死んでも治らない病

紫乃

死んでも治らない病

 男は横たわっていた。節々に痛みを感じ、うまく手足を動かせない。懸命に目を開けようとするも、それすらも儘ならない。このまま死ぬのか。男がそう思っていると、誰かの悲鳴が聞こえて駆け寄る足音が耳元で聞こえた。


「大丈夫ですか!?意識をしっかり……」


 そこで男の意識は途絶えた。


 次に男が目を覚ました時、彼はベッドの上にいた。痛みもなく、何の弊害もなく瞼も開けられた。白で統一された空間に男はポツンと残されていた。そこに白衣に身を包んだ一人の医師らしき人物と二人の看護師らしき人物がやって来た。


「あの、すみません」

「うーん、改善しないな。今何回目だっけ?」

「確認します」

「あの」

「大丈夫ですよ。きっとこれが最後になるはずですから」


 何かを確認すると三人はそそくさと部屋を出ていった。その後も誰か来る気配はなく、男は知らぬ間に眠りについた。


 ふと目を開けると、そこはビルの屋上だった。ここから飛び降りたらだろうかと男は考えた。無意識のうちにフェンスをよじ登り、淵にたった。不思議と安らいだ気持ちになった。男には死ぬ理由もなければ、また生きる理由もなかった。飛び降りる瞬間なら生きる意味を見つけられるだろうか。生きているという実感を得られるだろうか。男はその考えに一つ頷くと、何の躊躇いもなく飛び降りた。


 男は気がつくと、再びベッドの上にいた。周りを見渡すと全てが真っ黒な部屋だった。白衣に身を包んだ医師らしき人物が笑いながら入室してきた。


「あなた、またいったんですか」

「いったってどこへ?」

「皆そうやって言うんです。は忘れちゃうらしいんで思い出せないんですねえ。生きる疑似体験、流行りすぎて困ります」

「は?」

「だから、生きる疑似体験。皆元々死んでるんだからあなたも含め皆死ねないんです。生きている人だけが死ねるのにね。生きている感覚をもう一度味わいたいってことでビルの屋上から飛び降りる脳内再現型疑似体験イベントが多発してるんですよね~。天使どもめ鬱陶しい。変なモノを開発しないでいただきたいです。お蔭でこちらはいい迷惑ですよ。死ねないって言ったってショックは受けるから暫く使い物にならないんですよ。しかも癖になってるみたいで、死者は無意識のうちにまたそのイベントに没頭するんですよ、あなたみたいに」


 男が自分が既に死んでいるという事実に驚いていると、医師らしき人物は男の反応に構うことなく続けた。


「ついでに言っておきますとね、死者が疑似体験をする度に部屋の色が白と黒、交互に変わるように配慮してるんです。だって、そうじゃなきゃ、どれだけ重症かこっちがわからないでしょう?あなたはそうですね……」


 医師らしき人物は手元に持ったバインダーを見て男に向き直った。


「おめでとうございます。あなたは100回生きる疑似体験をされたようです。本当に生きたいという病は治りませんね。100回体験した死者は魂をもう一度刈る規則なんです」


 医師らしき人物はいつの間にか黒い部屋でも不思議に輝く銀の鎌を片手に携えていた。


「良かったですね。今度こそ疑似ではなく、ちゃんと死ねますよ?」


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