38 信也の話

 御巫信也は、相変わらず、色白な貴族といった様子ではあったが、その表情は悲しみの淵に立っている一匹の羊のようだった。ちなみに今の比喩は、根来の頭に自然に浮かんだ比喩である。

 信也は、椅子に座って、ぼんやりと部屋の壁を見続けていた。

「あなたは、口寄せの後、どこで何を……」

「……私は、そこの根来さんや羽黒さん、そして法悦和尚と一緒に居間にいました。彼岸寺にいたのです。そして、たまに月菜の様子を見に行っていました」

「月菜さんの様子を見に行ったのは何時ですか?」

「さあ、三十分に一度は見に行っていましたが、二時になって月菜が目覚めるまで、何回、様子を見に行ったか……四回でしょうか」

「三回目までは、月菜さんは寝ていましたか?」

「ええ、勿論」

「ちゃんと顔を見ましたか?」

「ええ……それが何か?」

「いえ、それなら構いません」

 信也は、粉河の突っ込んだ聞き方が少し不満らしく、唇を尖らせてじっと粉河を見ていたが、気持ちをあらためたように再び口を開いた。

「……それで、私は安心して皆さんの集まっている居間に戻ってきたのです」

「なるほど」

 すると、月菜にはアリバイがあるとまでは言えなくとも、彼女が犯人ではないことを少しだけ暗示しているようにも思えたのだった。

 二時間の内の三回、信也が様子を見に来た時には、月菜はちゃんと眠っていたということである。もちろん、その間の三十分の内に犯行に及んだとも考えられるのだが……。


「その後はどうしました」

「月菜が目覚めてからは、まだ少し休ませておこうと思いまして。法悦和尚と本堂を見に行ったりしていましたが……それもずっとではありません。とにかく、二時以降は自由にしていました」

「二時以降は自由だったのですね。その間の行動は……」

「お寺をぶらぶらしていて、特に定まったところにいた訳ではありません。とにかく、二時半までには月菜と屋敷に帰ろうと思っていたのですが……そんな時に、日菜が川で見つかったという恐ろしい知らせを受けたものですから……」

 すると信也には、二時以降のアリバイがないのか。さて、これはどう考えるべきだろう……。

 粉河はそこで首を傾げた。


「あなたはこれを悪霊による殺人だとお考えですか?」

 粉河の質問に、信也は首を横に振った。

「いえ、そんなまさか。それよりも、母を殺した犯人が日菜を殺害したのでしょう」

「なぜこのタイミングで、実行したのだと思いますか?」

「さあ、ただ月菜と日菜がこの五色村に戻ってきたのはつい最近のことですし、この口寄せの為に、関係者が集まっているのですから、危険性が高まったと考えたのでしょう……」

 淡々と語っているが、信也の顔には明るさがまるで無かった。

「犯人が恐れていたのは、日菜さんの記憶ですか?」

「ええ、五色村に戻ってきたこと、関係者が集められたこと……日菜の記憶が戻る環境は揃っていたことでしょう。犯人にとっては脅威だったのかも……」

 そう言う信也は、少しめまいがしたようだった。

「大丈夫ですか」

「大丈夫です」

 粉河は、信也を右手でそっと支えると、

「質問はこれぐらいにしておきましょう」

 と言った。その後、すぐに信也の体調を慮って、彼を退室させたのであった。


「やつをどう考える?」

 根来は粉河に尋ねた。

「信也さんには、アリバイがあるようにもないようにも思えます。しかし、月菜さんの様子を見に行く振りをして、殺害現場である三途の川まで赴くことはできないでしょう。片道十分、往復だと二十分もかかってしまいますからね。まさか信也さんが二十分間も居間を退室していたわけではありませんよね?」

「ああ、それは無いな……」

 根来は、首を横に振った。

「ですが、二時以降に自由時間があったというのは多少気になりますね」

「どうしてだ?」

 粉河は、しかし、まだ考えがまとまらないらしく、首を横に振ると、

「次の人を呼びましょう」

 と言った……。

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