第2話

 というのがおれの祖先が作られたルーツの話だ。

 ただ上記の情報は俺の頭脳であるコンピュータに組み込まれた記憶ではあるが、社長である遠藤六郎とその他数人が語る話を基に再現された映像なので、細かい場所は違ってるかもしれないし、そもそもすべて創作かもしれない。突っ込みどころもかなりあるエピソードではあるが、ただ結局のところ、死体運び用ロボットであるおれにはアイディアンティーについて悩む機能はほどほどにしかつけられていないため、真偽はさほど重要な情報ではなかった。

 だからいつものように死体を運ぶ仕事に取り掛かる。

 死体を埋めるのには、人が遭難するような山奥の場所であるのがいい。しかしながら当然のごとく遭難しやすい場所というのはよくない。道に迷った人が偶然見つける可能性も少なくはない。それに加え反社会的集団の敵は社会的な集団だけではなく、反社会的集団の場合も多い。例えば仲間の死体を探すために、自分たちならどういった場所に埋めるかをはじめに考えるので、そういった場所を回避する必要もある。

 死体を埋めるために最適なアルゴリズムは年々更新されている。

 とはいっても裏社会と入っても、死体埋めロボットを使う集団はそこまで多くない。

 人型ロボを作る予算があるのなら、骨ごと燃やすことができる焼却炉などほかにも隠す手段は山のようにある。

 おれらがまだ使われているのは遠藤社長の過去の実績を社内の一部にアピールするためと、伊達や酔狂のようなものだった。


 日が沈み、針葉樹林の隙間からわずかばかりの月明かりが照らす程度の中、登山道からはずれ、獣道とも呼べないような道なき道を進んでいく。視覚機能に赤外線センサーを使っているので、ライトは必要ない。季節は真冬だが雪が降るほどの高所ではない。霜が降りている地面を踏みしめるたびに音がする。

 そんな暗がりの中に、一点の鬼火のような明かりを見つけた。小刻みに震えるその光が発する煙がゆっくりと漂っている。

 よく見るとそれは人間が樹木にもたれかかり、煙草をすっている姿であった。

 おれはそっと木陰に隠れ、警戒を強める。

 おれは今死体を運んでいるが、生身の人間と合流する予定があった。

 あの煙草をすっている人間が、その待ち合わせの相手である可能性を少し考えたが、彼も死体を運びに行くと知っているはずなので、証拠として残りやすい煙草を吸うなんて馬鹿なことはするはずはない。

 考えられる可能性としては、

1.ただの登山客が道に迷っている

2.警察関係者や敵対する組に後をつけられた

3.警察関係者や敵対する組が、アルゴリズムに基づいて、死体の埋めやすい場所への道を張っている

4.同行人が予想以上の馬鹿であった


 いかにもこちらに気が付いていないようなので、2.はないだろう。1.は登山客なら体力を奪う煙草は避けるかもしれないが、断定はできない。遭難したので、あきらめとして吸っている可能性というのもある。4.は違ってほしいと心から思う。一番可能性として高いのは3.か。

 ゆっくりと見つからないように、頭の中で3.と1.の可能性の大きさのイメージを風船に例え膨らませながら近づいていく。しかしながら歩みを進めるにつれ、見覚えのあるパーツが見えてきて、小さかったはずの4.の風船が急激に大きくなってきた。脳内データにある同行人の身長、体重、顔のほくろの位置などが一致していき、最後には確信へと変わった。

