第八十八札 あふたー!! =事後=

まえがき

「ここ、どこだ……?」

「逢沢さん、またですか」

「あ、女神様……」

「とても苦戦されているようですね」

「そうなんですよ。だからチートとか特技を――」

「無理ですね。さぁ、目覚めなさい」

「何か勇者を送り出すような雰囲気出さないで下さいよ」

















「…………」


 目を開くと、真っ白い壁と蛍光灯が視界に入った。

 壁じゃないな。これは天井だ。

 あーこれは前にも経験した事があるなぁ……。

 頭頂部と首が特に痛み、体全体も満遍まんべんなく痛みがある状態。

 長野県の時と似てる。


「あー……」

「目を覚ましたか」


 俺の声を聞いてベッド横のカーテンが開き、奥からかばねが姿を現した。

 気のせいだろうか?

 つり目の屍がいつもよりさらにつり目に見える。


「……ここ、病院?」

「そうじゃ。……言いたい事は山ほどあるのじゃが――」

「そっ! その前に一つ。ぬえはどうなったんだ?」


 気のせいじゃなかった!!

 お説教モードに入ろうと眉まで吊り上げた屍の言葉を遮った俺は、とりあえず今一番気になる事を尋ねて時間を稼ぐ事にした。

 出鼻をくじかれた屍は一瞬説教を続けるか俺の質問に答えるか、戸惑いの表情を見せてからすぐに大きいため息を一つついた。


「……あの後すぐに皇王院深琴こうおういん みことが駆け付け、周りの協力もあって無事討伐した」

「そうか……。どれくらい時間が経った……?」

「二時間程じゃな」

「二時間か」


 まぁ、俺が病院に運ばれている所からしてそうだろうなとは思ったけど。

 屍がまとめてくれた話によると、俺は蛇にねられて地面に頭から落ちたそうだ。

 幸いにも落ちた先がアスファルトじゃなかった事に加えて、避難した子供たちが水遊びをしていてぬかるんだ地面が緩衝かんしょう効果を発揮して首の骨を折らずにすんだのではないかとかなんとか。

 気を失った俺が蛇に呑まれそうになった時、現場へ集まってきた法術師達が攻撃を行い、最後に皇王院深琴さんが一張ひとはりの弓から矢を当てた瞬間、鵺は動きを止めて灰になったそうだ。


