されるだろうが。働かざる者食うべからず、単純なルールが重くのしかかる。

「ナオー!」

 聞き慣れた声とともに、扉が悲鳴をあげた。あの音と振動はノックなどという生易しいものではない。蹴っているのだ。扉を壊されてはたまらないので、ナオはしぶしぶイナサを招き入れた。荒事と機械操作に長けた、チーム随一の武闘派である幼なじみを。

 目の高さにつむじがある。紅潮した頬にかかる髪はゆるく波打っていて、昔は毛先を指に絡めて遊んだな、とふと思い出した。わけもなく後ろめたさを覚え、フードの中で俯く。

「焼き芋持ってきたよ! あと紅茶!」

 至近距離で腹から声を出すものだからうるさくてかなわない。腹と喉、どちらで発声するか頭を使えと言いたいが、水を差すと兄馬鹿のタキが怒鳴り込んで来るおそれがある。面倒なので黙っておいた。

 紙に包まれたままの芋は小ぶりだった。紅茶はコップではなく水筒に入っていて(冷めないよう気を遣ってくれたのは火焚きを取り仕切っているはずのミズハだ、たぶん)、砂糖と粉乳の包みも添えられている。

 壁際のデスクにトレイを置いて、イナサはナオを振り返った。同い年の幼なじみは、窓を――皆が集まっているはずの広場を指さす。

「火、きれいだよ。見に行かない? ……煙で気分悪くなっちゃうかな」

「何を燃してるんだ」

「古着とか、木っ端とか包装材とか……あ、燃やしても大丈夫だって、麗威が」

 麗威の知識なら安心だろう。だが、ナオの感覚を持ってしても、タキやミズハの知識を総動員しても、彼女の正体はわからないままだ。宇宙船のシステムだったと言うが、どうして内陸の、空港すらない地方都市に埋まっていたのか、納得のいく説明はなかった。イナサは便利なお話マシン程度に考えているようだが、決してそれだけではあるまい。

 敵ではない、害意もない、むしろ友好的だ、今のところは。だから敵ではないうちに、彼女の真意を知りたかった。彼女を見つけた者として責任を感じる。

 イナサがもの問いたげにしているので、包み紙ごと芋を割り、かじった。気を遣ってやる義理などない、とささくれ立つ気持ちを一瞬忘れるほど、甘い。

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