第六十一.五札 りちゅある!!(2) =儀式=

まえがき

突如起き上がった咲紀!

これはまさかリビングデッド!?









咲紀さきが……喋った……!?」


「咲紀、ここにいるんだけど……」

「一体何が起こっとん……!?」


 全く理解出来ない状況で全員が困惑している中、咲紀の肉体だけがそれに構わず言葉を続けようとしていた。


「ぁ……。あー……喋れてる?」


 今までずっと聞いてきた咲紀の声。

 瞳は閉じたままの状態で咲紀が話かけてきた。


「咲紀、喋れてるぞ!」

「うーん、咲紀に言われても……」


 どっちに話しかけていいのか分からずに俺は霊体の咲紀に話しかけてみる。


「咲紀の身体を借りてるけど……私は野島千夏のじま ちなつ。咲紀の母親です」


「!!!?」


 咲紀の身体から飛び出したとんでもない発言に、一同が驚きに目を丸くした。


「ち、千夏姉さん!? どうして……!?」


 一番驚いたのは他でもない隆臣たかおみさんだ。


「とは言っても、これは術を解いた人達に……伝言を残すだけなんだけどさ。……つまり、これを聞いている頃……私は既にこの世にいないだろう……って言うヤツ。一度は言ってみたかった台詞だよね。あははっ……!」


 咲紀の身体で千夏さんが無邪気っぽく笑う。

 この状況下で随分と軽いノリの人だな。


「話を戻すけどさ。この術は私の親族の協力がないと解けないって言う制約をかけておいたからね、多分……私の弟の隆臣が協力してくれたのかな? それか隆臣の子供かな? 隆臣? 助かったよ、ありがとうね」


「姉さん……! 私だよ……隆臣だよ……!!」


 隆臣さんが目に涙を浮かべて床に膝をつき、咲紀の服の裾を強く掴む。


「さすがにこの地下室を見つけたのが隆臣なのか誰なのかまでは分からないけど……野島家、そして法術に長けた者と呪術士、咲紀を目覚めさせる為にこの三人を集めてくれた事に深く感謝します」


 咲紀の身体は微動だにしないまま、口だけがパクパクと動いて言葉を紡ぎだしていく。


「それにしても……。まさか咲紀の式呼びの儀を使ってこんな仕込みをしてくるなんてね……。私も明晴あきはるも油断……してたよ」


 千夏さんの口から、事件の話が飛び出したので俺は少しギョっとした。

 これは、隆臣さんや咲紀に知られてもいい内容なんだろうか?

 咲紀が心に傷を負ってしまわないだろうか。

 でも、止める事は出来ない。


「何か有力な情報……でも残せたら良かったんだけど……鬼の正体は牙龍鬼がりゅうきだった事くらいしか分からない……」


 ――牙龍鬼。


 鬼の名前を聞いた隆臣さんと彩乃さん、そして屍の表情が少し険しくなる。

 その鬼は何ですか? と聞こうと思ったが千夏さんの話を聞くのが先だ。


「咲紀。貴女は復讐ふくしゅうなんてしなくていい……犯人捜しもしなくていい。ただただ幸せに生きて頂戴。牙龍鬼は……お母さんがやっつけといたからね」


「お母さん……」


 霊体の咲紀が、自分の身体を見つめて静かに答える。


「明晴は……、お父さんは貴女に復讐……して欲しくて命を捨てて守ったんじゃあないんだよ。私だってそうだよ……。貴女をゴホッ……!」


 千夏さんが深く咳込み、それを聞いた隆臣さんが「千夏姉さん!」と心配して声を掛けるが、これは……録音されたメッセージのようなものなのだ。


「はぁ……、いいかい咲紀。目が覚めたら自分の為だけに生きてね。困ったら隆臣がなんとかしてくれるだろうし、もしかしたら咲紀を起こすために誰か他の人が手伝ってくれたのかも知れない。そういう人達と幸せに生きるんだよ……」


「お母さん!」

「千夏姉さん……!」


「私からのメッセージはこれでおしまい。……後は……この地下室を閉鎖して、隠さないと……鬼を送り込んできた奴らが誰なのかどんな奴らなのか分からないけど……願わくば隆臣や心優しい人達がこれを聞いてくれる事を願います……。……2016年3月4日。野島千夏。……咲紀の誕生日なのにこんな事になって、ごめんね……」


「姉さん!!」

「お母さん!!」


 咲紀が飛び寄り、隆臣さんが咲紀の身体を揺らすがそこで千夏さんからの言葉はプッツリと止まってしまう。

 こんな事が出来るなんて、野島千夏さんは本当に天才だったんだな。


「う……」

「どないしたんや咲紀?」


 咲紀が突然自分の胸元を押さえて体を丸くしたのを見て、椎佳しいかが声をかける。


「咲紀さんっ?」

「咲紀さん、大丈夫ですか!」


 続いて近くにいたりゅな那と静流しずるが駆け寄ろうとしたその時。


「うあぁっ!!」


 パァッッ!!


