10 御巫信也
羽黒祐介はむくっと起き上がって、しばし、ぼんやりとしていたが、こんなことはしていられないと立ち上がった。
窓を開ける。蒸し蒸しとした熱気が入ってくるのを我慢して、外の景色を眺めた。
なだらかな山並み。見上げれば、突き上げるように高い青空。その柔らかな青色のまわりをまばらな雲がぐるりと取り囲んでいた。
前方を眺めれば、立体的な入道雲が山並みの遥か上空で膨らんでいる。青空は大きかった。
耳をすませば、せみの鳴き声が
左手の参道を少しばかり見下ろせば、いかめしい屋根瓦がずらりと並んでいる向こう側に、彼岸寺の黒い五重塔が建っているのが見えた。
……その時、ドアがノックされる音が響いた。祐介ははっとして、振り向くと、すぐさまドアに近づいた。
「
祐介はその声を聞いて、すぐにドアを開いた。そこには少しばかり色が白くて、病弱な印象を与える、貴族のような上品な雰囲気の好青年が立っていた。
「信也さん。お待ちしておりました」
「羽黒さん。よくぞ、この五色村に来て下さいました……」
祐介は、信也を室内へ案内した。信也はあたりを気にして開かれていた窓を閉めてから、畳に座った。すぐに祐介は、口を開いた。
「五色村には、つい先ほど到着したばかりです。一応、彼岸寺は立ち寄りました……」
その言葉に、信也はゆっくりと頷いた。
「そうですか。それで羽黒さん、明日です。明日、ついに月菜は母の霊を口寄せします……」
信也は、不安を隠せていないかのように、テーブルの上に視線を彷徨わせた。
「そうですね。実は彼岸寺で月菜さんに会いました……」
「会いましたか。それで、何か話されたんですか?」
「大したことは話していませんが……」
祐介は少し考えて、口をつぐむと、待っていられないようで、信也はテーブルにポンと手を置いて、少しばかり身を乗り出すと、
「羽黒さん。私は心配でなりません。こうして、八年前に起こった殺人事件の関係者を集めて、母の霊を口寄せしようなどと……叔父の考えることは私には分かりません。それに月菜本人の希望でもあるというのも不自然ですし。……もしも、口寄せをして、月菜が事件の真相を語るとしたら、犯人はそれを阻止しようとすることでしょう……」
「すると、月菜さんが危ないというのですか。だとしたら、口寄せが行われる前の、今日の内がもっとも危ないですね」
その祐介の言葉に、信也は息を飲んだ。しかし、すぐに冷静になると、
「しかし、それもそうなのですが、犯人も、月菜の口寄せをどこまで信じているのか。普通の人であれば問題ともしないことでしょう。だから月菜が殺されるようなことは起こらないと思うのです……むしろ」
信也はそこで、ぴたりと息を止めて、少し考え込んでいるようであったが、重い口を開いて、
「月菜が明日、何を語るのか、それによって、事件の関係者の間に埋めがたい亀裂が生まれるのではないのか、と私は思うのです……」
祐介はその意見に頷いた。信也はそれを見て続ける。
「羽黒さん。もしも月菜が誰かを犯人だと告発したら……?」
「その場合、どうなりますかね……」
「もしも、それが真実であれば月菜は犯人に殺されてしまうのではないか。いえ、そうでなくても、何か恐ろしいことが起きる気がするんです……」
信也はそう言うと、だんだん恐ろしくなったようで、身を硬くした。ぎこちなく身を揺すると、深いため息を吐いた。
「八年前の事件の関係者を集めようと言い出したのも、やはり叔父さんですか……?」
「ええ。叔父は、母の霊を口寄せして犯人を告発させる為には、かつての関係者を、この五色村に集めた方が良いだろうと思ったようなのです」
「叔父さんは八年前の事件の犯人を知りたいのですね……」
「……勝手な叔父だ」
「ここで八年前の事件のことをもう一度、おさらいしておきたいですね」
祐介がそう言うと信也は深く頷いた。
「そうですね。……今は三時ですか。少しばかり時間をかけてお話をしたいと思います。東京の池袋でお会いした時には、何しろ、あの後に胡麻先生のところに行かなければならなかったもので、詳しくはお話しできませんでしたから……」
信也はそう言って、そわそわと坐り直すと、こほんと咳払いをして、天井を見上げた。そして、八年前の出来事を昨日のことのように語り出したのである……。
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