37 百合子節
その次に現れた里田百合子といったら、やはり胡麻博士の弟子というだけある、室内の気配を気にしていた。
「何を見ているのですか……」
「いえ、その、この部屋の気配です……」
粉河はふうとため息を吐いて、
「何もいませんよ……」
と言った。
「それで、あなたは口寄せの後は……」
「先生と一緒にいました」
「先生?」
「胡麻先生です」
粉河はなるほどと頷いた。里田百合子は、胡麻博士の弟子なのだから、先生と言ったら胡麻博士のことなのだ。
「口寄せの後は、ずっと彼岸寺にいて、その後、五色村資料館の方へと移動しました。その間、私はずっと先生と一緒にいたのです!」
さも自信がありそうな声の響きだった。
「すると、胡麻博士から目を離さなかったと……?」
「目を離さなかったですって……。ええ、もちろん! もちろんですよ!」
百合子は、微笑んだ顔を見せて、自信を誇示した。
粉河はそれならば、この二人は犯人ではないのだろうと一応納得した。
「ところで、五色村資料館とは何ですか?」
「五色村の資料館です」
「そうですか。いや、違う……そんなことは分かっていますよ。何を展示しているのですか?」
「歴代の巫女の装束、それと勾玉とか。とにかく、口寄せとお祭りで使うようなものを展示していますわ。ええ! 刑事さんたちも是非、来てください。私が案内しますよ!」
そうして、百合子は白い前歯を見せて、爽やかに笑った。
「そうですか。それで、百合子さんはやはり幽霊による犯行を信じているのですか?」
「信じるも何も! それ以外に何があるのですか?」
粉河は、あらたまってこんなことを言うのも変な気がしたが、
「例えば、人間が人間を殺した、とか……」
「はっ、ナンセンスですわ。ナンセンスですわよ。あはは。そんなことが現実に起こると思っているのですか……」
粉河はちょっと返答に困って、
「こちらの方がよほど現実的だと思うのですが……」
「ええ。少なくとも、五色村の外ではね。ところがここは五色村なんですよ。五色村は、殺人なんかより、よっぽど呪いの方が似合っていますわ。いいでしょう。この村がどんなところか、私が案内してあげますよ。捜査が一段落したらね……」
粉河はお辞儀をすると、
「助かります、それは」
「お構いなく、私としても案内したいですから」
どうも、調子が狂うな、と粉河は肩を揺すると、とにかく、この人にはアリバイがあるのだから、あまり調べても仕方ないだろうと思った。
それから、しばらく事情聴取を続けた後、百合子には退室してもらった。
「これで、胡麻博士と里田百合子のアリバイは確定的なものになったな」
「ええ。しかし、恐ろしいコンビですね」
根来は少し蒼い顔を震わせて、下唇を噛むと、
「ああ、なんていうホラーなんだ。この部屋に気配が……なんとか言ってたな。悪いが、俺はちょっと散歩してくる」
「何を言っているんですか。根来さん。事情聴取の最中ですよ」
根来は、そわそわしながら、仕方なく椅子に座った。時々、恐ろしげに後ろを振り返ると、無言のまま、ゆっくり向き直った。
「トイレなら行ってもいいですよ」
「うるさい。次の人を呼べ」
……根来は、張りのない声で怒った。
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