第五十八札 とうきょう!! =東京=

まえがき

利剣達、新幹線で移動中。

目指すは自宅!













 軽い振動が起きて俺は目を開いた。


 ――ご乗車、ありがとうございました。大宮、大宮です。――


 ぼんやりしていた思考が車内アナウンスによってゆっくりと明確になっていく。


 今何時だ……?


 膝の上に置いていたスマホを見ると時間は14時39分。


 弁当を食って、それから何となく気まずくてさしたる話も出来ずに目を閉じていたら寝てしまってたって事か……。


 そっと隣を見れば隆臣たかおみさんも目を閉じていて、俺の前の座席……後頭部しか見えないが椎佳しいかの頭と流那りゅなの頭が少しだけ見える。

 会話が聞こえない所を見ると二人も寝ているんだろうか。


「起きたか」

「っ!?」


 反射的に左へ振り向くと、目を閉じたままだった隆臣さんがゆっくりと目を開けて俺を見た。


「す、すいません……寝てしまってて……」

「責めてなどおらんよ。実際の所私も何度か転寝うたたねしていたしな」

「そうですか……」


 転寝って事は完全には意識を手放してなかったって事か。


「少し、姪に会う前に色々と尋ねておきたい事があってな。逢沢おうさわ君が目を覚ましてくれて良かった」

「尋ねたい事、ですか?」

「そうだ。それに逢沢君からも私に聞きたい事があるのではないのかな?」

「ええ、まぁ……」

「盛岡から東京までは二時間と少し。互いに言葉を交わすには長すぎる時間だが大宮からだと二十分と少し。丁度いい時間かなどと考えていた所に君が目を覚ましてくれたという訳だ」

「そうでしたか……」


 確かに、隆臣さんと二時間のトークは間が持たない。

 椎佳と流那を交えてもいいんだけど、何か椎佳機嫌悪そうだし。

 ここは俺が一対一で頑張るしかなさそうだ。


「それで、尋ねておきたい事とは……?」

「うむ……」


 話を切り出したのは隆臣さんからなのに一言相槌あいづちを打ったきり、指であごをさすって車内の天井に視線を泳がせる。


「……どうなのかな」

「え?」


「姪は……咲紀さきは姉に似ているのか?」

「ど、どうなんですかね……。僕は咲紀のお母さんに会った事がないもので……」

「そうだったな……。咲紀の養子や性格は……どうか?」

「うーん、そうですねえ……。黒髪のロングヘアーで目尻がちょっと下がってクリッとした可愛らしい顔をしていますよ」

「そうか……」


 俺の記憶違いじゃなければ。

 確か明晴あきはるさんの実家には毎年帰省していたようだが、岩手の野島家には一回も帰っていなかったはず。

 確かに隆雲りゅううんさかえがああいう態度と方針を取っていたのなら帰省なんて到底出来そうにないか。


「今年で幾つになる?」

「……元気に生きていたんなら十九ですかね? でも三年前の事故からずっと時間が停まったままみたいで肉体年齢は十六です」

「普通なら荒唐無稽こうとうむけいだと思う内容だが、姉ならやりかねん話だ」

「そ、そうなんですか……?」


 何人かから野島千夏ちなつさんの話は聞いていてすげぇ人なんだなとは思っていたけど実弟もそう言う評価を下すって事はやっぱり凄い人なんだな。


「ああ。私が言うと身内贔屓みうちびいきに聞こえるかも知れないが姉は幼い頃から天才と呼んでいい程の素養を持ち、法力の力も量も他者を凌駕りょうがしていた。何度も手合わせをしたがただの一度も勝てた事はない」

「へぇ……」

「父上も母上も、姉を嫁に嫁がせる先をどこにするか。どこへ嫁がせれば家が繁栄して強い子孫が残せるか。ほぼ毎日のようにそんな話を繰り返ししていたな」

「そうなんですね……」


 相槌しか打てねえ。

 でも隆臣さんがそんな会話を耳にしているという事は、当然千夏さんに耳にも入っているんだろうなぁ。


「当の本人は全く気にした様子もなく、「法術試合で自分を負かせる人間としか結婚しない」なんて言っていたがな」

「そんな人、いなさそうに聞こえますね……」

「あぁ。実際色々な名家の人間が来たが、誰一人姉に勝つ事は出来なかった。父上と母上の候補にしていた家の者を完膚なきまでに打ち負かした時の両親の顔は今でも忘れられんよ」


