第六十二札 めもりー!! =記憶=
まえがき
地下室での一件は無事完結したかのように見えた。
だがこれは終わりではなく始まりでしかなかった……!
地下室に蔓延していたT(Tinatu)-ウィルスに感染した椎佳が、流那が!
リビングデッドとなって利剣に襲い掛かる!
「ウァァァ……!」「アァァァ……!」
人類は……利剣は勝利する事が出来るのか……!?
※本編とは全く関係ありません。
「
「ありがとう、
咲紀の
静流と
「咲紀さんが再度目覚めた時にまだ混乱している可能性も考えて今は母さんと
「分かった。……
真っ直ぐこっちを見ていた静流が目を伏せて小さくため息を吐く。
「ええと……「地下室で気を張って疲れたので先にお風呂に入る」と……」
「あぁ、そう……」
気を張っていたのは
「恐らくそれは表向きの理由で本当は何時間か後に母さんか屍さんと交代する為に先に入浴を済ませるのだと思います」
そう言い切った後「……多分」と自信なさげに付け加える。
「そっか。椎佳の理由はどうでもいいとしても交代の事も考えないといけないのか。そうしたら次は……」
「次は私が咲紀を看よう」
俺が、と言いかけた時に座椅子に腰かけていた隆臣さんが振り向いてスッと片手を上げた。
「いえ、隆臣さんはお疲れでしょうしここは俺が!」
「法術に覚えのある者が一人はいた方が何かと対応出来ると思うが」
「あ……」
確かに。
椎佳は自身を強化する法術を使えても、覚醒した咲紀と札や法力を飛ばしての法術戦は向いてなさそうだ。
「それに
「では、すみませんが次の番はお願い致します……」
「うむ」
頭を下げた俺に隆臣さんは表情をやわらげて
「あ、それでしたら隆臣さんも先にお風呂に入られますか?」
「……樹条の娘さんが入っているとさっき言っていたと思うが……?」
「あ、うち男女別に浴場があるんです」
「……それは何とも」
さすがに浴場が男女用に二つあるとは思っていなかったらしく、隆臣さんが言葉を失う。
「で、では先に湯を頂こう……」
「分かりました。静流は案内を。流那はタオルの用意を頼む」
「畏まりました。では野島様こちらへ……」
「わ、分かりました~っ!」
流那がタオルの準備で慌ただしく退室し、それに続いて静流が隆臣さんを浴場へと案内する。
「……はぁ」
広く静まり返った居間で俺は吐息を漏らした。
珍しく一人になった気がする。
俺は畳の上にゴロンと寝転がった。
今までは大体いつも咲紀が居て、テレビを見てたり雑談したりしてたから一人ぼっちで居間にいるって言う感覚じゃなかった。
まさに
そんな騒がしくも愛らしい幽霊が今日、一人の人間に戻った訳で。
「……二階の空き部屋、この世界に来た当初は六部屋あったのにな」
改めて数えてみれば、静流、流那、椎佳、屍、そして咲紀。
後一室で満室じゃないか。
俺が大家で家賃を徴収する立場なら万々歳だ。
「女性専用アパートの男管理人とか。どんなハーレムだよ……」
思考が馬鹿な方向へと向かい始めたので俺は頭を振って上体を起こした。
「……咲紀の様子でも見てくるか」
・ ・ ・ ・ ・
「
ノックをして少しの間を空けてからドアを開くと、振り返った屍が俺を見る。
「咲紀の様子を見に来たんだけど……」
「あら、咲紀さんならぐっすり眠ってるわよ」
咲紀の隣に座っていた彩乃さんがそっと咲紀の髪を撫でて微笑む。
「ははっ、三年寝てたのにまだ寝足りないんですかね」
「ふふっ、寝る子は育つって言うからまだまだ育ち盛りなのよ」
笑って言った俺の軽口に、彩乃さんも同じように返してくれる。
「起きたてで法力が空に近い状態で無理に法術を使ったからの。その反動もあるんじゃろうて」
壁にもたれかかって腕を組み、片足の裏を壁にくっつけた屍が咲紀の顔を見ながら言った。
どうでもいいけどそのポーズに何か意味はあるんだろうか。
非常に問い詰めてやりたい。
「……それにしても、咲紀のポテンシャルには驚かされた」
「うむ、それは確かに」
「そうねぇ」
気を取り直した俺が述べた率直な感想に、彩乃さんと屍が同調する。
あの時咲紀は進路を
その後屍は咲紀の影に札を貼り付けて動きを封じようとしたらしいがそれも光を放つ法術で影の位置を変えて回避。
あわや辺りが炎に包まれるという所で彩乃さんが隆臣さんの札を使って咲紀の意識を奪い取ったという訳だ。
