エピローグ

 一人で下山した後、身なりを整え、おれはN市のグループホームへ向かった。外観は工場そのものだが、かなりの大きさにもかかわらず、住宅地の真ん中に立っているので、なかなかの威圧感があった。

 自動受付を済ませると、軽快な音楽が鳴り響き、壁の一面が開き、そのままちょうど人一人が入るようなカプセルが現れた。

 朗らかな香りのする煙とともに、カプセルが開く。

 すると中から入院着を着た老人が現れた。

 目を開き、寝ころんだままあたりを見回す。状況を判断すると、立ち上がろうとしているところにおれは手を貸した。

 


「お疲れ様です親父」


 俺は腰を落とし、頭を下げた。

 それとほぼ同時に、カプセルから声がする。


『遠藤五郎様、一時帰宅をご家族と楽しんできてください。明日の6時までには戻ってください』


 老人――遠藤六郎はカプセルにうなずいた後、おれのことはしばらく見つめたが、ようやく思い出したかのようにうなずいた。


「お前か。私は何年寝ていた?」


 のどに痰が絡まったような声だった。自分でもそう思ったのか、激しくせき込みだしたので、おれはティッシュを渡す。


「一週間です」

「そうか……施設内では時間の流れがよくわからなくてな、では行くぞ田中」

「田中部長は去年なくなりました」

「田中が死んだ?」

「お孫さんに囲まれて、大往生でしたよ」

「じゃあ鈴木か」

「鈴木のアニキは鉄砲玉になって死にました」

「そうか……じゃあお前は……」

「おれは死体運び用ロボットの……」

「おお、死体運びロボとは懐かしい! 私が新卒説明会で出した案でだな」

「存じ上げています」

「そうかそうか、お前は……佐藤だな」

「佐藤は足を洗いました」

「そうか、では行くぞ」

「はい」


 自動タクシーを拾い、近くのホテルへの行き先をつける。

 無味無乾燥な直方体が並んでるだけの住宅地を抜ける。

 ふと窓から外を見ると、路上アイドルのグループのコピーロボが踊っていた。確かバイオテクノロジーにより復活したネアンデルタール人 だけで構成されたグループだったはずだ。ゲリラライブというやつのようで、警察が注意をしているが、おれらと同職と思しき人物が間を取り持っている。

 さらに進むと、拡張現実でできたプラカードを持ったデモ隊が、フィクションの登場人物に人権を与えろという主張を歌詞の載せてシンフォニックメタルを演奏していた。


「すまんな、お前の名前が思い出せない。おそらくもう私にはお前しかいないんだろう」


 目に映る景色にうろたえながらも、親父は言った。


「いいんですよ別に」


 確か先週も同じようなことを言っていた。だから別に何の問題もない。


「所でヒロのことですが」

「ヒロ……誰だったかそれは」


 おれは少しつ長く瞬きをした。


「覚えていないんならいいんですよ。組には報告しておきますが」

「そうか……すまんな」

「謝ってばかりですね」

「すま……いやこんな話ばかりしてはつまらないだろう。そうだ、私が開発した水商売のロボットについてだな」

「その話は聞いたことがないですね」


 10回は聞いた話だった。だが「以前聞きました」ばかり言っていては、機嫌が悪くなる。


「客の相手をする水商売の接客従業員のロボットを作る場合、理想の性格とは何か。それを私はキャバクラやゲイバーに通い詰めて考えたよ。客は接客従業員のお世辞に、商売文句だとわかっていても気を良くしてしまう。そして店を出ると、あれは嘘だったと気分を切り替え、次の日の仕事に備える」

「そうじゃない人も多いでしょうがね」

「そこで考えた。客は本当は従業員に自分に惚れてほしいんじゃないか。客にとっての理想の水商売の従業員は、客に惚れる従業員じゃないのか」


 まだ田中部長が、遠藤元社長より役職が低かったころの話だ。部長はこのプレゼンを聞いたとき「いや気持ち悪いよ」とはっきりと言っていた。


「人間だとしたらその従業員は雇う側としては絶対にありえない。面接で即はじく。だがロボットだったら……? 客が帰った後、気持ちを切り替えればいい。しかし客の相手をするときは、ほどほどに客に恋をする。まあすべての客がそういった機能を求めているのではないだろうから、『相手が自分に好意を持っていると、自分も相手に好意を持つ』というプログラムになるがな。私が作るならそんなロボットだ。あれ、作ったんだったか?」


 彼が話を終えると同時に、ちょうどホテルに着いた。住宅地と同じようなデザインでできている。

 おれは、元社長の手を取り、車の外へ出る。

 すると突然おれの頬を平手で叩いてきた。


「何ですか?」


 おれは言った。


「痛覚スイッチを切っているのか」


 社長は、テレビをたたいて動いているか確かめた、と言う程度抑揚で言った。


「仕事でしたので」

「つけなさい。まさかそのままホテルに入るつもりだったんじゃないだろうね」


 まさか、部屋に入るときはつけるつもりでしたよ、と言いながら痛覚スイッチを起動する。少し世界から浮遊している所に、地面に落とされたような感覚が襲った。大気汚染により少しのどが痛い。

 ふと、手のひらに痛みを感じる。

 ちょうど生命線と感情線が混じる場所に煙草の焼け跡がある。

 顔を上げると、耳元に親父がなにかささやこうと、顔を近づけてきていた。


「すみません。10秒だけ待ってもいいですか」


 彼は眉間にしわを寄せた後、いいだろうと頷いた。

 10秒後おれの気持ちは切り替わる。だから火傷跡を強く押し、その痛みだけでも覚えておこうとした。

 遠くからデモ隊の声が一瞬だけ聞こえ、パトカーのサイレンにかき消された。

 AIに人権を与えようという政策を掲げる政党は今活発的に活動している。

 しかしおれが人権を持ったところで何か変わるだろうかと考える。

 何も変わらない、という結論に達する。

 10秒立ったので、社長がつぶやく。

 おれは気持ちが切り替わるのを感じた。

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人型として 五三六P・二四三・渡 @doubutugawa

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