第10話 その時は、予兆すらなかった

「だからどうしても知りたかったんです。何故、僕だけが生き残ったのか。そしてあの風邪の正体が一体なんだったのか」



カインはそう言った。声のトーンに悲壮感はなく、淡々としていた。


そのことが却って、彼が乗り越えてきたであろう苦しい時間を表しているみたいだった。


「人の感染症の7割は、動物由来と言われています。悪い風邪も恐らくは動物から来たものです」


「だから森と街との境界の管理者」


「リサさんは理解が早いですね」


カインはそう言うと、顔を上げて少し笑った。ほんのり目の周りが赤くなっている。ワインが回っているみたいだった。


「獣医師って動物を見るお医者さんだと思われていることが多いです。確かにそれも獣医師の仕事です。でも本来は、獣医師は動物の管理をしながら実は、人を病気から守っている存在でもあるんです」


「悪い風邪が動物から来るように?」


カインは頷いた。そしてなんだか、とてもスッキリしたような顔をしていた。


おそらく彼は、誰かにこのことを話したかったのだろう。たまたまそういう話を聞いてくれそうな私にめぐり合い、ワインのアルコールがほんの少し、彼の気を緩めた。


心の奥底にある何かもやもやとしたもの、形はなくてでも確実にそこにあるものを、少しでも言葉に出して話せた時、人は嬉しいし、安心する。その相手が私であったことが、少しだけ嬉しかった。





帰り道、家まで送るというカインと一緒の歩いている時だった。


「また誘ってもいいですか」


カインは言った。


「ええ、もちろん。またエルの様子も見に行きます」


「では、また森の管理小屋で」



そう言って私たちは別れた。



その時は本当に、お互いにすぐ会えると思っていた。


まさか次にカインに会うことができるのが、半年も先になるとは。


この時私は全く、考えも及ばなかったのだ。

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