第六十三札 うぇいくあっぷ!! =目覚め=
まえがき
順番に咲紀を看るよ!
彩乃さんと屍が終わって次は誰が看るのかな!?
「さて……いよいよこの時が来たのう」
「あー……」
部屋に入るやいなや、
次の交代では俺と誰になるんだろうなんて思いながら扉を開けた所、屍が待ち構えていたという事だ。
「えーと、咲紀の様子はどうかなーと……」
「依然変わらず寝ておる。さぁ、早う座らぬか」
駄目だ。
屍相手に話題を変えるとか誤魔化すとか通用しそうにない。
俺はため息を一つ吐いてとぼとぼと屍の近くにあった椅子に腰かける。
「忘れておらぬじゃろうな? お主の事を色々話してもらうという約束じゃぞ」
「話すっつっても本当に特別な事はないんだけど」
「たわけ。類似する別世界から迷い込んだ事が特別でなければ一体何が特別じゃと言うのか」
「……ごもっともで」
「それで? 他の世界とは一体どのような世界なのじゃ? 文明は? 技術は? 法術や呪術の形態はどうなのじゃ?
「え、えっと、いや……か、屍っ! 顔近い……」
目を輝かせて矢継ぎ早に問いかけながらズイと迫ってくる屍の勢いに乗って匂ってくるシャンプーの香りに凄くドキドキして一人で
「す、すまぬ……」
そんな俺の様子を察したのか、屍が頬を朱に染めて最初の位置へと座りなおした。
「で……? お主の世界はどんな世界でどうやってこの世界に来たのじゃ?」
「うーん、話せば長くなるかも知れないんだが……」
俺は屍に
「ふぅむ……全く以って
「そうだな。俺も自分で話しててそう思うよ」
「その女神様とやらが元の世界に帰る事は出来ぬと言ったのは
「なんでも元いた世界とこの世界がぶつかり合った時に生じた亀裂に飛び込んでしまったのが俺で、飛び込んだ後その亀裂はすぐ修復されてしまったらしい」
「ふむ」
「で、亀裂が無い状態で元の世界に戻そうとすると狭い穴に体を無理やり押し込んで通すみたいな作業になるみたいでな。体の欠損や精神崩壊を起こすリスクがあるとか言われて諦めた」
「なるほどのう……。それは私も諦めるじゃろうな」
「そして俺は特に素晴らしい能力も技術も与えられず、今この世界に戸籍とお金をもらって住み始めたという訳だ」
「……何とも現金な話じゃの……。しかし神なる存在が実在しておるとはの……」
「それには俺も驚いた」
「宗教を興せば一稼ぎ出来るやも知れぬぞ?」
茶化すように笑う屍に、俺はヒョイと肩をすくめてかぶりを振る。
「生憎と資金なら慎ましく生きれば一生かかっても使いきれない程あるから遠慮しとく。宗教関係って面倒臭そうだし」
「それもそうか。……さて……」
一通り俺の話を聞いて満足したのか屍がスッと立ち上がると両腕を上げて伸びを一つした。
「私は少し席を外す」
「うん? お、おう」
俺の返事を聞いて屍がゆっくりドアへと向かう。
「す、すぐ戻ってくるよな? 咲紀が起きた時暴れたら抑えきれる自信がないんだが……」
ノブを回し、ドアを開けた屍が振り返って言いにくそうに俺を睨む。
「乙女に言わせるでない。そこは察する所じゃぞ」
バタン!!
少し強めにドアが閉められた後。
「……お手洗いか」
俺は空気が読めないなぁ、と後悔して頭を掻いた。
・ ・ ・ ・ ・
朝六時。
五時頃から太陽が出て、外は大分明るくなっている。
俺がスマホをいじり、屍は膝に置いた本に目を落として居た時だった。
「ん……」
咲紀が声を漏らし、俺と屍は揃って咲紀へと近寄る。
「さ、咲紀……?」
また暴れだすんじゃないかとこわごわ名前を呼んだ時、静かに咲紀が瞳を開いた。
その目に俺と屍を写した咲紀がゆっくりと口を開ける。
「……誰……?」
「……!!」
咲紀の第一声に俺の心臓が何かに掴まれたような、締めつけられたような感覚に陥る。
「咲紀……」
「うっそだよー……」
べぇっと舌を少し出して力なく笑う咲紀。
「……お、おまえなっ……! 本当に心配したんだからな!?」
しばらく咲紀の
「久しぶりじゃの。咲紀……」
屍が咲紀の手を取って穏やかな表情で話しかけた。
「……屍だぁ……三か月ぶりって感じと、つい最近会ってたのが入り混じって何か変な感じがするよー……」
「そうか……咲紀が眠った前の年の冬休みに会うたんじゃったな……そうじゃったな……」
咲紀の言葉を聞いた屍の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「……俺、皆に知らせて来る」
何となくその時間を邪魔するのは野暮な気がした俺は席を立って部屋を出る事にした。
・ ・ ・ ・ ・
「咲紀ィィ!!」
「咲紀さんっ!」
知らせを聞いた一同が続々と咲紀の部屋に集まる。
