第八十二札 みこと!! =深琴=
まえがき
手合わせの結果静流が勝利し、屍は負けてしまった。
傷ついた屍は一人修行の旅に出る。
旅先で出会ったのは一匹の熊だった。
熊と屍。
一匹と一人の奇妙な山籠もり生活が今、始まる。
「始まらんし、旅にも出とらぬわっっ!!」
※本編とは全く関係ありません。
「遠い中わざわざお越し頂きました事をお礼申し上げます。
皇王院家の応接間に案内されて入った俺達を京都美人が深々とお辞儀をしてもてなしてくれる。
「
「逢沢利剣です。お招きありがとうございます」
「野島咲紀です」
俺と咲紀もちょこんと頭を下げ、深琴さんに自己紹介を行った。
手合わせ後、休憩を取る間もなくすぐに皇王院姉妹が乗って来ていたハイヤーで東京駅まで移動。
そこから新幹線で一路京都へ。
京都駅からもこれまた予約してくれていたワゴンハイヤーに乗ってここまで移動してきた。
その間双子と俺達の間で会話が弾む事もなく、そもそも会話が生じる事がなかった。
「お連れのお二人様もお疲れ様でした。名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「葉ノ
「私は
「あら……。葉ノ上さんと紫牙崎さん、お二人のご高名はかねがね伺っております」
「私の両親が有名なだけで私は無名ですが」
「そうですね。私など父に比べればまだまだです」
「そんな事はありませんよ。さぁ、立ち話もなんですからどうぞお
そう言って深琴さんが座敷に座るように勧めてくれる。
「あ、じゃあお言葉に甘えて……」
俺が奥へ座ると、屍、咲紀、静流の順に座布団の上に腰を下ろした。
「
「はい、お母様」
「分かりました」
深琴さんの指示で、左右に座る梢と美夜。
何となく分かってはいたが深琴さんは姉妹の母親のようだ。
「本来は私の方が出向いてお話を聞かせてもらうのが礼儀なのですが、今の京都は少々慌ただしくなっておりまして……どうしても離れる事が出来なかったのです」
「ふむ……。道中のあちこちで法力を感じましたし、武器を
普段なら聞く事が出来ないような変な口調で屍が尋ねたが、深琴さんは着物の袖で口元を隠して
「ふふ、そのように真剣な表情をされずとも大した事は起きていませんよ。それよりもお越し頂いた内容をお話いたしましょうか」
「……」
話をはぐらかされた屍は少し
「ええっと、特にこれと言って話すような事もないんですが……」
「そうですか? 利剣さんのご出身はどちらなのでしょう?」
順番にと言わんばかりにまずは俺の顔を真っ直ぐ見つめて深琴さんが質問を投げかけてくる。
どうせ分かりっこないので俺の情報に関しては並行世界から来た事以外の全てを正直に答えてやるか。
「出身は兵庫です。両親は法術師ではなく普通の家庭でしたが俺だけが何故か適性があったみたいですが」
「あら。ご出身はこちらの管轄ですのね。逢沢さん……。逢沢さんは確かいくらか知人がおりますが……利剣さんのお名前は初めてお聞きしますね」
「そうでしょうね。両親は法術とは無縁の一般人なので」
「うーん、祖父母が法術師であったとかかしら?」
「いえ、祖父は自営業で八百屋をしていたので法術とは無縁です」
「そう……」
そこで会話が一瞬途切れてしまうが、深琴さんはこの話を諦めて次の話題に移る事を選択したようですぐに次の質問が飛んできた。
その後も館の所有の事やどういう経緯でそうなったのか。法術の恩恵が全てと聞いたが術はどの程度使えるのか等色々と尋ねて来たものの、どの質問も要領を得ない答えばかりで、深琴さんの顔に明らかな疑いの色が見て取れる。
「そこまで
「いや、本当に今お話しした事が全てなんですけどね……」
「あら、お人が悪い……」
「オホホ」と笑って俺を見るが、上辺だけの笑顔であって本心はどこか違った感情を抱いているように見えた。
「さて、お次は野島咲紀さんにお尋ねしたいのですが」
「は、はい」
「私も青龍管轄長の
「こ、皇王院さん!?」
思わず俺は非難の声を上げてしまった。
だってそうだろう?
誰だって思い出すのが辛い事もあるはずだ。
それをこんなストレートに聞くなんて深琴さんには情とか配慮がないのだろうか?
「その件については――」
「利剣、大丈夫だよ」
俺の声を咲紀が力強い声で遮る。
「でも……!」
「大丈夫。多分こういう話になるだろうなーって覚悟はしてたから」
「ご協力、感謝します」
「まず、異変とかはあまり感じませんでした。もしかしたら何か起きていた、あったのかも知れないけど……私は何も気づいてはいませんでしたっ……」
「そう……。では事件が起きてから初めて異常な事態に気付いたという事ね?」
「はい。その日は私の誕生日の……三月四日でした。その日に式呼びの儀を行うつもりだという事は母から聞かされていたので、朝から緊張していたのを覚えています」
後で屍から聞いた話だが、座卓の下でぎゅっと握りしめていた咲紀の拳は小刻みに震えていたらしい。
それを聞いた時は、咲紀は本当に辛い過去を思い出して頑張っていたんだなと感心させられた。
「お昼前に式呼びの儀をする為に家の庭に集まって……」
「それはご家族だけでした? 他に誰かがいたとか」
「いえ、私と両親の三人だけでした。母に手渡された札を受け取って……、その札に封じられた妖怪を呼び出して戦おうとして……」
「鬼が出た、と?」
深琴さんの質問に短く「はい」と答えた咲紀が話を続けた。
「鬼が出た時は私の頭の中が真っ白になりました。これを倒すのか、見掛けだけの妖怪なのか、その迷いで体が動かなくて……鬼が私目掛けて腕を振り下ろして……ぅっ……」
咲紀の声が徐々に弱弱しく、涙声になっていくのを聞いた俺が中断させようと咲紀に近付こうとするも、屍が俺の腿に手をそっと置いて「動くな」と言わんばかりの視線を俺にぶつけてくる。
「そう……それで……?」
「鬼の振り下ろした腕から咲紀を守ってくれようとしたのはお母さんでした……。突き飛ばそうとしてくれて……。でも、咲紀とお母さんはその腕に吹き飛ばされて……そこから激痛がして気を失ってしまいました……」
そうか……。
鬼の一撃で咲紀は瀕死になって、
これは俺の勝手な推測だが、もし千夏さんが万全の状態だったのなら恐らく鬼一匹や二匹くらい難なく倒せてしまうんじゃないだろうか?
それが咲紀しか助からなかったという事は……もしかしたらそういう事態だったのだろう。
俺は何となくそう思った。
「そうなのね……。そして咲紀さんのお母さんは自分で編み出した術を駆使して自分の命と引き換えに貴女の命を救った、と……」
「……はい……」
「その術については咲紀さんは何も聞いていたり、受け継いでいたりはしていないのね?」
「して、いません」
「咲紀さん、ありがとう。辛い事を思い出させてしまってごめんなさいね」
「いえ……大丈夫です……」
一瞬の沈黙の後、思い出したように深琴さんが口を開いた。
「あら御免なさい! お茶も何もご用意していませんで……! 梢、美夜、すぐにお茶とお菓子をお持ちして頂戴」
「
姉妹が声を重ねて返事をしてほぼ同時に立ち上がって部屋を出て行った。
「本当に御免なさいね」
「いえ、お気になさらずで……」
ぺこりと頭を下げる深琴さんに俺は一応両手を振って気にしていないという意志を伝えた。
「今回京都へお招きいただいた件ですが、まさかこの二人の話を聞くだけという訳ではありますまい?」
突然屍が目を細めて深琴さんを見つめながら口を開いた。
「これからお茶が出る、という事はまだ何かお話がある、とお見受けしますけれど……?」
「あら……お茶はお話に夢中になるあまり本当に忘れてしまったのですけれど……」
「ではお話はこれでおしまい、と言う事でしょうか?」
俺や咲紀、静流を置いてけぼりにして屍と深琴さんが話をどんどんと進めていく。
おい、俺を置いて行くな。
「さすがは紫牙崎家のご令嬢はとても利発なお方が多いですのね……。お茶が来てから、一つ頼まれごとを引き受けて頂きたくって……」
「咲紀、どうするのじゃ?」
屍さんが俺の方を見もせずに咲紀に伺いを立てる。
「とりあえず、話だけは聞いてから判断したい、かなっ……」
「そうか。静流もそれで良いかの?」
「ええ、私も咲紀さんの意見に賛成です。」
「ふむ、では……」
「お、俺も咲紀の意見に賛成だぞ!」
俺を見た屍がいつもより少し目を大きくして驚いている。
「返事が早いのう。全員の意見をまとめて一応代表であるお主に決断を聞こうと思ったのじゃが……」
「え? そうなの……? てっきり屍が意見を纏めて深琴さんに話をするのかと……」
「私はあくまで護衛役じゃからの。そこまで出過ぎた真似はせぬよ」
いや、十分出過ぎてますが。
何なら前に出過ぎてもはや俺より代表っぽいんですわ。
「ふふ、逢沢さんの所の皆様は本当に仲がよろしいのですね」
「え、ええまぁ……。家族みたいなものですから」
屍と咲紀が俺の方を「えー……、家族……?」みたいな視線を送っている気がしたが俺は全力でそれをスルーして笑顔で答えた。
皆もう少し俺に優しくしてくれないかなぁ……。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
更新が日付の変わるギリギリだと皆さん読まれるのは明日なのかもですね……。
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