第六十六札 ごーあうと!! =外出=

まえがき

「ほら、脇が甘いわよ」

「くっっ!」

「そうすると、半身がガラ空きになるのよ?」

「あだっ!」

「今ので一回死んだわよぉ?」

「母さん、ちょい待ってっ……」

「敵は待ってくれませんよ」

「ひ、ひぃぃっ!」

※椎佳、鬼のスパルタ中。


















「では、私は主人の所へ戻りますね」

咲紀さきの件で色々とお世話になりました!」

「あら、いいのよ。一人の女の子を無事救う事が出来たんですもの。とても誇らしい事に携わらせて頂きました。それから……」


 俺に返事を返した彩乃あやのさんがゆっくりと咲紀へと向き直る。


「本当は止めるべきなのかも知れないけれど……私は咲紀さんの意志を尊重しますね。……これから今以上に大変な事に巻き込まれると思うけれど、私達が全力で手助けをします。だから遠慮なく頼って下さいね」

「はいっ……! 何から何までありがとうございます!」

「頭をお上げなさいな」


 ガバッと頭を下げた咲紀にそう促してから、今度は静流しずる椎佳しいかへ視線だけを移す彩乃さん。


「静流、椎佳。自分たちのすべき事をしっかりとしなさいね」

「……分かりました」

「うん、分かった……」


 疾女はやめにもたれかかる椎佳がどことなく疲れ切っているように見えたのは気のせいではないだろう。


「宜しい」


 二人の返事を聞いて満足そうに頷き、彩乃さんはれんさんの所へと戻って行ったのだった。


「一緒に東京まで出れば安全に青龍管轄所まで行けたのにのう」

「……あ」


 見送った後でかばねがポソリと呟いた言葉に見送りしんみりムードもどこへやら、俺達は短く声を漏らした。




 ・ ・ ・ ・ ・




「じゃあ、行ってきます」

「はいっ、行ってらっしゃいませっ!」


 靴の爪先をトントンと床に当て、玄関のドアノブに手を掛けた咲紀を流那りゅなが笑顔で見送ってくれる。


「屍は行かないんだな」

「ん? これから行く所は法術師管轄所であろう? 呪術士が行っても場違いなだけじゃ」

「そないな事言うて、本の続きが読みたいだけやろ?」


 椎佳が意地悪そうにニッと笑って屍の手元を指差すと、屍がサッとそれを後ろ手に隠した。


「ゴホン……。それに咲紀にはお主と利剣が行くのじゃろう? この館には流那がおるでの。私と静流が残るのがバランスの良い振り分けじゃと判断したまでじゃ」

「ほな、そーゆー事にしといたるわ。ほな行ってきまーす」

「なっ、何じゃその言い草は~っ! 私は本当に……ま、待てっ! 椎佳っ!!」

「はは……、行って来るよ」

「お気をつけて」


 屍がわめくが相手は既に場外。

 ま、帰ってくる頃には忘れてるだろう。


「いよいよやな……」

「う、うんっ……」

「何やってるんだ?」


 屋敷を出て二人の後を小走りで追いかけたが、予想より早く外門で追いついてしまう。


「利剣! 貴重な咲紀の第一歩やで!」

「え? あぁ!!」


 一瞬何を言ってるんだ? と思ったがすぐに咲紀が今まで敷地内から出ていなかった事を思い出した。


「そっか。霊体の時は一歩も外に――」

「咲紀、いっきまーす!!」


 俺の言葉を遮って咲紀がピョンと両足で地を蹴って跳ねる。


 タンッ……!