「キャッ!!」

「うわぁっ!」


 霊体の咲紀が一度だけ強い光を放つとその体が大きな玉に包まれ、それがみるみるうちに収束する。

 最終的に握り拳くらいの大きさになった光の玉が肉体へと移動し、スゥッと体へと沈み込んでいった。


 その光景をただただ見守るばかりの俺達。


「ん……」


 咲紀が短く声を漏らし、その指がピクリと動いた。


「さ、咲紀……?」

「咲紀……」


 俺と隆臣さんの呼びかけが届いたのか、その瞼がスゥッ……と開く。


「咲紀ぃ!」


 椎佳が一際大きな歓喜の声を上げたがさして気にも留めず、咲紀はぼんやりと、どこか寝ぼけているような表情で辺りをゆっくりと見回した。


「……咲紀……?」

「……さ……き……は……」


 再度俺が名を呼んで、咲紀がゆっくりと言葉を紡ぎだす。


「咲紀……は……」


 ビクンッ!!


 その時上半身を起こした状態の咲紀が大きく一度跳ね、目が大きく見開かれた。


「倒さないと……!」


 ゆっくりとした動きだが言葉にはしっかりとした意志が感じ取れる。


「咲紀、どないしたんや……?」


 咲紀の前に立つ椎佳を、咲紀がバッと顔を上げて睨み付ける。


「どいて! 咲紀! あの鬼を倒さないと!!」

「待ちぃや!」


 椎佳を押しのけて地下室を出ようとする咲紀だったが、起きたての状態ではゴリラのように屈強な椎佳を動かす事は出来なかった。

 こんな事を思ったのがもし椎佳にバレたら後で二回は殺される。


「どいて! 邪魔をしないで!!」


 バッと咲紀が印を組む。


 その印を見た隆臣が慌てて懐から札を取り出す。

 あれは確か、隆雲りゅううんを眠らせた札だ。


「咲紀、すまぬ!!」


 隆臣さんが咲紀のうなじにその札を投げつける。


「玄武!!」


 パキィン!!


 咲紀が叫んだ直後、ガラスが割れる甲高い音がして隆臣さんの札が空中で止まって地面へと落ちた。

 確か、かばねが使った防御障壁の術だったか?


「なっ……!?」


 札を防がれた事に動揺する隆臣さんには目もくれずに咲紀が印を組み続ける。


「咲紀、落ち着かぬか!! 影縛符えいばくふ!」


 屍も札を取り出して咲紀の足元にそれを投げつける。

 咲紀は右手の印を崩さずに左手を自身の足元へと伸ばす。


メイ!!」


 パッと強い光が一瞬生まれ、屍の札が地面に貼り付くが何も変化はない。


「光で影の位置をずらしおったか!」


「みんな、あの鬼を倒す邪魔をするなら……焼くから!!」


 咲紀が椎佳を始め、俺達を見回して炎の術を放とうとしたその時。


「あら、そんな物騒な術はダメよ」


 彩乃あやのさんが気配を殺して背後に立ち、トン……と咲紀の首筋に拾った札を貼った。


「うっ……!!」

「おっとっと……!」


 突然咲紀が力なくぐったりと倒れこんだのを慌てて椎佳が受け止める。


「樹条きじょう殿、すまぬ。」

「彩乃さん、申し訳ない……」

「いいえ。野島さんが瞬時に反応して、紫牙崎しがさきさんが気を逸らして下さったお陰ですわ」


「咲紀は……どないしたんや?」

「恐らく三年前の出来事と現在が混同して混乱しておるのじゃと思う」


 気を失っている咲紀を抱き抱えたままの椎佳に、屍が考えられる可能性を答える。


「とりあえず、ベッドに寝かせてあげましょう」

「あぁ、そうだな」


 静流の提案を受け、俺達は地下室を後にした。





あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

昨日が個人的な事情で短くていい加減な切り方をしちゃったので…。

さて、千夏さんが語りだけ登場して咲紀が無事この世に戻ってきました。

次回をお楽しみに。


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