 俺はそのまま男が持たれかかっている気の後ろに立ち、横から蹴り上げた。


「何こんな状況でタバコ吸ってんだ! 馬鹿か!」

「うわっ、なんじゃワレ! どこの組のもんじゃ!」


 男は慌てて振り返り、登山用のナイフを取り出した。


「おうおうヒロよ」とおれは睨む「自分の組のもんにナイフ向けるとはどういう了見だ」

「その声……もしやアニキ……?」


  雲間から月が顔を出し、あたりが少しだけ明るくなった。

 ヒロはおれだと気が付いたようで、ナイフを取り落とした。

 普段は童顔を隠すためのような絵にかいたようなチンピラの恰好をしている男だったが、今は髪を黒に染めており、陰気な大学生の登山客といった風貌だった。


「いいからその煙草をしまえ。間違えても木とかに擦り付けるんじゃねえぞ。証拠として残るかもしれないし、山火事とかになったら大惨事だ」

「あ、はい」


 しかしどで火を消すか思い当たらずおろおろしだし、煙草を片手に持って、不器用にザックを開けようとして時間を食いだしたので、おれはたまりかねて「もういい」と言った。


「おれの手で消せ」

「えっ、まじですか」

「今は痛覚器官は切ってある。皮膚組織も取り換えればいい。余計な時間を食うよりは何倍もいい」

「すいません。失礼します」


 ヒロがおれの手のひらに煙草の火を押し付ける。そのままおれは煙草を受け取り握りつぶし、口の中へ入れた。


「うわっ、大丈夫なんすかそれ」

「こういう時の為に少しだけだが収納スペースがある」

「へ~便利っすね」


 おれはのんきな声を出したヒロに舌打ちをして、ついて来いと言いながら先を進んだ。彼もまた赤外線センサー付きの眼鏡をつけているので、明かりに対しては問題なかった。だが獣道ですらない場所を通るので、ロボットのおれならともかくヒロにとっては過酷な道のりとなるだろう。流石に防寒対策はしっかりとしてあるようだが、それでも冬の夜の山ほど危険なものはない。

 本来であれば俺一人でもっと過酷な山へ、死体を隠しに行く方が効率がいい。だが今回は新入りの……そうだな、社会見学のようなものだった。


「あの、アニキこういうときってあんまり話しちゃいけないんすよね……」


 一時間ほど歩いたころ、休憩中にヒロがそんなことを言いだした。

 おれは荷物から黙ってマスクと耳栓のようなものを取り出し、投げて渡した。


「そのマスクは声を発しなくても口の動きで言いたいことを読み取り、おれに向かって送る機械だ。呼吸もほとんど妨げない。耳栓の方はおれの方から音声情報を送れる」

「あ、ありがとうございます。ではさっそく」とマスクをつけた「聞こえてますか」

「聞こえてる」

「じゃあ聞きたいことがあったんすけど、何で女装してんすか?」


 おれは自分の恰好を見回した。

 防寒対策は必要ないのだが、薄着で冬山に登っていては、『私はロボットです』と主張しているようなものなので、しっかりと登山用ジャケットを羽織っていた。胸に詰め物をして、ニット帽からはみ出ているその髪に合わさり、女顔の男という要素も併せて、その姿はまるで森ガール(21世紀初頭に死語となったが数年前再び流行ってまた死語となりつつ単語)と呼ばれるものだろう。


「アニキって、女装はしないタイプのゲイですよね」

「死体を捨てに行くときは毎回服の印象を変える。今回は女装というだけだ」

「なるほど。でもちょっとマブすぎて目立つっすよ」


 おれはヒロの姿を目を細め見つめた。


「そう思うか?」

「いや、すみませんっす。差し出がましいことを……」

「いや、あまり美的感覚の機能については、自信がなくてな」

「そうなんすか? ゲイバーで働いているのに?」

「へっ」

 

 おれは口をへの字に曲げた。

 なかなか人の神経を逆なでするのがうまい舎弟だった。


「そろそろいくぞ」とおれは触れられたくない話題でもあったので、先へ進んだ。



 ヒロという人間は、黙っているのが苦手なので、険しい道で息を切らしながらも、少しでも平たんな道に変わると、すぐに話しかけてきた。


「アニキってわざわざゲイなのは、ゲイバーで働くのがメインのロボットなんすよね?」

「違う。死体運びの方がメインで、後からゲイバーの店員としての機能が付け足された」

「後天的なゲイってことっすか?」

「初めからゲイだった」

「え。死体運びロボなのに、わざわざそんな設定にしたんですか?」


 おれは舌打ちをした。


「それを話すには人型ロボットの歴史を少し話すことになる」


 そもそも小学校教育で習うはずだが。


「聞きたいっす」

「……まあいい。まず初めて作られて人間そっくりのロボットは白色人種だった。そしてしばらく作られたのも同様だった。何故だかわかるか」

「作ったのが白人だから?」

「いや、プロジェクトには様々な人種の人間がかかわっていた。一人目だけならともかく、その後のバージョンには別の人種の製造も検討されたはずだ。まあ、そこまでもったいぶる話じゃないので言ってしまうが、ロボットという言葉は語源に奴隷という意味があるので、かつて奴隷だった人種を模して使うのは差別的だというなのではという議論があった」

「よく知らないけど、白人が奴隷として扱われていた地域もあるんじゃないすか?」

「その通り。だから青や赤色の肌を使うというという案も検討された。しかし結局のところそれらも有色人種というくくりに入れられるのではという恐れもあったので、議論はまとまらず、比較的バッシングが少なさそうな、白色人種が選ばれたのだ」

「そもそも人そっくりの物を作ること自体が冒涜なのかもしんないすね」


 以外に確信をついてそうなことを言う。まあ同時に今おれの存在が否定されてわけだが。


「白人差別だという意見も、ヒロの言うように冒涜的だという意見もあったが、プロジェクトが凍結に至るほどではなく、世界に人型ロボットが広がって行った。俳優、コメディアン、バラエティ番組の司会者、人気の人型ロボットが次々現れ、今度は、白色人種以外の人型ロボットがいないのは差別なのではないかという意見が現れるようになった」

