第六十一札 りちゅある!!(1) =儀式=

まえがき

いよいよ儀式が始まった。

主人公である利剣は自分に課せられた役割をただこなすのみ。

「俺は……出来る限り静かに見守る!!」

もはや役割や存在はモブである。








野島千夏のじま ちなつの実弟、野島隆臣のじま たかおみの名が命ず……」

「彼の地に御座おわす屋敷神にかしこみ恐みももうす。その手に抱きたる……」

「…………」


 彩乃あやのさんと隆臣さんがそれぞれに漫画やアニメで見聞きしたことがあるような詠唱を始めたのに対し、かばねだけは無言で咲紀さきの額に何かを指で書いている。


「あれは何をしてるんだ……?」


 俺はそっと横移動して、三人に聞こえないように椎佳しいかの耳元で小声で囁くと椎佳が指で輪を作り、声が漏れないように俺の耳元に当てた。


「気持ち悪いから吐息吹きかけんといてぇや」


 ……。

 俺は真面目に聞いてるのに何だこの扱いは!

 何が好きでこんな重要な時に椎佳の耳元に息を吹きかけにゃならんのだ!

 なんてツッコミを入れてやりたいが今はこんな場面。

 我慢だ我慢。

 この疑問は後で屍に直接聞こうとすっぱり諦める事にした。

 椎佳への憎しみだけを残して。


 そういえば隆臣さんが来訪時に言っていた「あおいさん不在で葉ノ上はのうえ樹条きじょう家が咲紀の事を一任されている件は聞かないでおこう」と言った事の真意だが、静流しずるが言うには今回の咲紀に関する出来事はまさに前代未聞のイレギュラーな案件な訳で当然管轄長が先頭に立って解決に向けて当たらなければいけないぐらい重要度としては高いんだそうだ。


 例えれんさんが「管轄長が面倒くさいから」と言う理由で葵さんとの試験時に少し手を抜いて負けたとはいえ、今の管轄長は葵さんであって漣さんではない。


 他の管轄長から見れば、青龍管轄のその件について異議申し立てを行い糾弾きゅうだんするぐらいのレベルらしいのだが、隆臣さんはそれを「個人として来ている」と言って見逃してくれたという訳だ。


 なんだかんだで隆臣さんっていい人なんだよな。

 あの爺さんと婆さんの息子とは到底思えない。

 それを言ったら千夏さんも、か。


 そんな事を考えていると隆臣さんと彩乃さんの詠唱が終わり、二人の掌から白く淡い光が生まれる。


「呪術の解除はぬかりなく出来ておるので、今のうちに……」


 屍が横たわっている咲紀の額に、重ねた両手を当てて目を逸らさないまま合図を出す。


「有難うございます紫牙崎しがさきさん。じゃあ次は私の番ですね」


 彩乃さんが生み出した光をそっと咲紀の胸元へと添えた。


「屋敷神様……彼女の身体に掛かる術を解く御力を私、樹条彩乃に貸し与えて下さい。彼女の心と身体を一つに戻して再び輪廻の輪へとお戻し下さいます様……何卒お力添えの程、宜しくお願い申し上げます……」


 言い終えた直後、光がゆっくりと咲紀の身体へと吸い込まれ、ぼんやりと咲紀の身体全体を包むように薄い光の膜が発せられる。


「……?」

「ど、どうした?」


 霊体の咲紀が何かに気付いた様子でキョロキョロと辺りを見回すので、俺が小声で声をかける。


「何か、呼ばれたような……気がしたけど……」

「術のせいじゃないか?」

「そう……かな?」


 呼び声が聞こえなくなったのか、咲紀は首を傾げながらも再び自分の身体へと視線を戻した。


「時止めの術ならびに掛かっていた様々な術は今解除しております。後は野島さん……お願い致します」

「承知した」


 隆臣さんが頷いてから両手で何種類かの印を組む。


「野島千夏に代わり野島隆臣が命ずる! 野島咲紀に掛かる術は今この時を以って全て解かれた。野島咲紀よ、あるべき姿へと戻るが良い!!」


 隆臣さんの声と共に強い光が生まれ、部屋全体を照らした。

 すげぇ……、眩しくて目を開けていられない。

 ここで俺が魔王っぽく「ぐぉあぁぁぁ!!」とか言ったら皆驚くんだろうか。

 さすがに後で皆の反応が怖いのでやらないけど。


 数秒経っただろうか。

 目を閉じていてもまぶたを通して明るいというのが伝わっていたがそれを感じなくなったのでゆっくりと目を開けてみる。


 静まり返った室内に、投光器の明かりだけが部屋を照らしている状態。

 光が生まれる前と比べて特に大きな変化は見られない。

 7人と……あれ?