「深琴さんってそんな凄い力を秘めてんの……」

「うむぅ……。恐らく縁深い武器であったのじゃろうな」

「縁深い武器?」

「そうか、聞いた事ないか。縁深い武器と言うのはじゃな――」

頼政よりまさ公の弓、ですわ」


 ドアの方から声がして、俺と屍は同時に声の主へと視線を移す。


こずえさん?」

「あら、今回は正解ですよ利剣りけんさん。お身体の具合はどうですか?」

「いや、この通り生きてるよ。傷も後少ししたらいででででで!!!?」


 突然屍が俺の頭を押さえつけて来たせいで頭に激痛が走る。


「まぁ! 怪我人になんと言う事を!」

「はん! 無謀な行動をした愚か者を叱りつけておったのじゃ。のう、利剣?」


 冷たい笑みを浮かべながら屍が俺の顔に顔を近づけてくる。


 ――――異常回復力は伏せておけ――――


 屍がボソッと、梢さんに聞こえないように囁いてきた。


「あ、あぁ……。こってり絞られたよ。もうこりごりだ」

「分かれば良い」


 話を合わせた俺に満足したのか、屍が俺の頭からパッと手を放して腕組みをして頷く。

 屍の演技かもしれないが実際すげえ頭がジンジンするんだが。

 ……あ、でも割とマジで怒ってるわ。目の奥に何かどす黒い感情を秘めてるもん。


「して? 頼政公の弓というのが今回の鵺に縁がある道具という事か」

「そうですね。京都の妖怪なので皇王院家が保管していたのです」

「んー、何となく読めた。ドラゴンに有効なドラゴンキラーって感じなのかな?」


 ポンと手を打ってから俺はドヤ顔で梢さんに声をかけた。

 我ながらいい例えを出したぜ、と自分を胸中で褒めてやる。


「すみません、ドラゴンキラーが少々分かりませんが……」

「何とも納得のいかぬ例えじゃのう……」

「えぇ~……」


 こ、この子達は一切ゲームをしないのか。

 目に見えない壁を感じる。

 ショックを受ける俺に気づいていない梢さんは気にせず話を続ける。


「鵺という妖怪は平安時代頃に現れたとされる妖怪で、当時の二条天皇が鵺を恐れて弓の達人である源頼政みなもとのよりまさに討伐を命じたという伝承がございます」

「へえ……」

「その際に頼政公が鵺を射抜いて絶命させた弓が、我が皇王院家が保管をしている「頼政公の弓」です」

「それで鵺を攻撃すると大ダメージを与えられる、と……」

「大ダメージ……、そうですね。妖力を散らして絶命させる効果はありますね」


 大ダメージ以上の即死攻撃だった。


「お主の片割れはどうなっておるのじゃ?」

「ご心配なく。法力を使い果たして欠乏状態にはなっているものの命に別状はありませんので」

「そうか」

紫牙崎しがさきさんこそお疲れではないですか? 野島さんは葉ノ上はのうえさんと一度お宿に戻る、と」

「心配無用じゃ。まだもう一戦出来るぐらいには余裕があるでの」

「そうですか。血気盛んな所申し訳ありませんが今の所強力な妖怪が出たという知らせもありませんので今はゆっくりとお休みください。」


 うーん、バチバチと火花が散っているように見える。

 やっぱ共闘したぐらいじゃわだかまりは消えないか。

 と、梢さんが俺を見てほほ笑んだ。


「利剣さん。此度こたびの妖怪祓い本当にお疲れでした。ゆっくりと養生なさってくださいね。それでは失礼いたします。」

「ありがとうございます」


 それだけ言って踵を返すと梢さんは優雅な足取りで病室を出て行った。


「ふん。いまいち腹の底が読めぬやつじゃ」

「おいおい……。もうちょっと仲良く出来ないのかよ。共闘した時みたいにさぁ……」

「無理じゃな。どうもあの家は色々と胡散臭すぎる」

「胡散臭いって屍なぁ……」

「変じゃと思わぬか?」


 そう言って屍は俺に顔を近づけて小声になる。

 何だかんだでこいつも顔立ちが整って綺麗なんだよなぁ。

 無駄に顔が熱くなるのを感じ、ドキドキしてしまう。


「な、何が……?」

「街中では至る所に法術師が配置されて厳戒態勢を取っていたと聞く。さらに京都の人間ならばあの場に鵺が封印されている事も知っておるのではないか?」

「確かに……」

「じゃが、鵺が解き放たれた時一番最初に現場におったのは皇王院姉妹で、周囲に法術師は一人も居なかった。これをどう思う?」

「ええっと……。意図的に人払いされていた……?」

「と思うのが普通ではないかの?」

「で、でも最初は弱い妖怪の反応があっただけ、なんだろ……?」

「山の方では法術師が交代しながら妖怪が降りて来るのを防いでおったのじゃ。街中の、二条公園にだけ小鬼が出るのは不自然ではないかの?」

「……不自然だな」

「そうじゃろう? じゃから私は――――」


 そこで屍の言葉がプツリと途切れてしまう。


「ん?」

「~~~~!!」


 俺との距離の近さにようやく気付いたのか、屍の顔がみるみる赤くなっていく。

 バッと顔を離して立ち上がり、ゴホン! とわざとらしく咳払いをした。


「じゃ、じゃから私は鵺を目覚めさせたのはあの家が絡んでいるのでは? と思う訳じゃ!」

「そ、それだけで決めつけるのは尚早なんじゃないか? 証拠もないのに……」

「確かに今は確たる証拠はない。じゃが、あの場を守るべきであった法術師達が見ず知らずの人間の指示を受けて持ち場を離れると思うのか?」

「……ないな」

「そうじゃろう? 持ち場を離れる指示を出して人払いが出来るほどの権限を持っている家……と考えれば鵺を目覚めさせた犯人は絞られるのではないかの?」

「そっか!! さすが屍! そうと決まれば早速……」

れ者!」

「ってぇぇ!!」


 屍が俺の頭をパシンと扇子ではたく。


「お主は怪我人としてしばらくここで療養じゃ! すぐ退院したらおかしいじゃろうに」

「で、でもよぉ……」

「静流は咲紀の護衛をせねばならぬ。私が動くのでしばらく安静にしておれ」

「あ、危ないって!!」

「ほぉ……? お主が私の心配をするとはの……」


 俺の言葉を聞いてクックッと笑う屍。


「な、何だよ……?」

「私はお主と違って法術も呪術も使える。加えて体術も上。利剣が単身で調べるより遥かに安全じゃと思うがの?」

「……そう言われると何も言えねえ……」

「まぁ、しばらくお主の護衛は出来ぬが……、病院で殺される事はなかろ」

「そんな事が起きない事を願うわ……」




 ・ ・ ・ ・ ・



「……」


 利剣の病室の外。

 随分前に部屋を出たはずの梢がドア近くの壁にもたれかかっていた。


「一体何の話を……?」


 一生懸命中の声を拾おうとするが、屍の声が拾いにくく内容があまり分からない。


「何を企んでいるの……」


 コツコツ……


「っ!?」


 長い廊下の向こうから医師がこちらに向かって歩いてくる。

 逢沢さんの往診だろうか?

 これ以上ここにいるのはまずいと思った梢は、もたれていた壁から身体を離してそそくさと病室を後にした。










あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

利剣、二回目の入院です。

主人公が入院して動けなくても本編にさして影響はありません。

ご安心くださいね。

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