第60話 女神見習い、ギルド公認になる 〜side マルガス〜


 少しめんどくさそうに商業ギルドへ向かうエナを見送った。紹介状があるから面倒なことにならないと思うがエナだけに少し心配だ。

 サブマスも満足したのか扉をバーンッと開けてどこかへ行ってしまった……はぁ、あの癖はなんとかならないものか。いつか扉が壊れたらサブマスに弁償させよう。

  

 「まったく、エナと出会ってから話題に困ることがないな……」



 彼女と初めて会ったのはいつのことだったか……確かカーラに頼まれて同席したことがきっかけだな。


 ファルシュ草を持ってきたかと思えば簡単にファルシュ草を株ごと採取してきたエナ……さらに俺の鑑定を弾いた時は冷静を装ったが内心ではかなり驚いた。  

 ギルマスに早くランクを上げるように要請したのもこの後からだったか。


 エナの持ち込んだポーションを飲んだときは衝撃だった。それと同時にこれなら妻が飲めるかもしれないという希望が湧いた。エナを部屋に残しギルマスへ頭を下げてエナのポーションを個人的に買い取ることになった。あの時ほど、忙しいギルマスがいてくれてよかったと思ったことはない……そうでなければこんなに早くポーションを妻に飲ませることができなかっただろう。

 この時、エナの鑑定のことも分かったが……もはや驚かなかった。


 あれからギルド職員権限で優先的にエナのポーションを買い続けた結果……妻も以前よりぐんと元気になり最近では起き上がれる時間が増えた。

 今では時々台所に立てるようになり息子共々喜んでいる。

 エナには本当に頭が上がらない。エナが困っているときは出来るだけ力になりたいと思う……ただあいつ色々無意識にやらかすからなぁ。



◇ ◇ ◇



 俺やカーラの話題に上るエナにサブマスまでもが興味を持ちはじめた。


 ある時はBランクの薬草採取の依頼の素材を持ってきたり……あの時、俺がサブサスを呼んだ理由はひとつは俺だけで抱えるにはエナがやばいことと、もうひとつはサブマスを呼ばなかった場合に後でそのことを知ったサブサスが何をしでかすかわからないから。

 最初から巻き込んでおけば大ごとにはならないとこの数年で学習した。今になってもそれは正解だったと思う。


 かなりエナのことを気に入ったようで、それからというもの仕事を放り出してエナにちょっかいを出すものだから周りの職員が困っている。

 ただ、これを邪魔すると余計に仕事が増えるので何もしない。

 サブマス、やる気になったら仕事が早いんだけどな……



 またある時はロウトなるものが欲しいと言い出した。

 見たことも聞いたこともないロウトを考えつくエナには感服する。

 公認瓶(ガラス)職人のドネルが気の毒なほど振り回されていた。サブマスの眼がギラリと光った時は経験上、止めても無駄だ。というか、止めたらこちらへの被害が倍以上になる。

 苦労してヘロヘロになったドネルだが、特許料がかなり入ったから損はしてないはず。


 「マルガスさん、もう少しエルネストを諌めてくれてもいいと思うよ?」

 「……幼馴染なんだろう?ドネルに止められないものを俺が止められるはずないじゃないか。諦めてくれ」

 「そうだよなー……メリンダにチクってみようかな」


 ドネル……サブマスの奥さんにチクるのは勝手だが、それは悪手だと思うぞ……



 ほぼ同時進行でサブマスがエナの口座を作っていたようだ。これは多分エナがこれから先もなにかとやらかす可能性を見極め、先手を打ったんだろう。サブマス、こういうときに限っては見習いたいほど仕事ができるんだよな……

 ロウトはギルドとドネルとエナの共同で特許を取得し、それぞれに特許料が振り分けられた。

 エナがサブマスに全てを任せたおかげでギルドにも特許料が転がり込んだ。これによりエナの評価が上がったのはいうまでもない。

 ロウトは画期的でこれからもかなりの売り上げが見込めるだろう。



◇ ◇ ◇



 ギルドへ来るたび次々とやばいものを持ち込むエナ。

 トレントとかブラッドベアとか……今回の宝珠の花もそうだ。

 目立ちたくないと言いつつほんとは目立ちたいんじゃないかと疑ってしまうほど次々と持ち込んでくれる。

 ため息とともに刻み込まれた眉間のシワが深くなったのは絶対にエナとサブマスのせいだ……


 宝珠の花だって、いくらサブマスのリストにあるからって易々と持ってこれるものじゃない。

 というのも実は、当初宝珠の花の採取が掲示板にも張られていた。

 だが、高い報酬目当てにこれを無理に受けて怪我をしたり行方不明になった冒険者(後日ボロボロで街に戻る)が続いたので仕方なく掲示板に貼ることをやめていた。

 それからは指名依頼扱いにして、失敗しても罰なしなど対策を講じたものの……それでも依頼は達成できず、時間が過ぎていった。


 事がことだけにサブマスもエナが持ってきたらラッキーぐらいの気持ちでリストに載せたんだと思……いたい。

 王妃の病のことはギルドではのギルマス、サブマスと俺しか知らない秘密事項だ。

 俺が知っているのは宝珠の花を採取した経験があるからだ。かつて命からがら採取した場所が確率として1番高いので俺も覚えているかぎりの情報を提供した。それが役に立つかは別として……


