第五十六札 へっど!! =当主=

まえがき

松子と利剣のタッグで大暴れ。

でも主人公? の利剣はそんなに倒していない。

いやぁ、本当に主人公? って感じですね。
















 怪我人が別室に運ばれた事で落ち着きと静けさを取り戻した空間。

 それでもさっきの大立おおたち回りの痕跡こんせきを消すのは容易ではなくふすまや障子には無数の穴。

 柱や天井にも武器を振り回した事による傷がついている。

 そんな中、俺と市松子いちまつこ血痕けっこんが軽く拭き取られただけの畳に座り野島家の当主と前当主の二人と対面している状態だ。

 血痕って言うと惨劇を思わせる響きだが、実際は市松子が男に出させた鼻血なんだけども。


「改めて……。野島家現当主の野島隆臣のじま たかおみだ」

逢沢利剣おうさわ りけんと言います」


 静かに自分の名を告げる隆臣さんに、俺はこの部屋の惨状もあって深々と頭を下げる。

 ……修繕費用と怪我人に対する見舞金の請求に関してだが、金だけはある。

 自分でこう思ってから俺ってすげぇゲスいキャラだなとは思うが、何とかそれで許してもらいたい。

 警察に通報からの逮捕、留置所送りだけは今後の事を考えると何としても避けたい。

 と言うか俺は本当に被害者なんだけど。

 木刀を握っただけで槍を繰り出してきたのはこの家で働く男な訳で、言ってしまえば俺は正当防衛だぞ?

 今はそんな議論はとてもじゃないが出来ないけど。


「……そちらの子は?」


 隆臣さんが眼鏡を指で上げて市松子を見ると、俺と同じく深々と頭を下げる。


市松松子いちまつ まつこと言います」


 嘘つけぇ!

 絶対偽名だろ!!


「市松……松子……?」


 それを聞いた隆臣さんが目を細めて俺を詰問するような雰囲気を漂わせているが、本当に知らないんだって。


「ええと、俺もこの子の事は全く分からなくて……」

「嘘をつけ! 示し合わせてこの家に無礼を働いたのじゃろう!!」


 隆雲りゅううんがこっちに唾を飛ばしてくる勢いで声を荒げる。


「何と言われても俺とは全く面識はないですよ!」


 隆雲の声につられて自然と俺の声も荒くなってしまった時、隆臣さんが片手を上げて二人のやり取りを制した。


「その話も含めて諸々もろもろの事は後にする。それよりも君がここを訪れた用向きを話してもらおう」

「俺が来た目的はただ一つです。野島咲紀さきさんの件で野島家の力を貸して欲しくて失礼を承知ながら訪問させてもらったんです」

「それは先ほど聞いた。その話の詳細を聞かせてもらいたい」

「……分かりました」

「……フン! 時間の無駄じゃがな」


 クソジジイめ。

 隆雲がフンと鼻で笑ったのを一瞥して、俺は隆臣さんに向き直った。


 俺はあらかじめ考えておいた事のあらましを隆臣さんに話した。

 もちろん俺の事は簡単には明かせないのでそこは出来るだけ端折はしょって。


 女の子の幽霊を目撃したので青龍管轄所に連絡をした所、写真等から野島千夏のじま ちなつさんと明晴あきはるさんの娘さんの咲紀さんであるという事が判明したという話から始まり。

 その時に屋内を捜索していた法術師の一人が地下室を発見し、そこに咲紀さんの肉体が安置されていた事。

 咲紀さんの身体には千夏さんが命を落とす間際に複雑な術を施しており、法術だけではなく呪術も使われている状態で解読が大変難しい事。

 解読できた部分から、野島千夏の親族の法術師の力が必要不可欠である事を説明した。


「つまり私か我が子、父上か母上いずれかの助力が必要であると」

「……はい」

「ふむ……」


 隆臣は腕組みをして目を閉じる。


「答えなど決まっておろう。助力はせぬ! それが野島家の総意じゃ!」


 静かに考えている隆臣さんとは逆に俺を指差し、出ていけと言わんばかりに腕を玄関の方へと薙ぐ隆雲。


「だから、この家の事は俺には分かりませんが一人の女の子の人生が掛かっているんです! 今回だけ力を貸してくれれば今後この家には関わらないように咲紀にも言い聞かせます!!」


 咲紀すまん。

 お前の意思を確認しちゃいないんだけど今俺が言ったことは俺の勝手な提案だ。

 だがそんな提案をしても、このジジイは動いてくれそうにないけど。


「そのような条件など無意味じゃ! 受け入れずともこのままお主らを追い返せば勝手にその条件が叶うんじゃからな!!」

「く……。野島家の当主である隆臣さん、なにとぞ……」


 わらにもすがる思いで俺は畳に頭を擦り付ける。


「なにとぞ……」


 ドン!!


