人形師の手稿 Ⅱ
六
私はその人形の写真を譲り受ける手筈をつけ、暫くその地へ滞在した後、家へ戻った。そうして、祖父の遺した財を使い、作業場を、人形を作る為の部屋を借り、そこで彼女を、造り出す事にしたのである。
然し―――考えというものは、なんとも、頭の中でばかり肥大化するものである。上手くゆくイメージを、どれだけ想像したとしても、結局、いちばん最初の取組という物は、「絶対に成功するぞ」と思えば思うほど、「なんだこれは」という失敗を、呼び込んでしまうのである。
私もそれに同じく、それから―――色々の大失敗を、思い知ることになった。
最初は見よう見まねだった。他の人形師の造る人形を真似て、彼女を創造するしかなかった。このようなものを組み上げたことも、触ったこともなかったので、いろいろの画集を読んだり、個展へ行ったり、材を学んだり、人形というもの概念が、果たしてどういうものなのであるかを知って、どうにか写真の中の少女を造りだそうとした。そうして無我夢中に造り上げ、出来た彼女は―――とてもあの、写真の中の少女とは思えぬ、なんとも不格好な様相だった。上手くいかぬ事がどうにも悔しく、そして惨めに思えた。
次に私は、人形の製法の色々についてを調べ上げ、それらの手順を元に、手順通りに造り上げてみたりした。最初の作よりは、幾分かましな彼女の様相にはなったものの、マシになったというだけで、非常に凡な人形だった。
『わたしのよさはいったいどこなの』
そう云いたげな表情をした、球体間接人形の少女が、硝子の瞳で私を見つめるばかりで。
私は、未だ二作目であったのに、私の才能の無さを悔いた。
七
「どうすればこの質感を再現できるか」
「一番適した材は何か」
「一番適した製法は何か」
そうして一体、また一体と、人形を完成させてゆく度、私は、人形の製作の術について、少し判るようになってきた。五年の月日が、気付けば流れていた。
「この程度に、私は五年も掛かってしまった」
私は自身の、学びの緩やかな様を嘆いた。その頃はもう、私は殆ど作業部屋に棲んでいた。部屋の中一面に、無数の球体間接人形たちが鎮座し、私を見据え眠っている。「写真の中の人形」に、成りそこなった彼女たちが。………
一体の少女が出来る度、私は一瞬、確かに歓喜するのである。然しそうした直後、写真の中の少女を眺める度に、「私の造り出す人形は、どうしてこれ程酷い有様なのか」と嘆き、そして私の造りだした人形の、どうにも愚かな点ばかりが目について、苦しくなってしまうのである。私自身の学びの遅さ、学の無さ、手際の悪さ―――そうした諸々の全ての愚かさが、湯水のように溢れ出て、心の中の感覚が、どうにもならなくなってしまって。………
「いつになれば、私は写真の中の少女に、出逢えるのだろう。いつになれば、私は写真の中の少女を、造り出すことが出来るのだろう」
私の精神は、人形を造れば造る度、すり減っていった。寝食が疎かになり、酒に呑まれ、煙草をふかすのが常になった。自分自身の姿は気にせず、風呂にも入らぬので、食物を買いにゆく度に、私の不衛生さを理由として、店主に嫌な顔をされた。それでも私は部屋に戻ると、黙々と、ただ、人形だけを造り続けた。少女の為の―――不完全な人形を。
八
十年が経った。
財ももう、あと僅かである。
その頃にはとうとう、部屋の床は私の造りだした不完全な人形で埋まってしまった。
私は人形たちの上に坐し、暮らすようになった。床を剥ぎ、その下へ人形を詰め込みながら、黙々と私は人形を造った。体の一部を失い、全く何の役にも立たない、脚、下躯、上躯、腕、目、沢山の球体たち―――私は沢山少女を埋めた。沢山埋めて死なせたのに―――私は未だ納得のゆく、球体間接の少女を造り出す事が出来ずにいる。
「早く、早く―――私の新しい身体を、作ってくださいまし」
蠱惑な微笑で、儚げに、憂いを帯びた目で私を見据え、彼女が嘆き、泣いている。頭の中に、彼女の啼き声が響く。透き通った声をして、教会の鐘の音色みたいに響き渡って、延々、延々と泣く、彼女の声が。………
「ああ。作ってみせるとも」
その度、私は自身を鼓舞し、少女人形を造っていった。
今度こそ、今度こそ―――今度こそ彼女に出逢ってみせる。
そう思いながら造り上げた人形は―――今迄で一番良い出来の、彼女であった。
彼女によく『似た』人形だった。
結局、私はいつも同じに、彼女に出逢うことが出来なくなる。
こうして私の精神は限界を迎えた。
私は少女を作ることが嫌になった。
だから私は、今迄に造りだした総ての彼女を、壊す事にした。
九
結局、私がいくら彼女を造ろうとしても、私がそれを造る以上、結局、それは模倣でしかないのだ。「非常によく似た贋作」にしかならない。そうならざるを得ないのだと、もう、判ってしまったから―――
少女たちの声が聞こえる。
泣きじゃくり、咽ぶ声が聞こえる。
色々の姿をした人形を金槌で壊しながら、私は嗤い、踊っていた。
そうしてとうとう、造り上げたすべての人形を破壊した私は、私に幻想を与えた全ての元凶。
写真の中の少女を壊そうと、振りかぶった。
「――――――」
泣いていた。
声にならぬまま、私は静かに泣いていた。
「ああ、ああ―――」
彼女を殺す武器を捨て、私は彼女の額縁を抱え込み、仰向けに倒れ込んだ。無数の人形たちのの横たわる、墓地の上へ。私によって殺された、バラバラになった彼女たちの上へ。
少女たちの草原で、私は虚しさのままに咽び泣き―――私は叫んだ。
「おお、神よ。神と云うものがもし存在するのなら。どうか、私の命と引き換えに、私に彼女を与えてくれ。燃え盛る炎の中へ、私を連れて行ってくれ。そうすれば、そうすればきっと―――私は彼女を、救い出し、彼女を生かしてみせるから。………」
痩せ細り、目の落ち窪んだ私の身体が、私の身体が、熱を有し始めているのが判った。
鈍い頭痛が広がり始めるのが判る。
もう、動けそうにない。
私はだんだんと、私の意識が薄れていくのを感じた。そうして私の視界は、私の中に生じた「死」の感覚と共に、黒洞々たる暗雲に、次第に呑み込まれていった。
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