30 絢子の証言

 第一発見者の村民は、二時半頃に三途の川を渡ったところにある墓場に行こうとして、川に浮かぶ死体を見つけたということであった。

 村民と言っても、もうだいぶ老いぼれている男性で、日菜の首を絞めて、川に投げ込むようなことはできそうもなかった。その為、事情聴取はすんなり終わった。

 それよりも重要な容疑者と目されるているのは、あの時、彼岸寺に集まって口寄せを見ていた人間たちである。

 そこで、すぐさま、一人一人からアリバイを聞き取るべく、部屋数の多い彼岸寺の一室を借りて、そこで事情聴取をすることになった。

 その中でも、最も重要視されていたのが、日菜と最後に会った考えられる絢子の証言だった。


 絢子は、三十歳といったところだろう。流し目の似合う大人っぽい美人で、化粧も薄く、上品な雰囲気を醸し出していたが、その瞳の奥に、なんとなく妖しげな色っぽさが光っていた。

 色白の肌といい、肉づきの良いプロポーションといい、魔性の女と言ってもそうかと思えるような蠱惑的なところがあった。

 粉河の苦手なタイプの女性だな、と根来は思った。古風な侍に近い生真面目な男のことである。別に人を差別するというほどのことはしないと思うが、苦手なタイプというものは自ずからあろう。

 これから、粉河が絢子から事情を聞くのだと思うと、根来は少し可笑しくなったが、それでも笑わなかった。

「ご職業は……」

「ええ、これでも画家の端くれですわ。ですから、美しいものには目がありませんけど」

「どのような絵を……」

「いえ、そんなことよりも……」

 絢子はなんだか、そわそわと落ち着かない様子で、

「あの、日菜ちゃんが亡くなったというのは本当なのですか?」

 やはり、信じ難いというような困惑と悲しみのこもった響きだった。

 もちろん、絢子は日菜と月菜とはかなり長い間、疎遠だったので、かなり建て前で言っている要素はあったかもしれないが、それでも、人情家の粉河はじんときたらしく、第一印象の苦手な感情はかなり取り除かれたようであった。


「残念ながら本当です。それで、あなたは日菜さんが亡くなる前に、日菜さんと一緒に彼岸寺から出て行かれたということでしたね」

「ええ」

「別れたのは何時のことですか」

「確か、あれは……」

 絢子は少し天井に視線を彷徨わせてから、机の上を眺めて、

「一時四十分ぐらいだったと思います……」

 その答えに粉河は驚いた。それならば、犯行時刻はたったの二十分間という短時間にまで特定できるのである。

「一時四十分、間違いありませんね」

「ええ、温泉の時計がそう指し示していましたわ。それと私の腕時計も……」

 しかし、その時、粉河の脳裏に恐るべき推理が浮かんだ。

(まてよ、一時四十分に絢子さんと別れた少女は果たして本当に日菜さんだったのだろうか。もしも、口寄せをしたのが実は日菜さんで、見物していたのが月菜さんだったらどうだろうか)

 それは荒唐無稽なトリックかもしれなかった。しかし……。


(絢子さんは、日菜さんと会っていたと思っているが、実は月菜さんとずっと会っていたのだとしたら、どうだろうか。その場合、日菜さんは一時四十分以前に殺されていた可能性も考えられるのだ)

 双子がいるとなれば、すり替わっていることも考えられる。ミステリーではかなり古い手だと言われてしまうものだが、一度、そのような疑いをもったら、粉河も刑事としては考えないではいられない。

 しばらく、粉河がそんなことを考え込んでいると、絢子はまじまじと粉河の顔を眺めていた。そして、なんだか、ぱっと顔が明るくなったと思うと、

「よく見たら、刑事さんって、なんだか、とても凛々しいお顔をなさっているのね」

 突然、絢子がそんな場違いなことを言ったので、粉河は少し呆気に取られた。

 絢子といったら、先ほどの緊張感などどこかに抜けてしまって、今や、粉河の顔に現うつつを抜かしていたのだ。

 粉河は、たまらなく腹が立った。根っからの正義漢なもので、不謹慎なことは嫌いなのである。よし、一つ、疑ってやろうという気になった。


「失礼ですが、あなたが会っていたのは、日菜さんで本当に間違いないでしょうか」

「あら、本当に失礼ですね。私が見間違えるわけはないでしょう。嫌ですね。急にむきになって……」

「しかし、日菜さんと月菜さんは髪の結い方以外に見分けがつかないのでしょう」

「あら、私はちゃんと、口寄せを座って眺めていた日菜ちゃんとそのまま話し込んで、一緒にお寺を出たのですよ」

「その前から、二人がすり替わっていた可能性も考えられますよね」

 根来は、粉河の追求が厳しいので呆気に取られていた。苦手だからってそんな……。もちろん、よく聞くと、別に絢子を疑っているわけでもないのだ。しかし、なんだか絢子を疑っているとも取れる雰囲気だった。

「刑事さんって、本当になんでもかんでも疑うのですね。いいでしょう。私が会ったのは、日菜ちゃんだというのには、ちゃんとした証拠があるのですよ」

 なんだか、絢子は自分の証言が疑われているのが不服らしく、あることを話し出した……。

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