第九章 真実

 探偵にでもなったような気分だ。

 そもそもは羽子うずとの活発なコミュニケーションを取り戻すために動いているに過ぎなかった。

 しかし、そのことで羽子から悩みを打ち明けられる立場になり、その対象たる冠奈かんなに話を通しに行ったら雨傘あまがさの壮絶な過去についての苦悩を聞かされ、その苦悩の真相を知るべく雨傘と話をしたら、夢にも見ていなかった真実が明らかになった。

 ――そしてその真実は、私にもう一つの異なる真実を思い描かせるに至った。

 気がつけば、情報がよりシリアスな情報を呼び、それらに導かれるようにして方々を深々と話し込んで回っている。


 いわゆる探偵と違うところといえば、すべてが流れに任せてのことであり、印象と直感によってのみ成り立っているというところか。

 本物の探偵だったら、もっと物事の道筋を知性と論理で突き詰めていくのだろう。

 しかし気分だけで言わせてもらえば、私はいまほとんど探偵である。

 ――そしてそのエセ探偵が、いま一人の人物にスポットを当てている。

 私は洗濯物を乾燥機から取り出して運び出そうとしている彼女のところへ出向き、心の準備を整えてから一言――できるだけ普段の響きを損なわないように、声をかけた。

糸氏いとうじさん。ちょっといいですか?」


 ◆


 私の部屋に糸氏さんを招くことは普段まずない。

 この時点で糸氏さんは恐らく、私が何かいつもとは違う特別な話をしたがっていることを察したのだろう。常日頃から引き締まった表情を変えることのほとんどない糸氏さんだが、いまはその顔がよりいっそう深刻な雰囲気を醸し出している。


「突然すみません、仕事中だったのに」

「いえ、それは構いません」と機械的に糸氏さんは言った。「それで、私にどのようなご用でしょうか」

 私は入念に準備した話の順序を思い出しながら、ゆっくりと口を開く。

「昨日、ちょっとした話の流れで、雨傘から聞きました。付き人の皆は――お父様を相手に、特別なお務めに従事していると」

「……雨傘が、それをお嬢様に漏らしたのですか?」

「雨傘を責めないであげて下さい」私は雨傘を庇う。「彼女のほんのわずかな失言を、私が無理やりこじ開けて聞き出したことなんです」

「お務めの件は他言無用と厳命されています。ましてやお嬢様にそれを話してしまうなど、言語道断です。明らかに去就にかかわる問題ですが――」

「そのお嬢様からのお願いです。許してあげて下さい」


 糸氏さんは表情を変えないまましばらく黙っていたが、やがて諦めたようにぽつりと言った。

「――彼女の問題についてはあとで考えます」

「ありがとうございます。……それで、そのお務めの件なんですが。正直、私はかなりショックを受けました。付き人としてずっと身の回りの世話をしてくれていたほこらが、お父様と……そんなことになっていたなんて。こんなことを考えてはいけないんでしょうけど、ほんのちょっとだけ、祠とお父様が――汚い存在に思えてしまいました」


「世間の道徳観とは、確かに多少異なっているとは思います」と糸氏さんは言った。「ですがくれぐれもその世間の道徳観だけで旦那様を推し量らないようになさって下さい。旦那様はそのような小さな括りには留まらないお方です。あのような方は世の中にそうそういるわけではありません」

「……でも」

「奥様のことも深く愛しておられます」糸氏さんは私に話す間を与えずに続ける。「いわゆる浮気と捉えておられるのだとしたら、それは改めて下さい。旦那様には俗人には計り知れない深く広い愛情がございます。私達付き人は、その愛のひとかけらを頂戴しているのです。それは身に余る光栄ですし、何者をも傷つけるものではありません」


「……お母様は黙認しているみたいに見えるって、雨傘は言ってました」

「奥様も旦那様の器は理解しておられます。そのことでお心を痛めておられることは無いはずです」

 そういうものなのだろうか。それで納得してしまっていいものなのかどうか、私には判断がつかない。私は俗人なのだ。そして――。

「姉さんは、糸氏さんと仲が良いですよね」

 私は言った。とても唐突であることを理解しながら。

「――そうですね。冠奈お嬢様は昔から私によく懐いて下さっております」

「すごくすごく、仲が良いですよね。……普通じゃないくらい」

 少しの静寂がある。

「……普通というのがどのくらいの仲を指すのか、少々測りかねるので何とも言えません」

「姉さんは」と私は言った。「糸氏さんのことが好きなんですよね――恋愛対象として」


 糸氏さんがじっと私の目を見つめてくる。

 責めるのでもなく、反駁するのでもなく、ただ純粋に私の意図を少しでも正確に読み取ろうとしているように見えた。

 私も負けずにまっすぐな視線を返す。そこに一切の他意がないことを示すために。


「姉さんの将来の夢、前から気になっていたんです。ある時期から急に言い出して、それからはやけに必死にというか、ほとんどむきになっていて。何となくこう思ったことがあったんです――まるで自分のことのような言い方をしてるな、って」

 糸氏さんは黙っている。私は続ける。

「ここ数日、いろいろなことを知る機会がありました。それで驚いたりへこんだり、個人的に忙しかったんですが……一つだけ私の中で繋がった仮説が生まれました。これはその前提となることです。……私の読み、外れていないですよね? 姉さんには糸氏さんに対してそういう気持ちがある」


「……そうですね」と糸氏さんは認めた。「とても畏れ多いことですが、そのようなお気持ちを打ち明けられたことはあります」

「姉さんとは――特別な関係なんですか?」私は勇気を出して訊ねる。少なくとも私には非常に勇気の要る質問だった。

 糸氏さんはゆっくりと瞬きをしてから、静かに言った。「主と付き人という関係は特別なものです。しかしそれ以外の意味での関係はありません」

「断ったわけですね」

「私は付き人です」糸氏さんはあくまでも表情を崩さない。「仕えるお嬢様にそのような感情を抱くことは立場上、許されません」

「それが姉さんを悲しませるとしてもですか?」

「とても残念ですが――そのような可能性も覚悟してのお仕えです」

「その姉さんが」と私は言い、少しの間を置いてから――文字をなぞるように言った。「もし糸氏さんとお父様の関係を知ってしまったら――たぶん私のショックなんかとは比べものにならないくらい、激しいショックを受けるんじゃないかと思うんです」


 糸氏さんは背筋をぴんと伸ばしたまま、静かに目を閉じた。まるで瞑想しているかのように何事かを考えている。彼女にしては珍しく、何かについてすべきかすべきでないかを、とても悩んでいるように見えた。

 その時間を壊してはいけない気がして、私は何も言えずにただ見守る。

 ……やがて糸氏さんは目を開くと、使命を帯びたようにすっと立ち上がり、私を見つめた。

「お嬢様。申し訳ありませんが、私に付いてきていただけませんか」


 ◆


 糸氏さんに連れてこられたのは、他ならぬお父様の書斎の前だった。

 この世界に来てからというもの、この部屋の管轄は糸氏さんになっている。他の人は――初日に銀見ぎんみさんが入ったのを除いて――誰一人入っていない。

 糸氏さんがそっと鍵を開け、ドアを開いて私を中へと促す。私は導かれるままに、その禁断の部屋に足を踏み入れる。


 久しぶりに見たお父様の書斎には、特に変化らしきものは見られなかった。部屋には机と本棚、それから仮眠用の寝室へと繋がるドアがあるだけだ。

 糸氏さんが掃除をしているだけあって、机にも埃一つ見当たらない。いまにもお父様の声が聞こえてきそうな様相である。

 糸氏さんがドアをゆっくりと閉める。そしてそれが合図であるかのように口を開いた。

「……この世界に初めてやって来た日、私は奇妙な夢を見て目を覚ましました」

「夢、ですか」

「はい。その夢の中で――私はこの奥にある寝室のベッドで、旦那様のご寵愛を受けておりました。いつものように」


 顔が少し熱くなるのを感じる。ベッド、と言われると話が途端に生々しくなる。

「その最中、このドアが開き――冠奈お嬢様が入ってこられました。旦那様と私が驚いたのは言うまでもありません。書斎の鍵は旦那様の他には銀見さんしか持っていないのですから、冠奈お嬢様が入ってくることは通常ではあり得なかったのです」

「鍵のくだりは、現実の通りってことでいいんですか?」

「はい」と糸氏さんは頷く。「お嬢様は裸で繋がったままの私達を見て、背中に回していた手を差し出しました――その手には包丁が握られていました。厨房から持ってきたものだったのでしょう」

 包丁。私の中で何かが引っかかる。

「旦那様と冠奈お嬢様のあいだで、しばらくのあいだ激しいやり取りがありました。激高する冠奈お嬢様を、旦那様は懸命に宥めておられましたが、それ自体がさらに冠奈お嬢様の火に油を注ぐ結果となりました。恥ずかしながら私は、傍らでそれを見ていることしかできませんでした。お二人を止めようにも、どのような言葉をもって止めに入ればいいのか、まったくわからなかったのです」


 それはそうだろう。冠奈の立場から考えれば、それは二重のショックだ。

 お父様がそのような行為に及んでいたこと。そして想い人である糸氏さんが、他ならぬその相手の一人であったこと。

 それを考えれば、糸氏さんが弁解の言葉を持つことはできないだろう。


「そうこうしているうちに――冠奈お嬢様はとうとう、旦那様を刺してしまわれました」

「うわ」

「刺したといっても、命に別状のある感じではなかったのですが――しかし床には決して小さくない血だまりができました。それを見て、冠奈お嬢様はやっと我に返ったのか、ご自分でお持ちだった包丁を怯えるように投げ捨て――その場にうずくまって震えだしました。私は救急車を呼び、それから銀見さんに、旦那様に付き添うよう連絡をしました。旦那様は病院へ運ばれていき、私は茫然自失とする冠奈お嬢様をこの部屋でずっとお慰めしておりました」


 糸氏さんはそこまで話すと、もったいつけるように大きな間を置いた。

 私は何も言わずに続きを待った。糸氏さんが間を置くのなら、それは間を置くだけの必要のあることなのだ。


「――そこで目が覚めました。明け方の、というより深夜の四時頃だったと思います。そうしたら周りの世界は、このようになっていました」

「はー」と私はため息に近い声を漏らす。「何だか、妙にリアルな夢ですね。出来事は確かに突飛だけど、夢に特有の変な設定が出てこないというか、事実の通りで」

 糸氏さんはゆっくりと寝室へ続くドアへ向かう。そしてそれをゆっくりと開ける。

「……お入りになって下さい」と言い、糸氏さんは先に暗い寝室の中へと姿を消す。すでにカーテンが閉められているのか。

 私は言われるままに糸氏さんの後に続いて寝室へ入る。

 糸氏さんがぱちんと明かりをつける。

 急激に視界は開け――私は真正面からそれを見てしまった。

 灰色のカーペットに、赤い池のようにへばりついた――血だまり?


「糸氏さん」と私はほとんど自動的に口にしていた。「これって」

「はい」と糸氏さんは言った。逆にいつもより淡々としていた。「私が夢で見た、そのままの血だまりです」

「だって、最初の日、銀見さんはそんなこと一言も」

「彼は、忘れてしまっているのです」

「そんなわけ――」


「この血だまりを見つけた私と銀見さんは、もちろん慌てました。言うまでもなくこれは皆に伝えなければならない優先事項です。しかし」糸氏さんはそこでいったん区切る。「この寝室を出た直後、彼の態度が一変しました。まるで何も特別なものなど見なかったかのように、ここにもおられなかったな――と述べただけだったのです。……お嬢様」

「何ですか?」

「一歩だけ、この寝室から出てみて下さい」

 私は言われるままに寝室から一歩ぶんだけ外に出る。

「はい、出ました」

「これをどう思いましたか?」と糸氏さんは部屋の奥を指差す。その先に何があるのかはここからは見えない。

「これって何です?」と私は訊ねた。

「……入ってきていただけますか」


 糸氏さんに言われるまま、私はまた寝室に入る。

 ……その途端に思い出す。これとは血だまりを指しているに決まっているではないか。

 あまりの奇妙さに私は言葉が出なかった。


「やはりそうですか」と糸氏さんは言う。「恐らく私以外の皆さんは、この部屋を出ると、ここでの冠奈お嬢様の凶行について、すべてを忘れてしまうのです」

「……なんで、糸氏さんだけ」

「それは恐らく――いまも、私がこの寝室に冠奈お嬢様と二人でいるからでしょう」

 それって。

 つまり。

「じゃあ、夢の内容は事実で――ここはやっぱり、姉さんの意識の中?」


「……祠が様々な仮説を話してくれたとき、私は確信しました」と糸氏さんは言った。「ここは冠奈お嬢様のお心の内側なのだと。そしていまこの屋敷にいる冠奈お嬢様は、ご本人が作られた、すべてを忘れたコピーなのだと」


 証拠、とまでは言えないだろう。理屈をこねれば、他にも様々な可能性を持ち出すことはできるはずである。

 しかし――少なくともこれはもはや、単なる仮説の一つではない。

 だとするなら冠奈は……あの和やかな一家団欒の夕食のときにはすでに、包丁を持ってこの部屋に殴り込むことを画策していたというのだろうか。

 確かに私なんかよりは表っ面を取り繕う技術のある人だとは思っていたが、そこまでは――考えたこともなかった。


「姉さんの……現実を否定する気持ちが作り上げた世界ということですか」

「あるいは、もっと純粋な混乱が力の源かもしれません。いずれにせよ荒唐無稽な話で、私ごときには細かな説明をつけることは不可能です。しかし冠奈お嬢様の世界であるという一点についてだけは――私の中では決着がついています。私には祠のようなお伽話の蓄積はありませんが、恐らくそう考える以外に、考えを詰めていくことはできないのではないでしょうか」


「……それは、そう思います」私は素直に認める。「でもそうだとして、私達は何をすればいいんでしょうか。たとえば、姉さんにこの部屋を見せたらどうなるんでしょう」

「私もそれは考えました。冠奈お嬢様をこの部屋に導くことが解決の手段なのではないかと。しかし同時に、私はそのことを強く警戒もしました。どう言えばいいのでしょう――それをしてしまうと、むしろこの世界はより頑なに閉ざされてしまうような気もしたのです」


 その感覚は、何となくわかる。

 この世界が冠奈の逃げ場であるならば、力づくで冠奈からそれを奪うような真似をすることは、悪い意味での破壊に繋がるように思える。


「私なりの考えとしては」と糸氏さんは言った。「第一に、現実の私が冠奈お嬢様を落ち着かせ、説き伏せるのを待つことが必要なのだと思います。――あの時計を見て下さい」

 糸氏さんの指差す先には、一台の古い壁掛け時計がある。

 時刻は――十二時二十三分。いまは夜の十時半だ。進んでいるにしても遅れているにしても、差が大きすぎる。

 ――よく見ると秒針が止まっている。


「電池が切れているんでしょうか」

「私は昨日もこの寝室に入りました」と糸氏さんは言った。「そのときには十二時二十二分を指していました。その前に入ったときはさらにもう少し前の時刻でした。この時計は動いています」

「え、だって秒針が」

「どうやらこの部屋に人がいる限り、時計は動かないようです。そして――この時計が示しているのは、恐らく現実の時刻です。一日にこの時計の針が進む量と、この世界に来てからの時間を計算すると、件の出来事が起きた時間帯と、ぴったり一致するのです」