「出られた……よっ……」


 敷地外に出た事がよほど嬉しかったのか、振り返って笑顔で報告してくる咲紀。

 ここで俺に出来る事はただ一つしかない。


「咲紀ダム、大地に立つ!」

「咲紀が立った! 咲紀が立った!」

「ん?」

「おぉ?」


 俺と椎佳の波長が合わず、互いにメンチを切る。


「立ってたぎるっつったらこれしかねえだろ?」

「ハァン!? 涙流して立つシーン言うたら高原モノ〇イジやろが!」

「あれっ? ふ、二人とも……?」


 さっきまでの感動はどこへやら。

 一触即発状態の俺と椎佳の横で交互に二人を見て慌てる咲紀。


「椎佳さんはぁ、周りに敵を作るのがお好きですねぇぇぇ!?」

「へえぇぇ!? 「敵」っていうのはウチが満足するような相手の事を敵って言うんやけどなぁぁぁ!?」

「ほぉぉぉ!! 前は屍さんと互角でしたけどねぇぇぇ!!」

「あの時は手加減したったからなぁ!! 今度やったら負けへんわ!!」

「ちょ、ちょっとっ……!」

「家の前で随分と賑やかにしておられますね?」


 椎佳の燃えるような敵意とは違う、氷の様に冷たい敵意。

 現実から逃避したいのかしているのか、俺を睨んだまま微動だにしない椎佳。

 表情とポーズに変化はないが瞳からすっかり敵意は消えていた。

 ――振り向きたくない――

 その一心なんだろう。

 椎佳の気持ち、分かるぜ。

 だって、俺もそうだからな。


「静流さんっ! 二人がいきなり言い争いを始めてっ……」


 見ていないから分からないが、咲紀の声が静流の声のした方へと近付いていく。


「利剣さん……椎佳……。原因は分かりませんが、二度は言いません。……さっさと行って来なさい!!」

「はいぃぃ!!」

「あっ、まっ、待ってよぉっ!!」


 静流の怒声を引き金に、俺と椎佳は家から全力疾走で駅に向かって駆け出した。

 護衛対象を置き去りにして。




 ・ ・ ・ ・ ・




「野島咲紀さんの登録を受け付けました」


 久々に来た青龍管轄所で、以前俺の受付をしてくれたお姉さんがニッコリ微笑んで咲紀の登録を受理してくれる。

 ここに辿り着くまでに咲紀が色々な物に興味を示してあっちをフラフラこっちをフラフラしていたので随分と時間を食ってしまった。

 午前中に出たのにもう昼を回ってもうすぐ一時になる。


「それでは登録料として三万円を受領致します」

「利剣、出してっ」

「あ、はい……」


 さも当然のように言い切る咲紀に、俺はいそいそと財布から三万円をお姉さんに手渡す。

 元はと言えば野島家の財産を俺が継承したようなもんだから当然なのか……?