「あ~、なんか子供の頃ネットでそんなことを言ってたの覚えてる気がするっす」

「というわけで、様々な人種のロボットが広まり、次にセクシュアル・マイノリティのロボットも作られるようになったというわけだ。トランスジェンダーに関しては時間がかかったがな。『トランスジェンダーというのは、ようするに性同一障害という病気なのだし、わざわざロボットに障害をつけるなんて間違っている』と主張した政治家の辞任を求めるデモがあったのは記憶に新しい」

「なるほどねー」


 と頷いたきり、ヒロはしばらく黙った。

 長々と話したのに、ずいぶんと淡白な反応だな、まあヤクザが人権について熱心に語るのも変な話か、とか思ってたら、


「あれ何でこんな話してたんでしたっけ」


 とか言いだした。


「しばき殺すぞ!」

「え!? 何で?!」

「お前が『なんでわざわざゲイなんですか?』とかいうクソみたいなヘイトスピーチかましてきたのに、我慢して丁寧に説明してやったんだよ! 『何でこんな話してたんでしたっけ』じゃねーよ!」

「す、すいませんっす!」


その後も時折ヒロがへばって動けなくなったりしながらもなんとか前に進む。

それでも会話をしようとするのには、舌を巻いた。

尾根の側面の崖に近い場所を慎重に歩いた。

川なのか、昨日の雨の残りなのかわからないような水浸しの道を上った。

ふと、木の生えないような高さの場所に出て、きらめく星々の美しさに立ち止まったりもした。

本当に何の変哲のない峠に差し掛かり、おれは「よし」と言って立ち止まった。


「目的地っすか?」

「いや、今日はここで眠る。テントとシュラフは持ってきたんだろう」

「一人用っすけどいいんすか?」

「おれは一晩中起きていても問題ない機能を持ってるからな」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ヒロは迷彩模様のテントを立て、中に入った。

 俺は木の幹に座り込み、静かに当たりの気配を探る。

 焚火なんて言う証拠が残りやすいものはつけない。

 

「アニキ、起きてるっすか」

「寝るつもりはない」

「じゃあちょっと聞きたいんすけど」

「散々いろんなことを聞いただろ」

「これで最後っす。本当に最後なんすけど」

「言ってみろ」

「俺って死ぬんすか?」


 声にふざけて言っている響きはなかった。いつになく真剣だ。

 風で木々が揺れる音に耳を澄ましていると、時折鹿と思しき鳴き声が、通り過ぎるように聞こえた。


「なんでそう思った?」

「いや、だっておかしいじゃないっすか。なんすか社会見学って。アニキ一人ならもっと山奥へ行って死体を埋めてこれるじゃないっすか。わざわざ教育ってだけで、死体の発見度が上がるような真似はしないでしょう。馬鹿な俺でもわかるっすよ。だからここいらで俺を殺して、さらに奥へ運んで埋めるんでしょう?」

「馬鹿なお前でもわかるような作戦を、おれが立てると思うのか?」

「そうやって脅しても無駄っすよ。耄碌した社長おやじの作戦っすよね。ボケて引退したのに、アニキの所有権は離してないって聞いてるっすよ。アニキは親父の命令ならどんなに馬鹿げていても、逆らえないっすからね」

「組長の悪口は聞かなかったことにしてやる。……何だ? 殺されるような心当たりでもあるのか?」

「ちょっと、ヤクの横流しを……」

「お前……」

「……もうどうにでもなれっすよ。どうせもうバレてるでしょ。だから」


 つぶやくように言っていた声は、次第に涙交じりになっていった。


「死にたくない……死にたくないよお……」

「仮に本当におれがお前を殺すつもりだったとして、なんで気づいたときに、逃げなかったんだ」

「歩きながら考えて、そうかなって思って、もう遅いなって」

「馬鹿が……」おれはつぶやく「馬鹿が」

「おれ兄貴のこと好きだったんすよ……」

「会った時ナンパしてきたもんな」

「兄貴になら殺されてもいいのかなって思ったんすけど、全くそんなことはなく死にたくない」

「……安心しろ」


 おれはテントの前に近づいた。

 眠らない子供をあやすような声色で話しかける。


「お前の考えてることは妄想でしかない。お前は可愛い舎弟だ。そんなお前を殺すこはずがないだろう。怯えることはない、恐れることはない。ヤクの横流しに関しては、命だけは助かるよう取り図ってやる。まあよくてブタバコ行きだろうがな」

「本当すか……絶対すよ」

「ああ、おやすみ、ヒロ」


 テントの中から寝息が聞こえてきた。

 死の危険を考えていたというのに眠ってしまったようだ。それほどまでに疲労が溜まっていたのだろう。おれは手ごろな岩を手に取った。

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