31 背中の傷痕
絢子の話はまとめると次のようなものであった。
口寄せの後の騒ぎは、日菜をひどく憂鬱したものらしく、彼岸寺を降りようという考えに至らしめたものらしい。
絢子は、そんな日菜を心配に思い、付き添って、この彼岸寺の山門を降りることになったのである。それに、絢子にとっては、十一歳だった日菜がこの五色村を離れて以来、ずっと会わずにいたものだから、積もる話もあったのである。
この時、絢子の腕時計は十二時五十分を指し示していた。
日菜は懐かしい話をしながら、彼岸寺の前に建っている温泉を見て「この温泉が懐かしいから自分はここで入浴していく」と絢子に告げた。
絢子は、日菜のことが心配だったのと、気分転換に良いかと思って、日菜がカウンターの奥に引っ込んでいるおばさんを呼び出したところで、自分も入浴すると言ったのだった。
それで、絢子と日菜は温泉に入浴したのであるが、この時、絢子は湯船の中で、日菜の背中の大きな傷跡を見ていたのである。それで、絢子が先に上がったのであるが、この傷跡のことが頭から離れなかった。
それから、二人は店の前に立ってしばらく話し込んだという。別れる時、絢子の腕時計と、温泉の時計は確かに一時四十分を指し示していたという。
背中の傷跡。これが何を意味するのか。粉河にはすぐ分かった。
「背中に傷跡があるのは、日菜さんなのですね?」
「そうですね。確かに、なんでも数年前に自動車事故にあったとかで……」
「だとすると、間違いなく、日菜さんは一時四十分まで生きていたというわけですね」
「間違いありません」
粉河は、あらためてよく物事を考えなければならないと思った。
だとすれば、口寄せをしたのは間違いなく月菜だったということになる。そして、口寄せを見物していた日菜は、絢子と温泉に入浴した後、一時四十分に別れた。つまり、一時四十分までは生きていたということになるだろう。
死亡推定時刻が、一時から二時である以上、殺害されたのは一時四十分以降、二時以前ということになる。
そればかりではなく、彼岸寺前の温泉から殺害現場の三途の川までは十分程度かかるので、殺害時刻は、一時五十分から二時という極めて短い時間まで特定できるではないか。
しかし、一つ疑問があった。
「別れ際の日菜さんの服装は?」
「服装……白い、ワンピースでしたね」
「白いワンピース……」
おかしい。日菜の死体は白いシャツに、ボルドー色のスカートを着ていた。殺害されるまでに服を着替えたのだろうか。
「そうですか……」
粉河は何だかよく分からない気分になってきた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます