6 土産店のお饅頭
その時、羽黒祐介は、彼岸寺ですることは、これでもう十分だろうと思って、山門へと続いている階段を降りていった。
門前の参道に建ち並ぶ古びた店の数々。すでに述べた通り、この村は大した観光地ではない。しかし、少数の観光客を見込んで、土産屋と蕎麦屋が二軒、並んでいた。
実際にそこには客はだれもいなかったが、少し曇ったガラスの向こうに、おばあさんが座っていて、祐介の方を見ていた。そして、おばあさんはおもむろに立ち上がると、ガラス戸を開けて、
「お土産、見ていくかい?」
と尋ねた。
祐介は少し暑さに参っていたので、観光客の振りをして、店内に入った。
「観光かい……?」
「ええ、まあ。美味しいお土産はありますか?」
「こんなところにはろくなものはないけどねぇ……お饅頭いかが?」
おばあさんは、そう言いながら、茶碗を出してきて、ヤカンに火をつける。
「今、お茶を入れるからね……」
「ああ、お構いなく……」
そう言われても、おばあさんは黙々とヤカンのお湯を温めている。
「こちらに御巫さんというお家があると思うのですが……」
「御巫さんね、あなた、あのお家の知り合いの方?」
おばあさんは小さな目を少し見開いて、祐介の顔を眺めた。
「ちょっとした知り合いでしてね。お兄さんと一度、会ったきりですが……」
「あのお家はね、ご不幸があって、つい何日か前、七回忌の法事があったのよ……」
おばあさんは少し何か恐ろしいことを思い出したように言った。それをはぐらかすように、
「さあ、お饅頭はこれよ。茶色いのと白いのがあるから、どっちも美味しいけどね。こし餡は茶色よ」
温泉饅頭を見せる。しかし、観光客のいない村のことで、とうに冷えた饅頭が箱に入れられていた。
「どちらも好きですが、こし餡の方をいただきましょう」
「一個、百円よ。八個入りで八百円。十二個入りで千二百円なの」
「今日はまだ東京に帰りませんので、一つだけ下さい」
なかなかケチな一言である。ケチのついでにもう一言。
「御巫さん家のお兄さんには、妹さんがお二人いらっしゃるそうですね」
「そうね。日菜ちゃんと月菜ちゃんだけど。ずいぶん、長い間、違うところに住んでいたらしいけど、この七回忌で村に戻ってきたのよ……」
「巫女さんらしいですね……」
おばあさんは返事をしないで、お茶を入れると、祐介に差し出した。祐介は一口、お茶をすすった。清々しくて深い渋みが口の中に広がっては消えていった。
「恐ろしいこと……」
おばあさんはぼそりと呟いた。祐介は少し驚いて、おばあさんの顔を見た。
「あそこのお家は今、恐ろしいことをしようとしているのよ。あなた、信也さんの知り合いって言ってたわね。だとしたら、あなたからも止めてほしいわ。今、御巫家では、亡くなったお母さんの霊を、娘である月菜ちゃんが口寄せしようとしているのよ……」
おばあさんは何か恐ろしいものを見たように、ふらふらと椅子に座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとめまいがしたわ。月菜ちゃんがもし口寄せをしたら、その時にはきっともっと恐ろしいことが起こって……」
すると、部屋の奥からおじいさんが出てきた。
「……なんだ。お前、またそれを言ってるのか。お客さんに失礼だろう。それに、人様のお家のことをとやかく言ってちゃいけないよ……」
おじいさんはやれやれといった調子であった。
祐介は二人にお礼をいうと、その土産屋から出て行った。どうも、村人の中で、妙な噂が立っているものらしい。
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