第61話 女神見習い、ギルド公認になる 〜side エルネスト〜


 僕は冒険者をしていたわけではなくギルドに就職した叩き上げだ。


 商家の4男として生まれた僕は変わった子供だったらしい。

 娘が2人と息子が3人の子宝に恵まれた両親はこれ以上増やす気はなかったらしく想定外で生まれたのが僕だ。だから、1人だけ歳も離れていた。

 兄姉はもうほとんどが成人して結婚していたり家を出ていたので、僕には一家団欒とかそういう記憶はない……そのうち兄さんに息子も生まれ後継にも困ることがなくなりスペアのスペアのスペアだった僕はますます孤立していった。


 両親は手を広げたばかりの商売に忙しくてあまり家にいない。家にいても僕のことを持てあましているのが子供ながらにわかった。

 愛情がないわけじゃないけど、余裕がなかったんだと思う。だからほとんど通いの家政婦に育てられたようなものだった。

 

 そのうえ僕はなぜか勘が働き、いいことや悪いことを当てられたんだ。それは気味が悪いほど。

 かといって何かスキルがあるわけでもなく……みんなが腫れ物に触るようにする中、変わらず接してくれたのは家政婦だったドネルのお母さんとドネル、そして近所に住む幼馴染のメリンダだけ。だから彼らは特別なんだ。大切にするし、僕たちの子供にも愛情をたっぷりと注いだ……子供が成人した今では子供達にその愛情が重いとか言って少しウザがられてるけど気にしない。孫が生まれたらきっと同じように愛情を注ぐ自信もある。


 ギルマスは僕の特異性を分かった上で受け入れてくれてるし、その方向が犯罪に向かなければ黙認してくれてる。個人的にはギルマスがいたからサブマスにまでなれたと思ってる……本人には言ってないけどね。

 まぁ、初めて出会った時はギルマスは知らない人がいないほど有名な現役の冒険者で、ギルド職員と冒険者という関係だった……懐かしいな。

 彼が引退してギルマスになる前はギルドでもやっぱり少し浮いてたと思う……仕事はできたから多少のことは受け入れられていたのが幸いだった。

 

 部下のマルガスもかなり肝が座っていて仕事ができるから余計に、僕のことを厄介で変な上司と思ってるみたい……実際彼の口から聞いたから間違いないと思うよ。そんなことを悪意なく面と向かって言ってのける彼も結構面白いよね。


 僕が初めて彼女にあったのはマルガスに呼ばれてついていった時かな? ちょうど書類仕事に退屈してたし、マルガスやカーラの話題に上がることもあったから興味本位で会ってみることにしたんだ。


 エナくんは物凄い美人さんなのにそれを振りかざすでもなく、特に自分がすごいことをしている自覚もなかった。

 カマをかけてみたら簡単に引っかかるところも嘘が丸わかりなところも新鮮で……なんか、彼女についていれば面白いことがたくさんあるって気がしたんだよね。僕の勘はよく働くからきっとこれも当たるはず。

 思わずギルドにあったらいいなーって思う薬草をリストにして渡しちゃったよ。


 ふふふ、楽しみが増えちゃったな……



◇ ◇ ◇



 「ねぇねぇ、ドネル。面白いもの作ってみたくない?」

 「エルネスト……俺、納期が迫ってるんだが……ギルドの」

 「うーん、それはまぁ頑張ってよ。でねー、面白いものっていうのはねぇ……ロウトっていうんだけど」


 エナくんの書いた紙を見せながら説明していく。


 「ほら、これすごい便利そうでしょ?」

 「……ああ、確かに」

 「面白い子がいてね、その子のアイディアなんだ」

 「ふーん……エルネストが気に入るとは珍しいな」

 「だよねー……で、特許とかも全部僕に任せてくれるみたいでさ、ドネルにも1枚噛ませてあげようかと思ったんだけど、どう?」

 「はぁ……なぁ、それ俺に拒否権は?」

 「ないよねー」

 