 市松子も俺の隣で頭を畳に勢いよくぶつけた。

 痛そう、などとつい考えてしまう。


「隆臣の意見も儂と同じ! 早う警察に連絡せぬか!!」


 隆雲がジロリと控えていた男を睨みつけて指示を出す。


「父上、少々黙っていてもらいたい」

「……な? なに?」


 突然口を開いた隆臣の言葉が信じられずに隆雲が自分の耳を疑ったがすぐに顔を真っ赤にして怒鳴りだす。。


「隆臣! 儂の意向に逆らうと言うのか!」


 だがその声を受けても動じることなく、隆臣がゆっくりと目を開いて隆雲を見据える。


「勘違いなされまするな。父上はあくまで前当主……。現当主は私です」

「ぐ……ぬ……」


 隆臣が力強くそう答えると、隆雲が気迫に飲まれて言葉に詰まった。


「た、隆臣さん……」


 俺は一縷いちるの望みを込めて当主の名を呼ぶ。

 声を聞いてかどうかは分からないが隆臣さんが気迫は抑えたものの表情は変えないままゆっくりと俺を見た。


「野島家の当主として返答させてもらう」

「……はい」


「野島家は一切の助力をしない」

「…………そうですか」


 あぁ……。

 こいつらはこういう人間か。


「はっはっはっは! じゃから言うたじゃろう!! 満足したか? ではこの話は終いじゃ!! 早う警察を呼べい!!」


 咲紀……俺は……。

 握り締めた拳にますます力が入る。

 こうなったら、咲紀のいとこを誘拐してでも無理矢理連れて帰ってやる。

 術さえ成功させれば後は野となれ山となれだ。


「だが、野島家や野島家の当主としてではなく野島隆臣個人としてなら力を貸そう」

「……え?」

「な、なっ!!!?」


 自分の耳を疑った俺と、目と口を大きく開けて最大級の驚き顔をする隆雲。


「た、隆臣ィィィ!」


 立ち上がって細い両手を伸ばし、隆臣の襟に掴みかかる隆雲。


「貴様ァ! 何を言うておるのか分かっておるのか!!」

「分かっております」

「分かっておらぬ! これは父としての命令じゃ!! 今すぐ撤回せよ!!」


 隆雲が恫喝どうかつにも似た怒声を上げるが、隆臣さんは静かに首を左右に振る。


「父上……、私は今日こんにちまで父上と母上の言う通りに生きて参りました。これは私の最初で最後の反抗期でございます」

「は、反抗期じゃと!? 何を……何をたわけた事をォ!」


 隆雲ががくがくと隆臣さんを揺さぶり、一際ひときわ大きな声を張り上げた。

 高齢の為なのかひどく錯乱しているのか、ゼェゼェと呼吸は乱れ、肩を大きく上下させている隆雲。


「誰っ……誰ぞ……! 早う警察にっっ……」

「ならん! 何人たりとも警察に通報する事は許さん!」


 おろおろとする男達に隆臣さんが凛とした声で厳しく指示を出す。


「隆臣ィ!!」

「父上……お許しを」


 タンッ!


「ぐ……!? た……かお……」


 素早く懐から取り出した札を隆雲の肩に貼り付けると、荒ぶっていた隆雲が突然糸の切れた人形のようにグッタリとうなだれて隆臣さんにもたれかかった。


「しばらくお休み下さい」


 そっと隆雲を畳に横たわらせてから男達に「父上を寝室へ」と命じると、男達数人が隆雲を抱えてそっと運び出していく。


「た、隆臣さん……」


 隆雲と男達が姿を消してから俺は、襟を直す隆臣さんに声を掛けた。

 今さっきの言葉は……本気なのかを確認すべく。


「さっきの話は本当なんですか?」


 俺の質問を聞いた隆臣さんが首を縦に動かす。


「ああ。撤回はせんよ」

「あ……! ありがとうございます……!!」


 俺は再び深々と頭を下げた。


「いや……礼を言うのは私の方だ」


 その言葉を聞いて俺は疑問に思い頭を上げた。


「それはどういう意味ですか?」

「それは後で話すとしよう。では早速出る支度をするか」

「え?」

「ん? 力を貸して欲しいのだろう?」


 意外に思って声を上げた俺を見て、同じく意外そうな顔をする隆臣さん。


「あ、そ、それはそうなんですが、まさかこんなに早くとは……」

「そうか。では君の準備が整い次第出立するとしよう」

「……。いえ! 今すぐ行きましょう‼」


 俺はこの場で即断即決した。

 もしここで準備が終わったら連絡します! とか椎佳と流那と合流してから! なんて悠長な事をしていたらさっきのジジイ……いや、隆雲が目覚めて何か妨害をしてくるかも知れん。

 そんなリスクを背負うよりは、当主自らがせっかく力を貸してくれる気になっているんだからとりあえず連れて行って準備が出来ていなかったらちょっと待ってもらうくらいが丁度いいと判断した。


「そうか。では出かける支度をして来るのでしばし待ちたまえ」

「はい!」


 そう言って隆臣さんは和室を後に退室する。


「……はぁぁ……疲れた……」


 何か色々な事がありすぎて本当に疲れた。


「お疲れ様です」


 そう言ってゆっくりと立ち上がる松子。


「お前は本当になんなんだよ」

「……そろそろ頃合いかと」

「え?」

「……では」


 そう言った直後、松子が和室から庭へとダッシュする。


「はぁっ!? ちょ、お前!!」


 慌てて立ち上がって後を追おうとしたが、松子の早さは風の如し。

 俺が立ち上がった時には既に縁側えんがわから庭に飛び降り、庭から塀目掛けて跳躍していた。

 あまりの早さに俺の近くに居た男達も反応できていない。


「ま、松子ォォ!!」


「……ぶい」


 俺の声を受け、塀を飛び越える際に右手でブイサインをして。

 松子の姿は塀の向こうへと消えていった。


「な……何なんだよあいつ……!!」


 何か色々と厄介事を置いて行かれた気がしたが、今の俺はそんな事まで考えたくはなかった。






あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。

松子、風の様に現れ、風の様に去る。

正体が分かった方は神様です。

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