「咲紀……?」

「咲紀……」

「咲紀さん……」


 皆それぞれに咲紀の名前を口に出す。


「え……?」


 咲紀自身も状況が掴めずに、短く声を漏らした。


 俺の隣にいたのは巫女服姿の咲紀。

 いつもと変わらず浮いている。

 存在がじゃないぞ。身体がだ。


「な、何で……?」


 咲紀が指をクイクイと動かし、自分の身体に変化がないかくまなく確認する。


「咲紀」


 俺は手を伸ばして咲紀の手を握ろうと試みた。


 スッ……


 だが俺の手はむなしく咲紀の右手をすり抜ける。


「咲紀、何でや……?」

「術の解除に問題は無かったはずだ……!」

「呪術の抑え込みは出来ておったのじゃが……」

「咲紀さん……」


 俺を含めて動揺する一同。


 ただ一人を除いて。


「あら……ちゃんと呼吸はしているようねえ……」

「……!」


 彩乃さんの声に、全員が咲紀の身体に注目する。


 スゥ……スゥ……。


「咲紀の身体が……動いとる……!」


 椎佳が言った通り、咲紀の胸辺りがゆっくりと上下していた。


「じゃあこの霊体の咲紀は……なんなんだ?」


 俺の問いかけに、全員が首をひねる。

 しばらくの間の後、椎佳が「あ」と声を上げた。


「霊体の咲紀が肉体に重なるように寝転んで起きる、とかちゃう?」


「…………」


 もしかしたらそうかもしれない。

 みんなその思いを口には出さないものの、霊体と肉体を近づける事がキーだったのか! と、椎佳の思い付きがとてもマトモな案に聞こえたため、一斉に咲紀へと視線が集まる。


「や、やってみる……!!」


 フワリと自分の身体に近付いてから咲紀が台の上に寝転ぶ様に横向きに浮く。

 頑張って同じような体勢になった時「よっしゃ、今や!」と椎佳が声を上げた。


「え、えいっ!」


 ガバッと起き上がる咲紀。

 しかし、肉体は横たわったままの状態。


「幽体離脱見とるみたいやな」

「不謹慎よ、椎佳」


 椎佳の呟きをたしなめる静流。

 確かにこっちの方が某芸人の一発芸より本格的っていうかまさにその状態だけどさ。


「何が悪かったのだ……? 身体は生命活動を開始しておるのに霊体がそのままとは……」

「呪術、法術ともにしっかりと解除は出来ておったとは思います。他の要因が関係しておるのかも知れませぬが……」


「咲紀、もう一回やるんや!」

「う、うんっ」


 隆臣さんと屍が術の失敗原因について真剣に話し合っている横で椎佳と咲紀がいまいち緊張感のない会話を展開する。

 いや、椎佳と咲紀からすれば真剣なのかも知れないんだけど。


「土地神様の縛りも無事外してもらえましたし、身体の生命活動は開始した様だから体温と脈を測って医療機関へ搬送するのが良いかと思いますわ」

「そうじゃの……」

「そうするしか……」


「えいっ!」


 短い掛け声と共に咲紀が再び起き上がる。


「え?」


 台に横たわっていた咲紀の上半身が……ムクリと起き上がった。


「嘘やん……!」


 いや、やれって言ってたお前がそれを言うなよ。

 でもなんか……二重になっているというか、ブレている気がする。


「咲紀さん!」

「静流さんっ!」


 咲紀が起き上がった喜びから台へと近づく静流に、咲紀も台を降りて近付こうとする。

 ん?

 あれ?

 静流へ向かう咲紀とは別に、台の上には上半身だけ起こした咲紀が残っている。


「あれ? やっぱりくっついてへんやん」

「くっつくって……お主の言い方……」


 珍しく椎佳の言い方に屍が反応した。

 気持ちは分かる。


「ぁ……。ぁ……。」


 その時。

 咲紀の肉体が口を開けて微かに声を発した。





あとがき

起き上がった咲紀。

そんな咲紀が声を……!?

今回は昨日短かった分を補填すべく次回に続きます。

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