36 胡麻博士の叫び

 ドアが開いた。胡麻博士の気難しそうで、そのくせ何も考えていない趣味人とも取れる顔が、怪訝な表情で、室内を覗き込んだ。

「どうも、胡麻です」

「どうぞ中へ」

 胡麻博士は、そう言われて、のそのそ入ってくる。そして椅子に座り込むと、ふうとため息を吐いて、粉河と根来の顔をじろりと見回すと、

「妙な気配がありますな」

 と言った。

「なんですって……」

「気配ですよ。面妖な……」

 胡麻博士は立ち上がり、その狭い室内を歩き回る。そして、壁の黒く滲んだ跡をじっと見つめて、

「ただのしみか……」

 と呟くと、のそのそと戻ってきて、椅子に座った。

「どうぞ、始めてください」

「はい。胡麻博士。早速ですが、口寄せ騒動の後のあなたの行動について教えてください」

 胡麻博士はその言葉に、ふふっと笑うと、

「私のアリバイですかな。まだ刑事さんたちはこの事件のことをよくご存知ないらしい。犯人は人間ではない。そう犯人は怨霊なのだ」


「……とにかく、あなたの口寄せ騒動の後の行動を知りたいのですが」

 粉河も立場を譲らない。

「私は、一時の少し前まで、ずっと皆さんの前にいたし、その後は、百合子くんと一緒に五色村資料館に向かったのですよ。その後も、ずっと百合子くんと心霊現象について話していましたよ。つまり、アリバイは完璧なのですよ」

 そう言って、ふふふと笑い出す、その顔が非常に怪しげである。

「なるほど。すると、百合子さんにもアリバイがあるということですか」

「ええ。もちろんです。そんなことは聞かんでも分かるでしょう。そんなことはどうでも良いのです。それよりも悲劇的な状況だとは思いませんかね」

 何を言っているのだろうか。悲劇的なのは当たり前である。何をあらたまって……。

「菊江さんは、あろうことか、娘の日菜さんを殺してしまったのです。ということは、日菜さんは菊江さん殺害の犯人……」

「なんですって……どういうことですか、それは」

 胡麻博士は悲劇に嘆いているような顔を、粉河にぐっと近付けた。


「菊江さんは恨みを晴らしたのですよ、自分を殺した犯人に。ところが、まさか、それが娘の日菜さんだとは……。ところが、そうだとするとつじつまが合うのですよ。口寄せ中に、「犯人は女だった」というような言葉があったでしょう? そして、現場の岩屋は密室で、その岩屋には菊江さんの亡骸の他には日菜さんしかいなかったのですよ……」

 粉河は面食らったようで、思わず根来の方を見た。根来も呆気に取られている。根来は口を開いた。

「しかし、あの時、日菜さんは十一歳の少女だった……。いくらなんでも、十一歳の少女が母親を殺すわけはあるまい」

「根来さん。そうでなければ、日菜さんが殺されるはずはないのですよ!」

 なんという恐ろしい話だろうか。娘が母親を殺し、その怨霊が、今度は娘を殺害させたというのだろうか。しかし、そんなことは到底、信じられない。粉河は冷静になる。

「それで、どうやって殺したというのですか」

「少なくとも、この場には、菊江さんの霊をおろせる人物は一人しかいない」

「誰です?」

「月菜さんですよ……」


 粉河はその言葉に面食らった。確かに、彼女にはアリバイがない。しかし、それはあくまでも心霊現象の観点からの推理であることを忘れてはならない。

 粉河が、ぼんやりと事態を考えている。……その時。

 胡麻博士は、弾かれたように椅子から立ち上がって、叫んだ。

「おおおっ……! いるぞ。いるぞぉ!」

 粉河と根来は突然のことに、呆気に取られて、胡麻博士を食い入るように見つめている。

「いるのか。 ここにいるのか! 御巫菊江! 汝はなぜ、娘を殺した! 汝はなぜ、娘を殺したぁ!」

 胡麻博士は、怒りと悲しみのこもった声を部屋一杯に張り上げたのである。

 その後、静けさが部屋を包みこむ。ただ胡麻博士が立ち尽くすのみである。異様な空気が流れている。根来と粉河は、固唾を飲んで、この様子を見守った。その時。

「……気のせいか」

 胡麻博士は、変に納得したように呟くと、こくりと頷いてから、椅子に座り直した。

「さて、他に何か質問は?」

「忘れてしまいましたよ、あなたのせいで」

 ……粉河は呆れたように言った。

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