第六十札 ふるむーん!! =満月=

まえがき

鍋とか言い出した彩乃さん。

だが彩乃さんはとても大切な事を見落としていた…!!





「性急ではあるが、今夜術を行う事になった」

「……それはまた急ですね」


和室でテレビを見てくつろいでいた俺と咲紀さきに、隆臣たかおみさん達がわざわざ報告に来てくれる。


「今夜ですか」

「そうじゃ。今月は今日が満月じゃからの」


念の為に再確認した俺に、今度はかばねが返事をしてくれる。


「すまない。なかなかに仕事が忙しくて月を全く確認出来ていないものでな……」

「私も紫牙崎しがさきさんに聞くまではうろ覚えでしたもの……」


申し訳なさそうな二人に、屍だけが何だかどうだと言わんばかりに少し胸を張っている。

決して胸だけを見ている訳ではない。

……小さめか。

おっと。


さすが屍。

自称孔明なだけはある。


「時間は21時30分頃が丁度綺麗な満月といった所かの」

「やっぱり屍もその辺の所、満月だったら成功率が上がる! とかじゃなく願掛け的なものなのか?」


俺の問いに「ふぅむ」と俯き、少し考えてから顔を上げる。


「そうじゃのう。元々法術も呪術も「使い手の精神力に左右される技」じゃからの。術者が成功するイメージを強く抱いておればそれだけ成功しやすいという所を見れば、満月の夜は成功率が上がると紐づけるのも間違いではなさそうじゃな。そんな事よりも……」


屍が俺の肩に手を置き、怪しげな笑みを浮かべる。

人体実験なんかをするマッドサイエンティストが被験者を見る時、こんな顔をするんじゃないだろうか。


利剣りけんには色々と聞きたい事があるのじゃ。是非とも時間作ってもらい利剣の話を聞かせてもらおうと思うての」

「え? お、俺の話……?」


心なしか彩乃あやのさんが「あらあらぁ」と頬に両手を当ててどこか楽しんでいるように見える。


屍の言葉と反応に、俺はバッと咲紀を見る。

本当は留守番をしていた静流に何があったのかを聞きたかったんだが、当の本人は夕食準備という事でここには居ない。


「……ごめんっ、なんかバレたっ」


咲紀が椎佳みたいにペロッと舌を出す。

おい!!

なんかって何?

バレるようなもんなの?


唯一隆臣さんだけはこの話が全く理解おらず、咲紀と俺の顔を交互に見て、話の内容を理解しようと努めている。


「い、今は法術の方に専念してくれ! その話は術が成功した後で……」


どう誤魔化していいか分からずに俺はそんな言葉を口走ってしまう。

それを聞いて満足したのか、屍がスッと俺から離れる。


「当たり前じゃ。お主に言われずとも分かっておる。今の私にとって咲紀を救う事が一番大事な事じゃからの」

「そうだよな……」

「しかしその後でお主の話が聞けるという事でますます術にも力が入りそうじゃ。さっき言った言葉、忘れるでないぞ?」

「あ、ああ……」


そう言い残して屍は上機嫌で和室を出て行った。

俺はまた、自分の首を絞めてしまったのだろうか。


「うふふ、若いっていいわねえ……」


彩乃さんは本当に葉ノ上家の人間ですね。


「逢沢君は本当に色々と謎が多いな」


ドキッ。


「そ、そうですかねぇ?」

「ああ。樹条きじょう家といい紫牙崎家といい……青龍管轄長のあおい家もこの件については何も口出しや確認はしてこない様子だしな。……その人脈はどこから来たものなのか、皆目見当がつかない」

「たまたまですよ。咲紀の霊体を目撃した所から縁がつながったみたいですね」

「そうか……」

「はい」


まぁ、それについては嘘ではないけどこれから協力してくれると言ってくれている隆臣さんに俺に関する事を隠しておくって言うのも何か罪悪感を感じるなぁ。


トントン……


「はい」


スッ……


襖がスッと横に開き、静流しずるが顔を覗かせる。


「野島様、お夕飯の支度がそろそろできますので食堂へご案内致します」

「ん、有難う」


「あぁ、もうそんな時間か」


時計を見ればもう18時。

夕暮れとはいえ外がまだ明るいからあまり実感はなかったなぁ。


「静流。咲紀の術だけど今夜行う事になったから皆に知らせておいてくれ」

「今夜ですか? 随分と急なのですね」

「今夜が満月だからだそうだ」

「なるほど……。私や椎佳も出来る限りのお手伝いはさせて頂きます」

「よろしく頼む」


「お待たせいたしました。それではご案内いたします」

「お願いする」


俺とのやり取りを終えた静流が隆臣さんを食堂へと案内する。


俺達もしっかり食べて、夜の術に備えないとな。

俺はする事ないけど。


ちなみに夕飯は八月だと言うのに鍋だった。

空調が聞いているとは言え、暑いんだけど。


静流にコソっと「何で真夏に鍋なんだよ」とクレームを入れた所、急に四人で帰る言われたので四人分のお夕飯を追加で作るのは鍋が最適だったからですと言われてしまった。


本当にごめんなさい!




 ・ ・ ・ ・ ・




「準備は良いかな?」


隆臣さんの声掛けに一同無言で頷く。


投光器が置かれているとはいえ隅っこの方は薄暗さが残る地下室に総勢7人と霊1人が集まる。


「私はいつでも大丈夫です」

「私も同じく……」


神妙な面持ちで答える二人。

やはり今まで直面した事がない術だから緊張しているようだ。


「いよいよやなぁ……」

「そうね……」


いつもは飄々ひょうひょうとしている椎佳しいかが真剣な面持ちで呟いたのを受けて静流も落ち着いた様子で答える。


「利剣さんっ……」


頑張って降りてきた流那りゅなが俺の裾を掴む。


「大丈夫だ。この三人なら絶対上手くいくさ」

「は、はいっ……」


今日の術の成功か失敗かで咲紀のこれからの人生が大きく動く。

流那が不安になるのも無理はない。

そう思って流那を励ますつもりで言ったけど……。

本当は自分自身にそう言い聞かせたかった。


「ではお二人とも、宜しくお願いする……」


三人が咲紀の肉体に手をかざし、それぞれに何かを念じているように見える。


(いよいよ、か……)


21時30分。


かくして、野島咲紀にかけられた千夏さんの術を解く儀式が始まった。




あとがき

年末は色々と予想外な事が起こりますね。

負けずに頑張りたいと思います。

飽きずにお付き合いくだされば嬉しいです。

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