 なかなか進展がないことに焦れた第3王子が隊を率いてきた時は驚いたが、無事に宝珠の花を持ち帰ったと知りホッとした。

 公認のじいさんも最後の大仕事としてあの調合をきっちり済ませ引退してしまった。


 この街には公認のポーション職人がそのじいさんひとりしかおらず、かなり高齢で体調を崩しがちになり……今までのように大量に納品できなくなった。腕は確かなだけに残念だ。


 つまり、いまこの街に公認ポーション職人がいなくなっちまった。さすがにギルド公認ポーション職人がゼロになるのはギルドの面目が立たない。



 エナはどんどんランクを駆け上がり今ではDランクだ。ま、すぐにCランクになるんだが……


 というのも、美味いポーションを作るエナに白羽の矢が立つも公認は実質Bランクと同等(指名扱い)なので、エナのランクが最低でもCランクに上がっていなければいけなかったのだ。

 そのため、公認の見込みがあるものはギルマスの裁量でランクの上がりが早い……エナはそれにしても早いが。

 しかし、しっかり依頼をこなさなければ見込みなしと判断されるのだが、エナは依頼を失敗したこともないしギルドからの評価も高く、信頼も厚い。

 本来ならもう少し実績を積んでから話を持ちかけようと思っていたが、こちらの事情も重なり早々に公認の話を持っていくことになる。

 他にも候補はいたが、公認の審査はギルドでの評価やポーションの出来、普段の態度など総合的に厳しくチェックされる。

 もちろん、今まで納品されたポーションの抜き打ちチェックなども行なっており、ポーションを大量に納品できるエナが最有力。なんてったって味が段違いに美味いしな。



 その間にもじわじわとエナのポーションが浸透していき、冒険者の中でエナが作っているんではないかと噂になっていた……まぁ、本人は全く気づいていないけどな。感の鋭い奴はエナがギルドへ来た次の日の朝一で売店へ並ぶほどだ。

 そりゃ、毎回のように奥の部屋へ行ったあと職人不明のポーションが入荷すればバレるわな。

 まぁ、サブマスはエナを囲い込みたいためにそれを狙ってたみたいだけどな……


 やや強引ではあるが、エナが公認職人になるとともにCランクになった。


 「そうだ、念のためお願いしておきます。目立ちたくないのでこれ以上はランク上げないでくださいね」

 「お前の行動次第だと思うぞ……まぁ、公認ならほぼBランクと同等の扱いだしな」

 「えっ……聞いてないですよ」

 「あれ、エナくんに言ってなかったかな? 公認は指名依頼扱いだからほぼBランクなんだよ」


 エナ、スルーしようとしてるが丸わかりだぞ……時々こんなにわかりやすくて騙されやしないか、大丈夫なのか心配になる。娘を持った親の気持ちってこんな感じかもしれない……いや、嘘だ。こんな娘、俺の手には負えない。


 公認ポーション職人が誕生したことによりギルドの面目も保たれた。やはり、安定して供給できるかどうかは重要だからな。

 ただ、今日のうちに取り決めの2回分もマジックバッグから出された時にはため息しか出なかった。これ、管理するのは俺の役目なのか……はぁ。

 それにエナのショルダーバッグ、俺が鑑定してもマジックバッグ(小)としかわからないのに……あの容量は明らかにマジックバッグ(小)じゃない……はぁ。考えるだけ時間の無駄か。


 「なんたってエナだからな……」

 



◇ ◇ ◇




 「おいおい、あのじょーちゃんランクアップ早すぎじゃね?」

 「ばっか、お前ブラッドベア、ソロでいけんのか?」

 「……ま、まじかよ」

 「ああ、なんたってあのサブマスが気に入ってるらしいぞ……手ぇ出したら……わかってるよな?」

 「「「おぉ……」」」


 身震いをしながら手を出さないと誓うものたちもいれば、遠目から興味深そうに見つめる者もいた。


 こんな会話が囁かれるようになったのもつい最近だ。なぜなら信用できるものにブラッドベアのことを俺が流したからだ。


 サブマスの指示だったが、これにより変に絡まれることはないはず……ましてや絡んだりしたらサブマスのお仕置きに加え2度とエナのポーションを買えなくなるのだからよほど頭が悪くなければわかるだろう。

 ま、それを信じず絡むやつはサブマスにトラウマを植えつけられ不味いポーションを飲めばいい話だ。

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