 ドネルはいつものことだと深いため息をついて


 「わかった。ギルドの仕事が終わり次第作ってみるわ」

 「うん、最優先でよろしくー」 

 「……そういや母ちゃんがたまには顔出してほしいって言ってたぞ」

 「そっか……じゃ近いうちにおばさんの大好きなパイ持って行くって伝えといて」

 「おう」


 あ、そうだ。ついでにエナくんの口座も作っておかなくちゃ。

 これからも何かしら面白いことしてくれそうだし、口座があれば勝手に特許料入れておけるもんね。



◇ ◇ ◇



 あれ、結構無理なものをリストにした自覚があるだけに彼女が持ってきてくれるとなんだか愉快な気分だ。

 持ってきたらすごいなーって思ってただけにワクワクしちゃうよね。

 今では貴重な薬草はほとんどがエナくんの持ち込んだものでまかなわれていると言っても過言ではない。

 そのおかげでギルド支部の評価が上がって珍しい薬草を探すときにはまずランヴィ支部に声をかけることが日常化した。


 「ふふふ、やっぱり僕の勘は正しかった……」

 「サブマス、人の真後ろでブツブツ言わないでくださいよ」

 「あ、ごめんマルガス。ちょっと思い出し笑い」

 「はぁ……」


 ファルシュ草の株なんかは研究者からひっきりなしに依頼が来てるけど、いつからか掲示板には状態によるって文言が付け足された。

 だって、エナくんの持ち込む株とほかの株は新鮮さが全然違うんだ。

 研究者が求めているのはエナくんの株であってそれ以外を渡そうものなら苦情が来てしまう。

 だから、エナくんの持ち込む株くらいの状態ならこの額、それ以外はこの額って分けてるんだよね……安い方でも欲しい人はいるし、ギルド的には手間だけど優秀なマルガスがきっちりやってくれてる。いやー、優秀な部下っていいよね。



 勝手にお茶を入れてのんびり飲んじゃうエナくん、かなり面白いよね。普通はみんな出されたお茶にひと口かふた口……口をつけるだけで残しちゃうのにさ。お代わりだってしちゃうんだから。

 こっそり美味しい茶葉を用意したくなるよね?まぁ、僕の奥さんが勝手に持ち出したことを怒って残りのお茶をどこかに隠してしまったから、新たに手に入れないといけないけど、それすらもワクワクする。


 面白いエナくんのことも、もちろんギルマスに報告してるよ……テーブルに山積みになった書類の1枚で。ま、それをギルマスが見つけられるかどうかは別としてね。

 あの人も忙しく飛び回ってるから気づいてないんじゃないかなぁ。あ、でもマルガスくんが直接報告しそうだよね。 それはそれでいいけどさ……


 ギルド公認にしたら面白そうだし、エナくんのポーションは美味しいから適任なんだけど、どうやって承諾させようかな。


 信用できるものにブラッドベアのことを流すように指示したのは僕だ。これで変に絡まれることはないはず……ま、絡むような奴がいたらお仕置きすればいっか。



◇ ◇ ◇



 「というわけでエナくんを公認にしようと思うんですが」

 「そうか」


 ふふ今から楽しみだな……ドネルみたいに仲良くできそうだ。


 「エルネスト……潰すなよ」

 「分かってます。ギルマス……でも彼女はそんなタマじゃないですよ」

 「そうか。会ったこともないが、お前がそこまで言うなら会ってみたいな」

 「そのうち、会えばいいじゃないですか。例えばテーブルに山積みの書類が片付いた時とか」

 「いや、お前が半分やってくれればすぐに会えるんだが……お前、彼女に会わす気ないだろ」

 「ふふふ、そんなことは……」

 「はあ、まぁいい。とにかく貴重な公認ポーション職人になるんだから他所にかっ攫われないように注意しろよ」

 「もちろん!そんなことしたら僕がお仕置きするので安心してくださいね」

 「お前……」

 「では、失礼します」


 扉を思いっきりバーンッと閉じた衝撃か、山積みの書類が散らばった音とギルマスの呻く声が聞こえた気がしたけど、僕しーらない。だって、ギルマスが忙しく飛び回ってる間は僕が山積みの書類と戦いながら仕事してるんだから帰ってきたときくらい好きにしたいじゃない?



 ふふふ、僕の紹介状を見る奥さんを想像するだけでにやけてしまいそうだよ。

 僕の奥さんは幼馴染なんだけど、昔から絶対メリンダをお嫁さんにするって惚れ込んでドネルに協力してもらってアタックしまくってようやくOKをもらったんだよね。いやー、あの時は嬉しかったなぁ……


 もちろんドネルの時は僕も頑張ってサポートしたよ……でもなんでか奥さんにやめてあげてって言われたから途中からそっと見守ることにしたんだけど、上手くいってよかったよね。


 「ただいまー」

 「おかえり。エルネスト……あの子の紹介状はなんなの?」

 「え、僕の紹介状兼メリンダへのラブレターだよ。それにエナくん、面白い子でしょう?」


 なぜかメリンダは呆れ顔だ。まあまあ、立ち話もなんだしソファにでも座ろうよ。


 「ええ、確かに。エルネスト、あなたあの子のためにお茶を持って行ってたのね」

 「え、なになに? ヤキモチやいてくれるの?」

 「……はぁ。違うわよ。でも、そのおかげでわたしもギルドにとっていい取り引きが出来そうだわ」

 「そう……そういえば今日エナくんが商業ギルドに行った時、ひと悶着あったんだって?」

 「……ええ、そうなのよ。幸いエナさんはあまり気にしてない様子だったけど……」

 「そっか……それはお仕置きしておかなくちゃいけないねー」

 「ほどほどにしてね……ギルドに害が及ばないなら好きにしていいわ」


 やっぱり、僕の奥さんはわかってるね。


 「うん、任せてよ……ふふふ、どうやってお仕置きしようかなー」

 「はあ……」


 あれ、どうしてそんな呆れた顔をしているのかな? でも、そんな君も大好きだけど。

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