33 月菜の証言

 絢子は、日菜から変な様子を感じなかったという。その後、絢子は、御巫家の隣に並び建っている善次の自宅に帰宅している。その証言を聞いて、粉河は、絢子には殺害時刻のアリバイがないのだと断定した。

 また、日菜が殺害されたことについて絢子に尋ねると、日菜に恨みを持つ人間は知らないということであった。日菜は十一歳から今に至るまで、この五色村ではなく、奈良の親戚に預けられていたのである。だから、絢子は日菜について知っていることが少なかったのである。

 絢子を退室させた後、粉河は次の重要人物と目される御巫月菜を呼んだ。


 月菜は、蒼白の表情で、まるで心を失ってしまったかのような、ふらふらとした足取りで入室してきた。そして、椅子に座ると、すかさず粉河は、

「あなたが、御巫月菜さんですね?」

 と尋ねた。

「はい。さっき姉が川で発見されたということを聞いて、すぐに叔父さんに呼ばれて……一体、誰が姉を……」

 月菜は、その先が言えなかった。ただ、ぼんやりと塞ぎ込んだように顔を暗くして、うつむいてしまった。

「……そうですか。あなたは事件が起こる前に、この彼岸寺で口寄せをされたそうですね」

「ええ……」

「それで気を失った……その後は」

「二時頃までずっと眠っていました。口寄せの後は、いつも気を失ってしまうんです……」

「その間は、一度も起きていないのですね?」

 本当に二時間も眠っていたのだろうか、口寄せの後とは言え、眠りすぎではないだろうか。

「それを証明する人物はいますか?」

「いえ、私は一人で寝かされていたと思いますので……でも、兄がたまに私の様子を見に来たかもしれません。私が二時に起きたら、間もなく、兄が様子を見に来ましたので……」

 どちらにしても、あの時、寺に残っていた四人の証言を聞くしかないだろう。ちなみに、この間に、祐介と根来は月菜を目撃していない。とにかく、現段階では月菜にはアリバイがないのだ。


「口寄せをしたということは覚えていますか?」

「あまり覚えていません。無我夢中でしたから……」

 根来はぼそりと、

「すごかったぞ」

 と自慢げに粉河に耳打ちをした。それを軽く無視すると、

「あなたと日菜さんは共に八年前の事件の後、奈良の親戚のご自宅に引き取られたということでしたが、その間……つまり今年の八月になるまで、お二人とも、五色村にはいらっしゃらなかったということでしょうか?」

「ええ。一度も……」

「それでは、八年前に事件が起こったという岩屋については覚えていますか….…」

「私はおぼろげに覚えていますが、姉の記憶からは事件現場に関するものも消えておりました。相当にショックだったのでしょう……」

「岩屋に通じる道もですか?」

「ええ、この村の地理はやはり多く忘れてしまったようでした。事件後、あの岩屋に近づくことも姉は拒んでおりました……」

「それはおかしいですね……」

 粉河は引っかかった。


「何がおかしいのでしょうか?」

「いえね、私はてっきり日菜さんがあの岩屋に向かっている途中に襲われたのだと思っていたのですよ。何しろ、あの川の先には岩屋と墓地しかないのですから……つまり、私は、日菜さんはどうしてあの三途の川で襲われたのか、ずっと考えていたんです……しかし、日菜さんは本当に岩屋に通じる道を知らなかったのですか」

「ええ、知らなかった……というよりも、忘れていたはずなんです」

 粉河は首を傾げた。忘れていた……まさか、思い出したのだろうか。その考えは一旦、置いておくことにした。

「もしかして、三途の川の先の墓地に、菊江さんのお墓があるのでしょうか……」

「そんなことはありません。事件現場に近いところでは、何かと嫌なことを思い出してしまいますから、三途の川と反対の位置、彼岸寺の境内に母の墓はあるんです」

「すると、墓地に向かっていたわけでもありませんね」

 誰かに道を尋ねたのだろうか「岩屋はどこにあるのですか」と。しかし、閑散とした村である。参道だって人通りも多くないし、誰に話しかけたというのだろう。もし、そうだとしても、観光客もいないのだから、すぐに村民から日菜に関する証言を得られることだろう。

 しかし、だとしたら、やはり日菜が記憶を思い出したという気もしてくるではないか。

「もしかして、日菜さんは記憶を思い出したのではないですか」

「そんなまさか……」

「いえ、あなたは口寄せをして、お母さんの霊を呼び出したでしょう。日菜さんは、現実に殺害現場に居合わせた人物なのですから、その口寄せの内容を聞いて、何か引っかかる点もあったはずです。それがきっかけとなって、事件に関する重要な事実を思い出したとも考えられるのです」

「それで、姉は、殺害現場の岩屋へと向かったというのですか…….まさか」

 月菜の声は震えていた。


 粉河の推理はある程度、筋が通っていた。しかし、自分の中ではすでに反論も生まれていた。

 記憶を思い出すきっかけは、口寄せを見ている最中にこそあったと考えるべきだろう。だとしたら、彼女はその後、なぜ岩屋に直行せずに、絢子と雑談し、温泉に入浴したのか。その余裕はなんだったのだろう。

(やはり、違うかもしれない……)

 粉河はだんだんと否定的になっていった。

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