「確かに登録料を受領いたしました。合わせて野島咲紀さんの法術師の登録も受理させて頂きますね」

「お願い致しますっ」

「最後ですが一時間程度の講習を受けられますか? お受けにならない場合は法術師の手引書をお渡しさせて頂きますが……」

「ど、どうするのっ?」


 返答に困った咲紀が俺に尋ねて来たので経験者の俺が代わりに答えてやる。


「今回は結構です。また説明が聞きたくなったらこちらに来させてもらいます」

「かしこまりました。それではこちらが法術師の手引書になります」

「ありがとうございます」


 そう言って咲紀に手渡したのは見覚えのある装丁そうていの冊子だった。


「以上で受付は終了となります。野島様の今後のご活躍をお祈りしております」

「ありがとうございます! 失礼いたします!」


 登録で緊張しているのか、咲紀がいつもより大きな声でお礼を言ってペコリとお辞儀をする。


「よっし、んじゃ行くか」

「うんっ」

「そやな」


 帰路につこうときびすを返して出口まで差し掛かった時だった。


「おーいっ! 待っておくれーっ!!」


 突然ロビー内に声が響き渡り、何事かと振り返ると小柄で少し小太り気味の男が手を振りながらよろよろとこちらへと走って来て……あっ、つまづいた。


「か、管轄長っ!」


 四十代の男を見た受付のお姉さんが慌てて立ち上がってカウンターから飛び出てくる。


逢沢利剣おうさわ りけんさん、野島咲紀さんとお見受けする! すっ、少し時間をっ!」


 顔だけを上げてそう叫んだおじさんはそれなりの距離を急いで走って来たのだろう。

額に浮かんだ汗が頬をつたうぐらい汗をかき、着物も随分と乱れている。


「あ、あおいのおっちゃん!?」


 驚いた椎佳が、息を切らして受付のお姉さんに抱き起こされている人の良さそうなおじさんを指さすと、葵と呼ばれたおじさんも椎佳を見て細い目をクワッと開いた。


「ふぅ……し、静流ちゃん……いや! し、椎佳ちゃんかい!? こっちに戻って来ていたんだねえ……」

「そうそう。ちょこっとこの二人の件もあってな~♪」

「そうかそうかぁ……。あっ、申し訳ない! 三人はこの後予定はあるのかな?」


 息が大分整った葵さんが着物の乱れを直しながら俺達のスケジュールを尋ねて来たので三者三様に首を振った。


「それなら応接室で昼食でもどうかな? お寿司でもご馳走するからさ」

「行くっ!」

「い、行きますっ」

「行かせて頂きます」


 かくして寿司で釣られた三人は葵さんに案内されて青龍管轄所の応接室へとついて行くのだった。




 ・ ・ ・ ・ ・




「いやぁ、逢沢さんとは一度お会いして話をしてみたいと思っていたんだよ」


 受付のお姉さんとは違うビジネススーツのお姉さんが冷たいお茶を運んできてくれ、それを一気に飲み干した葵さんがニコニコと笑って話す。

 飲み干されたコップに再度冷たいお茶を注ぐお姉さんに「ありがとう。後は自分で入れるから業務に戻っていいよ」と葵さんが告げると「失礼いたします」と言ってお姉さんが一礼して退室していく。


「そんな……。俺なんて何の取り柄もない人間ですよ……」

「そんな事ないよ~! いつの間にかあの館を所有する経済手腕に、咲紀君を救い出す人脈の広さ! その秘密を是非知りたいと思っていたんだよ~!」

「いやぁ……人脈は……ほら……」

「まぁ人脈はウチの父さんと母さんによる所が大きいんちゃうかなぁ」


 何から何までを話せばいいのか分からず椎佳を見た俺に、助け舟を出してくれる。


「そぉかぁ……。やはり葉ノ上さんに青龍の管轄長をやって欲しいんだけどねぇ……」

「あー……ウチの父さんは面倒くさい事が嫌いやからなぁ……。面倒臭い事は武の修行だけで充分だ、って言うとった」

「うーん……。今度は僕もわざと負けるようにしようかな……」


 何かとんでもない事を言っている気がするのは俺だけだろうか。

 それを聞いた咲紀が控えめに手を上げた。


「あの……勝ち負けで管轄長が決まるんですかっ……?」

「うん、そうだよ。各管轄長は五年に一度行われる五彩試ごさいじあい合で決まるんだ」

「五彩試合……、じゃあ五年ごとに管轄長が変わるんですね」

「そうだね、と言いたい所なんだけど大体同じ顔触れが多いかなぁ。玄武は野島家、麒麟は皇王院こうおういん家、朱雀の東厳寺とうごんじ家はほぼ連勝だったんじゃないかなぁ」

「漣さんは管轄長をした事があるんですか?」

「うん。前々回はしたよ。前回は裏松うらまつさんが管轄長をされたんだけど今回は僕が裏松さんに勝ってね。最終戦で葉ノ上さんと当たったんだけど……」


 そこまで言って葵さんは目を閉じてかぶりを振った。


「で、でもそれなら葵さんも漣さんも初戦で負けたらいいですのに……」

「それがでけへんねん」

「そ、そうなのか?」

「あからさまな手抜き行為は家の評判も落とす事になるし、罰則も確かあったはずやで」

「そうなんだよね。だから他者に手抜きと判断されないように負けるというのは至難の技なんだよ……」

「へぇぇ……」


 相槌を打ってはみたものの、他者に手抜きと判断されない戦い方をした漣さんの想像が出来ない。


 コンコン……。


「おや、お寿司が来たのかな? どうぞ~」

「……失礼致します」


 葵さんの返事を受け、お寿司が入った四つの器を持ったお姉さんが部屋に入って来た事で椎佳と咲紀がそわそわする様子が何だか面白く見え、俺は思わず「ふっ……」っと吹き出してしまった。






あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

青龍管轄長の葵さん再登場。

隆臣さんと同じ役職なんですが、そうは見えませんね!

次回もお楽しみ下さい。

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