純情カップル

あおみどろ

僕らの愛し方。

心中、しちゃおうよ。


彼女がぼそりと呟いた言葉は、案外はっきり僕の耳に届いた。


突然の誘いに驚きながらも、疑問はするりと口から出ていく。


「どうして?」


彼女は微笑みながら続けた。


「だって、悲しいから。」


「私たちには命があるから。いつか、どっちかが死んじゃうでしょ?」


「私、あなたが先に死ぬのなんて耐えられない。私が先に死ぬのも、耐えられない。」


確かに、生きてる以上僕らは死ななくちゃならないし、僕だって彼女が先に死ぬところは想像もしたくない。


だけど、


「確かに辛いかもしれないけど、いくらなんでも心中はやりすぎじゃない?」


自殺はお世辞にも褒められることではないはずだから。


「どうして?愛する人を看取りながら、愛する人に殺してもらえるのに。これって、幸せじゃない?贅沢じゃない?あのパワハラ上司には味わえない贅沢だと思わない?」


贅沢だと思う理由もわからなくはないけど、親に申し訳ないなぁ。


なんてぼんやり考えていると、彼女が僕の顔を覗き込んできた。


「あなたのご両親がなんて言おうと、思おうと、あなたの命はあなたのものでしょ?」


そうだけど、良心が痛まない訳ない。


「私はね、あなたになりたいの。」


「あなたを私だけのものにしたいの。」


「心中したって、あなたの命が無駄になる訳じゃないでしょ?」


「私と出会う為だったって思えば、産まれてきたことには価値が生まれるでしょ?」


「死がふたりを分かつまでなんて、そんな誓いじゃ生ぬるい。」


「死んでもなお、あなたと一緒にいたいの。」


彼女の気持ちは痛いほどわかる。


僕が彼女に見せまいと塞いできた気持ちにそっくりだったから。


僕も彼女も望むならいいのかもしれない。


自殺はいけないことだから。


地獄があるなら、罰せられるかもしれないなぁ。


でも、それでも。


「本当に、いいの?」


後悔はしない、させない選択を。


「もちろん。」


微笑んだ。花が咲くかのように。


自分のものになるのだ。ようやく。


「じゃあ海に行こうよ。今から。」


今からという言葉に少し驚いたけれど、乗り気になってくれたことが嬉しくて、笑みが溢れてきた。


「うん!行こう!」


彼の車に乗り込んでドアを閉じる。


途中で高速に乗って、ナビを、景色を見ながら

話をした。


たわいもない話をしていたら、あっという間に目的地について。


駐車場に車が止まる。


“お手数おかけします”


そう書いたメモを車内に置いておく。


きっと誰かが車を持っていくだろうからって彼が言うから。


邪魔になっちゃうから、仕方ないね。


彼と顔を見合わせてひとしきり笑ってから海に向かってゆったり歩く。


もちろん恋人繋ぎで。


足が水に浸っていっているのも気にせずに歩みを進める。


ふと、彼が私に問いかけた。


「ねえ、今幸せ?」


答えに悩む必要なんてない。


この話を持ちかけたのは私。


「うん、これ以上ないくらい幸せ。」


ああ、どうしても口角が緩んでしまう。


もう水が胸元まで来てる。


彼はお腹の少し上くらいに。


手は離していない。


「死んでも離してあげないからね。」


そういう私に、彼は微笑んで口を開く。


「地獄に行っても、ずっと一緒だよ。」


そんな彼に対して、


「どこかの宗教の信者なの?」


なんて聞いてみれば、


「特に信仰してる宗教はないよ。」


と優しい声が返ってくる。


ふたりとも、既に地に足が付かない状態。


私が手錠を取り出せば、彼は少し瞼をあげてから繋いでいる方の手を私の前に出す。


私は彼の手に手錠をつけて、もう片方を今繋いでいる私の手につける。


これで離れる心配はない。


ふたりで海に潜った。


目を開けば彼がいる。


息が苦しい。


でも、これでひとつになれる。


神様には感謝をしなくちゃ。


私たちを巡り合わせてくれたこと。


私という存在を、彼という存在を作り出してくれたこと。


私、あなたのこと、狂おしいほどに愛してる。


僕は、愛しい君と糧になる。

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