8 根来警部の電話
祐介は、サングラスの親父から部屋の鍵をもらうと、ギシギシと音の鳴る階段を登って、二階の廊下に出た。そして、廊下の途中で、左側のドアに鍵を差し込んだ。そこが祐介の部屋だった。
室内に入れば、そこは畳六畳ほどの小さな部屋であった。部屋の真ん中には、ちゃぶ台のようなテーブルが置かれている。座椅子のようなものがあったので、祐介はそれに座った。
祐介は、そうだ、と思い直して、携帯電話を取り出し、電話をかけた。
祐介の電話相手は、群馬県警の鬼警部、根来拾三であった。
しばらくして、根来の骨太で落ち着きのある声がした。何やら背後の音ががやがやと騒がしい。
『俺だ』
「根来さんですか」
『ああ、俺だ。その声は羽黒じゃねえか。久しぶりだなぁ。いや、そんなに久しぶりじゃねえよ。つい先週会ったばかりじゃねえか……』
何を自分で言っているのか。
「知ってますよ、そんなことは。今、お時間、大丈夫ですか?」
『ああ、俺はいつでも大丈夫だ。張り込み中でもなんでも、大概、暇だからよ』
「ええ。そうですか。ところで今、群馬県の五色村に来ているのですが……」
『あん? なんだって、五色村……?』
根来はちょっと驚いたらしく、少し黙った。
「どうしたんですか?」
『いや、五色村のことはもちろん俺も知ってるよ。しかし、なんだ? お前のことだ。観光ってわけじゃねえだろ?』
「ええ。八年前にこの村で殺人事件があったのを、ご存知ですか?」
『ああ、知っている……というか、その事件を捜査したのは俺なんだよ』
「本当ですか。さすが群馬県警の根来さんですね」
『褒め言葉になってないな。それで、どうしたんだ。その事件のことで何か?」
「その件で、被害者の長男である信也さんから調査の依頼がありまして……」
『ちょっと待て。どうも重大な話のようだが、とりあえず、場所を変える』
しばらくして、少し静かな場所に出たらしい。
「一体どこにいたんですか?」
『ここはサッカー場だ。聞き込みに来たんだが、大した情報もないしな。腹も減ったし。まあ、そんなことはどうでもいい。それで今、五色村の殺人事件の調査をしているのか?」
「そうなんですよ。実は今年、被害者の七回忌があったのですが、娘さんの月菜さんが、母親の霊を口寄せしようとしているんです……」
『霊を口寄せって……なんだ?』
「よくはわからないのですが、霊をおろして体に憑依させるらしいです……」
『霊をおろして……憑依……?』
根来はしばらく黙っていたが、
『悪いが、その話はまた今度にしてくれ』
「えっ……根来さん。どうしたんですか」
『羽黒。俺はそういう話が苦手なんだ。俺にも怖い話を聞かないという権利がある。それが人権なんだ。だから悪いが、今回は遠慮させてもらうぞ……」
なにやら、根来は猛烈な拒否反応を起こしている。おかしな理屈をこねまわしているが、幽霊が怖いのは祐介もまた同じなのだ。それどころか、祐介は今夜、胡麻博士の心霊講義に付き合わされることになるのだ。根来だけ楽な思いはさせられない。
「根来さん。娘の月菜さんは霊をおろして、被害者本人に、犯人を告発させるつもりだと思われます。それによっては、事件が急展開を迎えるかもしれません」
『そうか。急展開か……。それなら、お前が五色村にいてくれて良かった。本当に良かった。そういう訳で、羽黒、五色村のことはお前に任せたぞ!』
根来は、さも納得したように白々しくそう言うと、よくわからない御託を並べて、電話を切った。
根来はこうして恐怖を脱したかに思われた。
根来の軽い裏切りにあって、祐介はやれやれとため息をついた。
祐介は少し欠伸をすると、テーブルの上の急須を見て、お茶でも飲もうかと思った……。
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