第五十九札 あんくる!!(2) =叔父=
まえがき
「母さん、椎佳からiineが」
「あらぁ、何てきたの?」
「夕方17時までには野島家のオッチャン連れて行くわ、だそうです」
「え……?」
「い、岩手の野島家のオッチャンというのは、玄武の管轄長かや!?」
「どうやらそのようです……」
「あらぁ~、急いでお迎えの用意をしないといけないわねぇ……」
「さ、咲紀! お主の母親の弟がここに来ると言うておるぞ!」
「ええっ!? そ、それは心の準備がっ!」
「静流、ひとっ走りしてお鍋の用意でも買ってきて頂戴な」
「分かりました、では……!!」
※突然の連絡はやめて、早めの連絡をするようにしましょう。
バタン……!
駅からはタクシーを使い、あっと言う間に住み慣れた家に戻ってくる。
「ここに、
どこか緊張した様子で広大な敷地の洋館を見てから俺へと視線を移す
「さぁ、どうぞ中へ」
「あ、ああ……」
俺を先頭に隆臣さん、その後に
ガチャ……。
「ただいま」
家の主人だから勿論呼び鈴なども鳴らさず普通にドアを開ける。
「お帰りなさいませ」
帰宅に気付いた
「えーっと……こちらが……」
紹介しようとした俺を隆臣さんに気付かれないように一瞬だけジロリと
何、怖。
「
ついさっき俺を睨みつけた表情は幻だったのかと目を疑いたくなる程、隆臣さんに対して澄ました顔で深々とお辞儀をする静流。
「ご丁寧なお出迎えありがとう。野島隆臣だ」
紹介しようとした俺など初めから存在していないかのように話が進んでいくので、俺はそっと口を閉じた。
「あら、お久しぶりですわ」
廊下の奥から聞こえた声に隆臣さんがそちらへと視線を移す。
廊下から玄関に歩いてきたのは、
「これはこれは……
「お初にお目にかかります。
隆臣さんの視線を受けた屍がそう言ってゆっくりと頭を下げる。
「紫牙崎……。呪術士の家の娘さんだな」
「ご存知でいらっしゃるとは、さすが玄武の長でいらっしゃいますね」
口元に手を当ててホホと笑う屍。
何だこのお嬢様演技は。
いつもの「のじゃ」「じゃわ」がないぞ。
「……」
何て胸中で思っていると、屍が俺を見た。
「ん……?」
「……」
何も言わずに屍がじっと俺を見つめている。
な、何だ?
どんだけガン見してくるんだ?
憎しみとか怒りとかの感情ではなさそうだが……。
「ふむ……、
「差し出がましいかとは思いましたが本件においては
深々と頭を下げる彩乃さんに、隆臣さんが腕を組んで少し黙り込んだのがすぐに顔を上げた。
「そういう事情であるならば深く聞くのはやめておこう。今は野島隆臣個人として来ておるのでな……」
んー、どういう事なんだろう。
誰か賢い人教えてくれないかな……。
そんな気持ちを込めて椎佳を見てみたが、椎佳も肩を竦めて「ワタシ、ワカラナイネ」アピールしてくる。
そんな気はしてた。
「して、咲紀の肉体はどこに……」
そう言って辺りを見回した隆臣さんの視線が一か所に集中する。
「あ……あれが……」
隆臣さんが見ている先。
柱の傍に体を半分だけ隠して顔を覗かせている咲紀だった。
「隆臣さん、彼女が野島……咲紀です」
「咲紀……」
ゆっくりと咲紀へと歩き出す隆臣さん。
「……お、おじ、さん?」
咲紀も、ゆっくりとではあるが柱を離れて隆臣さんの方へと進んでいく。
「
「お、お母さんの弟さん……」
「はは……どことなく、似ているなぁ……」
隆臣さんが目を細めて笑い、咲紀の頬を手で触れようとするが、すり抜けてしまう。
「叔父さんは……目元がお母さんにちょっと似てるかも……」
「はは……姉弟だからなぁ……」
感動ともいえる対面に、皆誰一人邪魔をすまいと言葉を発そうとしなかった。
ええ話やなぁ……。
流那に至っては目に涙を溜めて、えぐえぐと泣いていた。
ズズーッ!!