 その話をした事で当時の様子を思い出したのか、フフッと笑みをこぼす隆臣さん。


「最後には……咲紀のお父さんが勝ったんですか?」


 俺の問いにゆっくりと首を振る隆臣さん。


「……いや。彼は姉とは一度も戦っていない」

「え……? じゃあ……」

「おっと、その話は姪が無事に目覚めた時に一番に聞かせてやろうと思っている話だ。ここでは「後でのお楽しみ」と言っておこう」

「は、はい」


 き、気になるじゃん。


「それで? 逢沢おうさわ君が私に聞きたい事があるのではないかね?」

「あ……ええ、まぁ」


 ここで質問する番が回ってきたんだけど、さすがに咲紀の両親の馴れ初めは咲紀がいないから聞けない……ってそうじゃない。


「野島家としては助力しないけど、個人としては助力するって……一体どういう事なんですか?」

「やはりそこが知りたいか」

「そうですね。信用できないとか疑う、みたいな大きな話じゃないですけどその言い回しの意味を隆臣さんから理由を聞いてそこは納得したいです」

「そうだな。……家の恥部を晒す事になるのだが、一年と少し前。父上が体調を崩した事がキッカケで私が当主になった」

「そうなんですか」

「ああ。私が当主を継いだとはいえそれは肩書だけの事。実際は当主が二人いるようなものだ」

「でも、現当主は隆臣さんでは……」

「ははっ。知識も経験も父上の方が多い。実際に家の決まり事や親戚との付き合い云々は逐一父上に相談して伺いを立てている有様だ。私が所轄の用事で出ている際にも父上が家の者に指示を飛ばして舵取りをしているしな」

「複雑ですね……」

「そう、複雑でな。「野島家の総意で助力する」などと言ってしまった日には両親の意志を無視しているという事になり親戚や仕えて者から色々とな……面倒なのだ」

「お、お察しします」


 あの爺の事だから、当主交代とか勘当とか言い出しそうだ。


「で、でもそれって結局隆臣さん個人として助力しても隆雲さんから見れば良くはないのでは?」

「ふむ。それはそうだが」


 そうなんですか。


「それでも野島家当主の決断として助力を断っているし、今は当主ではなく千夏の弟して来ているだけだ」

「屁理屈に聞こえますが」

「はっはっは。そうだな、屁理屈だ」


 そう言って一人で笑う隆臣さん。


「だが、例え当主を下ろされたとしても、家を追われる事になったとしても……咲紀を救うという選択を選んだ事に後悔も迷いもない」

「隆臣さん……」



 ――ご乗車ありがとうございました。間もなく上野、上野です。お降りの方は――


「さて、次が東京かな?」

「……そうですね」

「今の理由で少しは警戒を解いてもらえるかな? 樹条きじょうの娘さん」

「え?」


 突然隆臣さんが自分の前の座席に話しかける。

 すると、前の席から「まだ分からへんけどな」と声が返ってきた。

 起きてたんかい。


「せやけど、咲紀を助けるんに野島さんの力が必要なんや。ウチにはそれが出来へんから……頼みますわ……」

「あぁ。全力を尽くそう」

「そっか」


 席越しにそんな会話をしてから椎佳が隣にいる流那を揺さぶったようで、流那の後頭部が左右に揺れる。


「流那、起きや。もうすぐ東京やで」

「ふぇぇ……?……ふぁぁ……」


 前から流那の呑気な声が聞こえる。

 待ってろよ、咲紀。


「あ、椎佳」

「……何よ?」


「俺、隆臣さんの移動でいっぱいいっぱいで椎佳にしか連絡してないんだけどさ。静流か彩乃さんには連絡してくれてるよな?」

「え? 利剣がしてくれとるんちゃうん?」

「いや、してないし」

「何しとん自分」


 それは俺の台詞だ。

 いや、お互い様か。


「流那は? 連絡した?」

「ふぇ……? いえ~、流那はしてないです……」


 だよね。

 流那は悪くない、うん無罪。


「まぁ、いっか。東京から俺の家までどうせ電車で一時間ぐらい掛かるし」

「……せやな。家に着くんは16時30分か17時くらいやろうし。それでiine打っとくわ」

「深く考えずに飛び出して来てしまったのだが、近くに宿はあるだろうか?」

「あー……どうなんでしょうかね。大体皆ウチに泊まっていくもんで……。一応調べますよ」

「すまない」


 どこまで行ってもなんかグダグダな展開の俺達だった。






あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

年末年始でも本作だけは毎日更新したいと思います。

(ぷるぷる……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る