「流那さん、静流さん、椎佳……おはよっ」
上体を起こした咲紀がさっきより生気に満ちた顔で挨拶を交わした。
「はいっ……! おはようございますっ……!」
「咲紀さん、おはようございます」
「ホンマ、良かったわ……」
流那と椎佳が涙目でグスッと鼻を鳴らし、静流は泣いてこそいないが心なしか鼻が赤い。
そりゃそうか。
何だかんだで静流も流那も椎佳も……、咲紀と知り合ってそこそこ長いもんな。
もうすぐ四ヶ月になるのか。
「咲紀……」
そっと、隆臣さんが咲紀へと近付く。
「叔父さん……」
「良かった……。本当に良かった……」
「叔父さん、お母さんの術を解いてくれて……力を貸してくれてありがとうございます」
咲紀がベッドから足を下ろし、隆臣さんへと頭を下げる。
「お礼を言われるような事はしていない。親族なら……助け合うのは当たり前の事だ」
ポン、と咲紀の頭に手を置く隆臣さん。
「う、うんっ……」
「ひとまず今はまだ休息を取ると良い。精神と身体が同一化して間もないという事もあるし、千夏姉さんの術によって無理に時間を止めていた訳だからな。ゆっくり慣らしていった方がよかろう」
「わ、分かりました……」
隆臣さんの言う事を素直に聞いて頷いた咲紀は再びベッドへもそもそと戻っていく。
「え、ええと……」
これからどうしよう。
咲紀は安静させるとして、今後の動きをどうするか……。
そんな事を考えていた時だった。
「さて……私は昨夜から一睡もしておらんので少し横にならせてもらおうかな。さすがに老体には少しばかり堪える」
「あっ! そ、そうですよね!! 皆も一睡もしていない人が殆どでしょうし、ひとまずゆっくりとくつろいでください!」
こういう時どういう案内をしてあげるのが正解なんだろう?
その辺りが良く分からない俺はそう答えるのが精一杯だった。
「では、先に失礼する」
隆臣さんがドアを開けて退室した後。
「ふむ、隆臣殿が休息を提案し、実行してくれたお陰で皆が随分と休みやすくなったのう」
と屍が感心の声を漏らした。
「え? そ、そうなのか?」
「気づいておらなんだのか? 館の主であればその辺りの気配りも大事じゃぞ」
聞き返した俺に、呆れ顔でダメ出しをくれる屍。
「……以後、気を付けます」
自分の落ち度を認めて、屍に頭を下げたものの何だか納得いかない。
「ふふ、利剣さんはまだ二十歳ですもの。これからですよ」
「彩乃さん……」
彩乃さん、まじ女神っす。
「私は十九なのじゃがの……」
「……」
屍は実は若作りしているロリババアなんじゃなかろうか。
「今、私の顔を見て失礼な事を思ったかの?」
「とんでもない」
「むぅ……」
疑いの眼差しを俺に向ける屍。
俺は顔にすぐ出るんだっけか……まずいまずい。
「ひとまず皆一度解散してゆっくり休む事にしましょうか。じゃあまた後でね、咲紀さん」
「彩乃さんも、ありがとうございましたっ……」
「いいのよ」
ニッコリ微笑んで、彩乃さんも部屋を後にした。
「はぁ……。静流も流那も休んでくれていいんだぞ」
「あ、いえっ! 流那はウトウトして結局寝てしまったので静かに家事をしますっ!」
「私もお手伝いします。仮眠は少し取りましたので問題ありません」
この館のメイドはどうも仕事が好きすぎるというか責任感が強すぎる気がする。
「む、無理にとは言わないけど……。無理しない程度にな……」
「分かりましたっ」
「畏まりました」
少しだけ椎佳みたいな自由さを見習って欲しい気もするが。
「ふわぁ……ほんならもう一寝入りしよっかな……」
お前はもう少し姉と流那を見習え。
「椎佳は何か、もう少し動いた方がいいと思うよ~……」
一言言ってやろうと思った時、椎佳の言葉を聞いた咲紀がボソッとツッコミを入れた。
「え?」
「咲紀、霊体の時にずっと見てたけど椎佳はサボりが多いよ~?」
「ちょ、咲紀!? 今そんな事言わんでも……」
「椎佳?」
「ほらなぁ……」
「諦めろ椎佳」
笑顔の静流に肩を掴まれ、逃走不可状態の椎佳が力無く声を上げた。
「ふふっ……あははっ……!」
そんないつもと変わらない光景を見て。
霊体の時と全く変わらない様子で咲紀が笑った。
「これからは咲紀も、じゃんじゃん混ぜていくから覚悟しぃや?」
ニヤッと笑った椎佳に咲紀が、
「お手柔らかにっ」
と答えてニカッと笑った。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
章を作るとすれば、次かそれくらいで第一章「咲紀編」が終わるって感じですね。
次回にご期待下さい。
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