感動で鼻水が出たのか椎佳が鼻をすすった。
馬鹿野郎。俺だってすすりたいの我慢してたのに。
一気に場が白け、隆臣さんと咲紀が何の音かと椎佳を見る。
「……ごめん、続けてぇ……」
片手を顔の前に立ててゴメンのポーズをするが、さすがに続ける訳にもいかずに隆臣さんが咳払いを一つした。
「つ、次は肉体の状態を見せてもらいたい……構わないかな?」
「あ、じゃ、じゃあ俺が案内しますね……」
俺を先頭に隆臣さんが後をついてくる。
俺は見てしまった。
彩乃さんが椎佳の襟首を掴んで、地下室とは反対の方向へ消えていくのを。
・ ・ ・ ・ ・
「これが……咲紀の身体……」
隆臣さんが咲紀の身体とその周囲に貼られている無数の札を見る。
「千夏姉さん……まさかこの術を完成させるとは……」
「し、知っているんですか?」
「知っている、という訳ではないのだが遠い昔に姉が言っていた話があってな……。「人が死にそうになっていて治療や救助が間に合いそうにない時に延命措置が出来るような術を編み出したい」とな」
「そ、それがこの術ですか……?」
「そうだな……。色々と面倒な制約はあるが、術の機能は見事に果たしている……」
「千夏さんってすごいんですね……自分の死ぬ間際に術を編み出して娘を救ったんですから……」
「あぁ……自慢の姉だよ……」
そう言った隆臣さんが俺に背を向け、静かに眼鏡を外した。
手を顔に持って行ってる所から、悲しんでいるのかも知れない。
泣いているのかも知れない。
そう思った俺はゆっくりと隆臣さんに背を向けた。
何分経っただろうか?
カチャ、と眼鏡を掛ける音が聞こえ「すまない」と呟いた。
「叔父さん……」
タイミング良く地下室に降りてきた咲紀が隆臣さんへと近づいてくる。
「咲紀。私が来たからにはもう安心していい。必ずやこの術を解いてやるからな」
「咲紀、どうなるのかな……?」
両手の指を絡めて
「どうもなりはしない。今ある肉体と霊体が一つになって普通に生きていくだけだ」
「そう……かな……」
隆臣さんの力強い言葉を聞いても、どこか不安そうな表情を浮かべる咲紀。
「咲紀、何にも覚えてなくて……。もし身体と霊体が一つになったら全部思い出すのかな? って……。そうしたら今経験した事、皆の事を忘れちゃうのかなって……」
「それは……」
隆臣さんが答えられずに口を閉じてしまう。
そりゃそうだ。
この術は千夏さんのオリジナルで、前例がない法術なんだから。
肉体に変化があるのか。
記憶はどうなるのか、なんて誰にも分からないのだ。
だけど。
「大丈夫だ」
根拠はないけど、俺はその言葉を口にしていた。
「利剣……」
「大丈夫だよ。だって、咲紀のお母さんは天才法術師なんだぜ。何もかも上手くいくさ」
「で、でも……」
「それにさ、もし咲紀が霊体の時の事を綺麗さっぱり忘れちまってたら……今度は俺とマトモな出会い方をして、恋人になってやるから安心しろ」
「それはやだ……」
「何でだよ!?」
「えー、だって利剣だよ……? 多分細胞レベルで恋しないと思う……」
「
「私も叔父として、薦めにくくはあるが……」
「隆臣さんまで!?」
「ふふっ……」
「ははは……」
少しの沈黙の後で笑いあう二人に、俺はため息をついた。
「ったく、二人とも本当に親戚同士っすよ……」
「はは……。さて、私は少し樹条殿と紫牙崎殿と打ち合わせをしてくる」
「はい、わかりました」
「う、うん」
「恐らく術の解除にあたって、月の満ち欠けや三者の波なども関係してくると思うのでな」
「や、ややこしいんですね」
「まぁ、願掛けみたいなものだ。ではな」
隆臣さんが梯子を使って上へと上がっていく。
後に残される俺と咲紀。
「……咲紀、やっとここまで来たな」
「うん」
「最初はこの屋敷に俺と咲紀だけだったのになぁ」
「そういえば、そうだねっ……」
「俺はこの世界に来て最初は一人ぼっちでさ。この先どうなるんだろうってすっげえ不安だった」
「ホント、ありえないよね並行世界とかさ」
「幽霊とかもあり得ないからな」
「こっちの世界では普通みたいですよーだ」
「まぁ、俺がこうやって退屈せずに色々楽しく生きてるのもお前のお陰だと思う。ありがとう、な」
「利剣……」
スッと咲紀が俺の前まで移動してくる。
ブォンッ!!
突然、咲紀が俺の顔面に拳を放つ。
「うおっっ!?」
避けようとするが咄嗟の事過ぎて思わず床に尻餅をついてしまう。
ズシャア!!
「痛ってぇぇ!! な、なにすんだよっっ!?」
怒鳴り声を上げる俺に咲紀がズイッと顔を近づけてくる。
そして。
「お前じゃないよ、咲紀だよっっ!!」
と言って、べぇっと舌を出した。
あとがき
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
いよいよ、咲紀を元に戻す術が……?
次回にご期待下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます