人型として

五三六P・二四三・渡

第1話

『人型ロボットが適している仕事』


 とあるビルにある会議室。そこにあるホワイトボートに大きな文字で書かれていた。

 会議用の机が、ボードに向かってコの字を描いており、スーツを着た男女が座っている。室内にいる者の顔触れは、ほとんどが若い。一人だけ四十代と思しき男がいるが、他は二十代前半ばかりといったところだった。スーツも着慣れていない様子が見受けられ、皆表情に期待と不安を携えていた。

 空調がしっかりと聞いており、窓の外のカンカン照りの空とは世界を隔てているかのようだ。


「今回のテーマは、人型ロボットが適している仕事、です」


 中年の男性が切り出す。胸には「田中」と書かれたプレートが張られていた。

 若者たちが唾を飲み込んだ。

 

「緊張しなくていいですよ」とスーツを着こなしている男は笑う「このテーマは今日まで様々な形で議論されてきました。だからといって誰も思いつかないような全く新しい人型ロボットの使い方を考えてもらう、という試みの場ではありません。あくまでグループディスカッションを通して協調性、リーダーシップ、コミュニケーション能力、論理性、などを見るというものです。『見る』と言っても、わが社がいつもやっていることの簡易的な体験のようなものなので、直接的な合否には関わってきません。それらを決めるのはこの後の面接でですね。人型ロボットの当たり前の使い方を主張しても全然問題はないです」


 それらのことはここにいる者たち全員が理解はしていた。しかし、わかっていても、緊張というものはしてしまうものである。だが、田中の笑顔と話し方には、不思議な魅力があり、肩に入っていた力が抜けていった。


「だからと言って面白い使い方を提案しては駄目ということもないです」


 田中がグループディスカッションの大まかな説明を行い、若者たち――就職活動中の者たちは、それぞれのグループに分かれて議論を始めた。

 中々くせの強いものが混じっているのか、グループによって会話の熱の入りようは様々だった。淡々と議論をする者。あまりに議論に熱中するあまり、反対の意見を一切受けつない者。意見に絡め会社を褒めてアピールをする者。

 その中の一班に田中は近づき、会話に耳を傾けた。


「やはりお笑い芸人……コメディアンが最適じゃないでしょうか」



 一人の女性が主張した。他の者たちは頷きながらも、『本当に面白みのない意見だな』という表情を顔から隠せずにいた。

 皆の反応に、女性はむっとした風に言う


「いやだって、人間って他の動物に比べて何もできないんですよ。走るのは馬やライオンよりはるかに遅い、泳ぐには魚より遅い、力は象どころかゴリラより弱い。だから人型ロボットの存在意義は限られてくるのは当たり前なんです。器用さを売るなら工場用ロボットのように腕だけでいいんです。

 だから同じ人のための人型として、『共感』を売って仕事するのが一番いいんですよ。アイドル、俳優、ダンサー。中でもコメディアンというのは『コント』という短いスパンのプログラミングが可能で、作りやすいはずです」


 女性の意見に対して、就活生たちは様々な反論を口にしていった。


「それこそバーチャル芸人なのでいいのでは。実物である必要は少ない」

「実物であるからこそ、共感が生まれるということもあるでしょう。ロボットのダンサーがバーチャルのダンサーと同じ価値を持っているとは思えないように」

「人間は動物に比べると何もできないと言いますが、逆に言うと能力自体は低くても、何でもできるということが利点だと思うんです。だからこそ一つの仕事をやらせることは非効率です。例えば、昼はコメディアンとして働き、夜は介護ロボとして働くというのは、なかなかドラマを感じさせ面白いと思います」

「介護ロボと言えば、人が暮らす家は人間が動きやすいように作られているので、そこで一緒に生活することとなるロボットは、人型である方が効率が良い、という意見がありますが、近年の少子高齢化では逆のことも考えていく必要があると思うのです」

「というと?」

「人間に合わせず、ロボットに合わせて介護施設を作るというのは、なかなか本末転倒だという意見がありますが、私はそうは思いません。介護者が足りていない昨今のこの国では、効率を考えた施設づくりを考えていく必要があります。なので人型ではないロボットが活躍する施設というのは必要なはずです」

「あまり効率を追求しすぎると、工場のラインに運ばれるように被介護者が暮らす施設という、非倫理的なものが出来上がってしまうのでは……?」

「今のこの国の現状を考えると多少のことには目を瞑るべきではないかと」

「待ってください、議論がテーマとずれていっていませんか?」


 議論が白熱する中、グループのリーダーは一人だけあまり意見を主張をしていない男性がいるのに気が付いた。何も話していないわけではないが、よく観察しているとほとんど相づちを打っているだけのようにも見える。こういう人に意見を促すのもリーダーとしてのアピールポイントだと思い、彼に話しかけることにした。


「ところで、あなたはどう思いますか?」


 名指しされた男は考え込む。

 慌ててはいないので、話に参加しようとしていなかったわけではないようだ。

 よく言えば大人しい、悪く言えば頼りないといった風貌で、グループの皆はあたりさわりのない意見が発せられるという予想をしていた。


「これもまたちょっと非倫理的なんですけど」と男は切り出し、リーダーは頷いた「反社会的な集団が、死体を山奥に隠すときに使うとかはどうでしょうか」


 グループ内の空気が凍り付く。

 「おいいくらなんでもそれは」とリーダーが窘めようとしたところで、田中はそれを笑顔で止めた。


「かまいませんよ。こういっちゃなんですが皆様の意見は採用されることはありません。だがらこそ今回の議論は多少過激なことを言っても問題はありません。普段出来ないような意見も出す機会でもあると言えます。さて、死体を山奥に隠すときに便利、ですか。どうしてそう思うのですか」


 大人しそうな男は、はい、と頷きながら話し始めた。


「まず初めに歩行をするロボットとうものは使い方が限られてくるんですよね。整備された道を歩くのなら車輪を使えばいい。整備されていないぬかるんだ道を歩くなら、キャタピラを使えばいい。階段も車輪の形を工夫すれば上ることが出来ます。歩行が一番必要な場所。それは山です。険しい道をのぼり、木々の間を通り抜け、岩を手を使って上る、これをすべてこなすのは歩行型がむいています。まあ四足歩行でも可能ですが。山に荷物を運ぶだけであれば、ドローン等を使うでしょう。ですが死体を運ぶ場合は目立ってはいけません。出来るだけ目立たずに、人に紛れなくてはいけません。あと、『山奥でロボットを見かけたら、死体を運んでいると思え』なんて考え方が広まってはいけませんので、できるだけ人に似せる必要がありますね。逆にもはや人でいいのでは、と思うかもしれませんが、ロボットである利点もあるんですよ。山に登れる人って結構少ないんですよ。ましてや死体を埋めるには、人が通らないような場所に遭難せずに行く必要がある。それに死体って重いですからねかね。なりの能力が必要になってきます。ロボットならかなりの能力が盛れるでしょう。まあ先ほどあなたがおっしゃったように(と一人を指さした)他の仕事と兼業するのがいいとも思いますが。以上が死体を山に運ぶのに人型ロボットがむいている理由です」


 男が早口で言い終わったが、グループの皆は黙ったままであった。

 早口で死体の処理方法について話すその姿は、まさにやばい奴であった。

 しかし田中は笑顔で頷き「面白い意見でしたね」といった。

 グループの皆は迷っていた。田中は笑顔で頷いたが、実は頭の中で、彼の採用することは絶対ない、と考えているのではないか。ディスカッションの内容は内定には影響しないと言っていたが、額面通りに受け取る就活生ばかりではない。この意見に容易に反応していいのだろうかと。

 と、会議室の前で、一人の社員が手招きしている姿があった。

 田中は社員に近づき、耳打ちを受けると、眉間に皺を寄せた。そして皆に向き直る。

 

「申し訳ありません皆さま。急な用事が入ってしまいました。後はこの鈴木に代わりますので、引き続き議論を続けて下さい」


 はい、という気持ちの良い返事を背に、田中は部屋を後にする。

 廊下の角を曲がり切ると、張り付けていた笑顔を取り外し、途端に強面の表情が現れた。携帯電話を耳に当てる。


「佐々木ぃ。どえれえへましたってのは本当か?」

『も、申し訳ありません、舎弟がシャブ持ってる状態で荷物確認受けたみたいで……』

「何晒しとんじゃボケが! せっかく堅気の振りして会社をここまででかくしたってのに、潰す気か!」

『本当に申し訳ありません……』

「もおええわ。今は説明会あって忙しいから、山崎に後の処理してもらえ」


 田中は返事も待たずに、電話を切る。

 そのまま、来た道を戻り、先ほど出てきた部屋――小坂組説明会会場という看板の書かれた部屋にに入った。

 部屋の中では就活生たちが議論を続けたいた。

 田中は見回りをしていた鈴木を呼び止め、耳打ちをする。


「あのガキどう思う? 人型ロボットの使い方考えろ言ったら、死体運びしたらええ言うてきたで」

「うちがカタギじゃないと気が付いてるのでは?」

「そない言うたかて、○○組いう名前ついてる工事関係の会社なんて仰山あるし、表社会では出回ってない情報なんやけどな」

「じゃあ裏の人間の息子とか」

「まあ、面接次第やな……議論自体を内定の決定には使わへんっていうのはほんまの話やし」


 死体を運ぶことを提案した男――遠藤六郎えんどうろくろうは以外にも、面接官に好印象を与え、内定を手に入れることが出来た。ただ結局のところなぜ説明会のディスカッションで過激な発言をしたかは、田中には最後まで分らなかった。

 その30年後彼は小坂組の社長くみちょうとなる。それはまた別の話。

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