32 待合室の念仏

 羽黒祐介は、警察関係者と繋がりを持つ人間だが、あくまでも私立探偵、一般人という建前である。堂々と捜査関係みたいな顔をしていられないのが辛いところである。

 だから、彼岸寺の待合室に、容疑者と共に座っていたのである。

 まあ、これはこれで容疑者の顔色が見て取れてなかなか面白い。面白いというのはひどく不謹慎だが、探偵は推理することが何よりも楽しいのである。

 日菜の死がどれほどのショックを人々に与えたのか、それは月菜や信也の蒼白の表情を見ると、とても大きなものだったと感じられる。

 だが、叔父の善次は? 善次は、額に脂汗をかいて、何か他のことをしきりに心配しているようにも思えた。

 巫女の口寄せの予言通りに事件が起きたということは、すでに容疑者たちの知るところになっていた。

 だから当然、心霊的な恐怖が覆い尽くしていたのである。

 だが、もっと大きな問題は、当然、この後に浮上するであろう、ある疑惑のことである。

 月菜が口寄せをして口走った予言の通りに、人が殺された。

 さて、疑われるのは誰か……?


 月菜の泣きじゃくる声がたまに祐介の耳に入って、慌てて、頭を振った。まさか、そんなはずはあるまい。祐介はそのあまりにも単純な推理を頭から引き放そうとした。

 そうして、祐介の隣を見ると、胡麻博士がうつむきながら、何か呪文のようなものを必死に唱えていた。

(なんだろう……?)

 何か自分に、秘密のメッセージが送られてきていると感じた祐介は、恐る恐る胡麻博士の口元を見た。その時、はっきりと言葉が聞こえた。

「……南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」

 それは念仏だった。

 胡麻博士は、どうにかして、霊的な呪いを鎮めようとしていたのである。

「おい、君も念じないか……?」

 胡麻博士は、ぼそりと祐介に呟いた。

「この場で、そんなごにょごにょと呟いていると警察に疑われますよ……」

「構うもんか、生きている人間よりも恐ろしいものがある。それが死霊なのだ……」

 胡麻博士は、その後も目を瞑って、念仏を唱え続けていた。


 しばらくしたら、念仏が二つになった。唱えているもう一人の人物は祐介ではない。誰が唱えているのか、見て見ると、それは里田百合子だった。

 今までずっと、半眼で坐禅をしていた法悦和尚も、この念仏に参加し始め、待合室には念仏の声が静かにそして力強く響いていた。

(これは、なんとも不思議だ……)

 祐介はなんだか、また口寄せを見ている時のように、くらくらと夢を見ているような心地になっていった。

「あ、あの、皆さん。お静かにお願いします」

 のっぽな警官が変な顔をして正したので、三人は大人しく念仏をやめて、また静かになった。しかし、よく見ると、胡麻博士の唇は動き続けていた。


 しかし、この事件はどう考えれば良いのだろう。

 そもそも、巫女の口から出た予言。その予言の通りに殺されたのは、あろうことか、その巫女の双子の姉なのだ……。

 この予言の秘密を解き明かすことが、事件解決の最大の鍵なのではないか。


 しばらく、アリバイ調べが続くことだろう……。

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