第七十九札 ぼう!! =弓=

まえがき

「俺に弓を教えてくれ」

「ええやろ。一射の動作で七本の矢を射るという」

「おいやめろ!! そういうつもりで頼んだんじゃねえ!」

レディ準備は……」

「もうやめておけ!」

利剣の弓修行編開始です。


















 袴姿の椎佳しいかがゆっくりと両足の間隔を取り、矢をつがえると同時に長い弓を掲げてゆっくりと弦を引く。

 矢の位置が鼻の下に来るぐらいに弓の高さを落として少し動きを止めてから右手を離すと、勢いよく放たれた矢が木に張り付けた的の中心を貫いた。

 弓を放つ一連の動作は何となく分かったような分からないような……。


「長弓の流れはこんな感じや」

「え、ええっと……初心者向けの小さい弓とかないのか……?」

「んー、初心者用っていうか長さで言うたらそりゃもう短弓とかボウガンとかになるからなぁ。それやったらウチが教えんでも一人で練習出来るで」

「そ、そうなのか……」


 どれもこれも聞いたことはある名称だけど、使い方とか修練方法についての違いが全然分からん。


「……ゴメンな」

「え?」


 不意打ちともいえる椎佳の謝罪に俺は思わず面食らってしまう。

 そんな俺の顔が可笑しかったのか椎佳は「ふっ」と吹きだした。


「あははっ! どうせ静姉しずねえはお節介やからウチの事とか喋っとるんやろ?」

「いや、そんな事はないと思うけど……」

「アンタの反応とか雰囲気見たらすぐ分かるって」


 何でだよ。


「ま、それは半分嘘や。静姉とは双子やし長い付き合いやから大体の事は分かるわ」

「半分かよ」

「うん。利剣は顔に出やすいから見たら分かるってば。まぁ~……、ウチは刀に憧れとってなぁ……。いや、かぁ」


 そう言って椎佳がはにかむ。


「刀を振るう父さんや宮兄みやにいを見て育ったようなもんから静姉と二人で「カッコイイなぁ」「あんな風になりたいなぁ」ってずっと言っとっただけに、槍への変更はウチにとってはかなりショックやったんよね」

「やっぱそう、だよなぁ……」

「だから今回利剣が刀を使うのをスパッと諦めた事にちょっと腹が立ってんよな。扱えるモンを何で諦めるんや、って」

「実際言うほど扱えてなかったけどな」

「そうやねんけどね」


 そう答えた椎佳は第一射の時よりも遥かに手際の良い動作で第二射を放つ。

 椎佳の手を離れた矢はまるで的に吸い寄せらせるかのように的の中心付近に突き刺さった。


「とりあえずウチには槍と弓矢の才能がにあった。使える法術も青龍やなくて白虎やった。まぁ武器との相性はその方がいいんやろね」

「相性かぁ。俺は術も使えない一般人だからなぁ……」

「元々こっちの世界の人間やないからしゃーないんちゃう? それにこの世界でも法術や呪術が使われへん人間がほとんどやで」

「そう、だよな……」


 並行世界に来て浮かれてたものの、結局は武術・法術共に何かに秀でているって訳じゃないもんなぁ。

 なまじ体が頑丈ってだけで、それ以外は何の取り柄のない一般人が危険な世界に首を突っ込んでいるだけの状態だ。


「……ごめん。利剣の事を一般人やって言ったつもりはないねん。ただ、何かあってアンタに死んだりされるんは寝覚めが悪いんよ」

「それは俺への告白か?」


 俺の軽口を聞いて椎佳が再び矢を番えて俺の眉間に照準を合わせる。


「ちょっ……!!」

「アホか。アンタが死んだらまた無職になってまうからやっ!」


 勢いのある声と共に椎佳が体を捻って、先程まで打ち込んでいた木がある方へと向き直って矢を放つ。

 第三射目は二本の矢が刺さっていた木には刺さらず、ここから少し離れた木に突き刺さった。


「まぁ、そんな難しい体勢で矢を放ったら外れるよな」

「は? 当たっとるで?」


 俺のフォローを聞いた椎佳が理解出来ないといった風に首を傾げてから親指でクイッと木を差した。

 不思議に思って目を凝らして木を見れば、矢が刺さってる所に何か四角い布切れが貼りつけられている。


「あれは……写真か?」

「ピンポーン♪」

「何の?」

利剣アンタの」

「何でだよ!!」

「年輪みたいな的を狙ってもイメージ湧かへんやろ? 実戦に近い状態の訓練をする事で実戦時に完全なコンディションで事に挑めるんやで!」

「なるほど確かにそれなら……って納得するかっ!」

「あはははっ! せやけど何にしても長弓は明日京都に行くまでにマスター出来るもんやないから扱うのは無理やと思うで」

「そうだよなぁ……」


 椎佳の言うとおり、予想より展開が早すぎる。

 俺はポリポリと頭を掻いた。

 今の所色々な武器を試してみたがどれも向いて無さそうだしなぁ。

 正確には向いてないのではなく、熟練度が上がるまでに時間がかかりすぎる。

 やっぱりボウガンや短弓みたいな手軽に扱える武器を持つべきか……。


「あーあ、利剣の取り柄が攻撃手段になればいいのになぁ」

「取り柄が攻撃手段に……?」

「うん。回復速度が速いってのは取り柄やろ? そういう生命力を攻撃力に変換するみたいな……? 気功でかめ〇め波みたいな」

「そうか……、そうだよな!!」

「う、うん」

「ありがとう椎佳!」

「へっ? あっ、利剣っ!?」


 礼を言って俺は椎佳の声も聞かずに館へと踵を返し走り出した。

 そういう方法は気づかなかった。

 もしそういう事が出来れば俺は……戦えるんじゃないか!?




 ・ ・ ・ ・ ・




「と言うわけで頼む」

「分かったよ!」


 俺の話に、咲紀さきがビッと親指を立てる。


「えっ? マジで分かったの?」

「分かる訳ないでしょ!? え? 何で今説明した通りに、みたいな感じできたの!?」


 咲紀の言う通り、俺は一切経緯を説明していない。

 しなくても伝わったら話す手間が省けるなぁと思ったけど、やはり駄目だったか。

 それにしても……


「肉体が復活してもそのツッコミのキレは衰えてないな……」

「からかいに来ただけなら出てってくれない?」

「いや、ごめん! ごめんて! だから背中を押さないでぇ!」

「もぉーっ!! 何なのさー?」

「咲紀の法術で、俺の生命力を攻撃力に変換させてくれないか? 出来れば筋肉とかに」

「出来ないから。万能じゃないから」

「えっ? 出来ないのか?」

「逆に何で出来ると思ったのさっ!?」

千夏ちなつさんが色んな事を可能にしてたからいけるのかなって」

「母さんは本当に特別って言うか、天才なんだよ……」


 千夏さんの名前が出た事で咲紀の表情が曇ってしまうが、俺はそんな事は気にしない。


「それは違うぞ咲紀」

「えっ……?」

「千夏さんは確かに天才だったんだと思う。でもそれだけじゃなくって多分すげぇ努力家だったんだと思う」

「うん、そうだよねっ……」

「咲紀はそのすげえ母さんと優しい父さんの血を引いてるんだからさ、努力すれば千夏さんみたいな法術師になれると思うぞ」

「利剣……」

「だから俺をムキムキにして下さい!」

「……出てって下さいっ!」

「何で!? 俺すげえ良い事言ったっぽくない!?」

「最後の一言で全部台無しだよっ! 積み上げたジェンガが崩れた気分だよっ!」


 ジェンガはいつか誰かが崩すゲームだからな。


「いや咲紀、でもこれは未知へのチャレンジだぞ? もしそれが出来れば画期的な法術だぞ!!」

「それはそうなんだけど、生命力を攻撃力に変換させるのとか危なすぎて怖いよっ……。それでもし失敗したら利剣とか死んじゃうじゃん……」

「俺は死なない」


 そう言って暗い表情の咲紀に対してニカッと笑いながら親指を立てておどけて見せるが、その表情は全く明るくならない。

 うーん、これは調子に乗りすぎたな。

 咲紀のせいじゃないとは言え自分を守ろうとして両親を失っているんだもんな。

 それでさらに術に失敗して俺が死ぬような事があれば……そこまで考えが及んでなかった。


「悪かったな。変な事頼んだ」

「咲紀こそごめんね……? 屍にも聞いてみたらどうかなっ?」

「まぁ、呪術とか生業にしてるから聞いてみるか。呪術だけに何か何でもアリっぽそうだけどな」


 そう言って俺は咲紀の部屋を後にした。






あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

はい、弓の修行は一切しませんでした。

和弓は短期間では無理ですね!


「む……? 何か悪寒がするのう……。面倒な事が起きなければ良いのじゃが……」


危険はいつも知らないうちに迫っているものです。

次回をお楽しみにー!

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