 現実の時刻。


「もしそうだとすると、ええと……この世界は現実に比べて、ものすごく速く時間が流れているということですか」

「私はそう考えます。大雑把にここの一日を現実の一分と仮定するなら、実際にはまだ二十分ほどしか経っていないことになります。恐らく私はまだ、酷く混乱し怯えておられる冠奈お嬢様のお側で、懸命にお気持ちを鎮めようとしているのでしょう」

「それが功を奏するのを待つしかない、ということですか」

「ですが、この世界における我々の行動が、まったくの無意味だとも思いません」糸氏さんは言い、じっと私の目を見た。「特にお嬢様のなさっていることには大きな意味があるはずだと、私は勝手ながら思っていました」

「私の?」

「はい。羽子お嬢様のお心を開いたり、雨傘を冠奈お嬢様と打ち解けさせようと奔走しておられることです」

「奔走」と私は復唱する。「まあ奔走というか――うん、そう言われればそんな感じなのかもしれませんけど。それが関係あるのかな」

「私はあると思っています。冠奈お嬢様の――この世界の主である冠奈お嬢様のお心に、それは必ずや良い影響を与えているはずです。それこそが、我々がこの世界でできることなのではないでしょうか」

「……内と外から、姉さんを宥めるわけですね」と私は冗談っぽく言った。「姉さんのお守りをするのは初めてだな、私」

「冠奈お嬢様は遠からずご自分を取り戻します」と糸氏さんは断言する。「そのときこの世界の我々がどうなるのかはわかりません。しかしそれが目指すべきところなのだと私は考えています」

「――話はわかりました」


 私はお父様のベッドを見る。

 この件の、恐らくは元凶となったのであろう行為が幾度となく行われた場所。私ですらそこに歪んだものを感じてしまうのだから――冠奈の胸中はどれほどのものだったのだろう。

「でも」と私は言う。「私、いまの話のうちの一部分を、この部屋を出ると同時に忘れてしまうんですよね」

「残念ながらそうなるでしょう。お嬢様がこの部屋に入る前から抱いていた疑念にも、多少の変化があるかもしれません。少なくともこの血だまりが示す私の夢の意味と、そこから導かれる話についての記憶は、冠奈お嬢様の都合の良いように書き換えられてしまうものと思われます」

「もし私とこの話がしたくなったら、また私をこの部屋に呼んで下さい。これから先、何か進展があるたびに、この話と照らし合わせて考えを進められるかもしれません」

「承知しました。そのようにさせていただきます」

「じゃあ――出ましょうか」


 私は言い、書斎と寝室の境界の前に立つ。

 ここを踏み越えてしまえば、私はまた、せっかく近づいたように思えた真実から離れてしまうことになる。

 うまくやりなさいよ――と私は一歩先にいる自分に言い聞かせる。あんたの仕事は、姉さんのために良き絆を作り上げることなんだから――。

 私は境界を踏み越える。


 すぐあとに糸氏さんも寝室から出てきて、彼女はゆっくりとドアを閉めた。――結局、寝室にはこれといった発見は見られなかったわけだが、話に聞くお父様のベッドをこの目で拝んだだけでも、何となく自分の中で割り切りがついたような気がした。

「あのベッドで――その、していたんですよね、いつも」

「――はい」

「祠も」

「そうです。どちらをお望みかは旦那様がその日によって決めることでした」

「もしかして……両方、とかもありました?」

「ありました」

 顔が熱い。恐らく私の顔はいま真っ赤になっているに違いない。

「たぶん、姉さんが知ったらショックを受けたと思う」と私は言った。「それこそ、糸氏さんの夢みたいなことが起きてもおかしくないんじゃないかなと――そんな気がします」

「……そうですね」

 糸氏さんは言った。その顔はどこか寂しげで、諦観のようなものが見て取れる気がした。

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