13 五色村の巫女

 羽黒さん。それからというもの、日菜はひどく周囲の人間を怖れるようになりました。記憶というものがありませんでしたので、全て他人に見えたのでしょう。

 そればかりではなく、やはり恐怖という感情が生まれてきたのは、心のどこかに人間に対する不信感が残っていたからでしょう。

 実際、日菜は記憶を失いながらも、意識の底で事件現場で起こったことを覚えていたのかもしれません。

 そうして、日菜は御巫家の屋敷に引きこもって、他人と口を交わすことをしなくなり、どこかひどく冷めたようになっていきました。

 また、母が殺された衝撃は、日菜ばかりではなく、双子である月菜にも容赦なく襲いかかりました。

 この村の誰かが母を殺した犯人だということは、その当時から村民の共通の認識でしたが、それが誰なのかは分かりませんでした。その為に、月菜はこの村にいる人間を怖れていたのでしょう。


 日菜と月菜は、これ以上、この村に居続けることを拒むようになり、半年後に、奈良の親戚の家に引き取られていったのです。

 その後、二人はしばらく、この村を離れていて過ごしていました。それでも、妹たちの心に残ったしこりはずっと二人を苦しめていたようでした。

 ところが、この頃に、日菜と月菜は巫女になる重要なきっかけを得ました。彼女たちは、こうした不安定な精神状態の中で、繰り返し、啓示のようなものを受けたと言います。

 これは単純に幻覚のようなものと捉えることが出来ますが、五色村の巫女は、伝統的に、こうした特殊な啓示ようなものを受け取ることをきっかけとして、霊媒の世界に急激に入ってゆくのです。

 そして、それらはさまざまな苦行などによって、引き起こされるものだったのです。


 彼女たちは、奈良の親戚の自宅で、巫女としての修行を積みました。そうしている内に、二人に母をも凌ぐ、天才霊媒師の可能性が秘められていることがいよいよ分かってきたのです。

 そのことを知った叔父が思いついたのが、母、菊江の霊を二人に口寄せさせようという話でした。

 叔父は、もはや日菜と月菜の霊媒に頼る以外に、母を殺した犯人が誰なのか知る術はないと考えていたのです。


 ところが、それは事件現場に居合わせた日菜にとっては、あまりにも酷な仕事でした。その為、日菜ではなく、月菜一人が母の霊を口寄せすることになったのでした。

 その為に、日菜と月菜は一週間前からこの五色村に戻ってきていて、母の法事にも参列しています。そして、明日、月菜は事件の関係者の前で口寄せを行おうとしているのです。

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