「目を覚ました時に落ち着いて会話が出来る状態であれば良いのじゃが、なにぶん三年前から止まっていた生命活動が今日突然動き出したのじゃ。咲紀からしてみればついさっき父が死に、母が今まさに窮地に立っている状態なのじゃろうな」
「お、おいおい……。それでも椎佳と咲紀は二ヶ月間、俺に至っては四ヶ月間一緒にいたんだぞ? その記憶があるなら咲紀だって……」
「そう。今お主が言った通り「その記憶があるなら」じゃ。霊体時の記憶が継承されるのかもしくは一時の夢として消え失せてしまうのか……それは分からぬ」
「……咲紀……」
布団を掛けられ、規則正しく寝息を立てる咲紀。
俺達の記憶がもし無くなっていたら……。
いやいや。
咲紀が普通の生活を送れるようになった事が何よりじゃないか。
確かに忘れられるのはすげえ寂しい事だけどさ、咲紀の事を一番に考えるとしたらそれは仕方のない事なんだろう。
「後で交代に来るよ……」
頭の中でそう割り切るようにして、俺は部屋のドアノブに手を掛ける。
「あ、利剣」
「ん?」
屍に呼び止められて振り返った俺は、同時に嫌な事を思い出す。
「咲紀の件は無事に終わった。次は、お主の番じゃからの」
「……お手柔らかに」
そう言って怪しく笑う屍に対して笑うに笑えず、それでも無理に笑おうとした為さぞかしぎこちない顔になってんだろうなぁと認識しつつも笑みを浮かべた俺は部屋を後にした。
・ ・ ・ ・ ・
「そうか、分かった。彩乃にも後で連絡するようにする」
タンッ……
「無事、終わったのですか?」
スマホの通話終了ボタンを押して座卓に置いた
「うむ。術の解除は成功し、野島咲紀君が無事に目覚めたそうだ」
「それは良かったです。さて……」
ニッコリと微笑んでいた翡翠が、そのままの表情で隣に正座している狐面の少女を見る。
微笑んだままではあるものの、翡翠が放っている気配のそれは笑顔から生み出される「喜び」や「楽しみ」の感情とは全く真逆だった。
「
「……分かりませんが、わ、分かります……」
縁の表情は狐のお面で見えないが、
「こんなカツラまで付けて野島家に殴り込みに行くなんて! 事が露見したら大問題ですよ!! 貴女は事の重大さが! 軽率な行動を取った事を理解しているのですか!?」
バンッ! っと翡翠が黒髪おかっぱ形のカツラを畳の上に投げつける。
「もっ、もも、申し訳ありませんでした……」
縁が漣に向かって深々と頭を下げて土下座をしたのを受けて、漣が
「はぁ……。縁よ、この件は翡翠から後程こってり絞られるじゃろうから儂からは何も言わんが……。当家が関与している事はバレておらんじゃろうな?」
「市松 松子の名前しか名乗っておりませんので、大丈夫かと……」
「市松……ぶはっ……!」
「お館様! 笑い事ではありませんよ!!」
縁の酷いネーミングセンスに漣が思わず吹き出してしまったのを翡翠が
「いや、すまんすまん。確かに縁単体で当家の関与は露見せぬが……。利剣君の家に来た野島隆臣氏から見れば当家との繋がりがあるのはバレバレじゃからのお」
「そうですよね……」
「まぁ、隆臣氏は「野島隆臣一個人」として来たと言うておったようだからな。その言葉を信じて何事もなく時が過ぎるのを待つより他はなさそうだ」
「そんな楽観的な……とは思いますがこちらから探りを入れたり接触を図る事が出来ませんものね……。はぁ……、承知いたしました。……縁、ちょっと来なさい」
「あ~~~れ~~~……」
翡翠に襟首を掴まれてずるずると引き摺られて退室していく縁。
「……野島家に借りが一つ、出来てしまったな」
そう呟いて漣はズズ……とお茶を
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
市松松子は縁ちゃんでした。え?気づいてた?
いやはや。
黒髪おかっぱ頭もカツラでしたという事で素顔も髪型も全ては狐面の中です。
次回を読んでもらえれば縁の素顔が分かるかも…!?(釣りじゃん)
ぜひご期待下さい。
※近況ノートに書いたんですが、別サイトにて登場人物図鑑なる物を作成致しました。
(過去のデータ引っ張ってきただけなんですが)
ご興味のある方は是非。
何年前?
13年前に描いた奴ですね。
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